第39話 千堂香織の章 その14

 その後は、ゲームセンターに行った。クレーンゲームやメダルゲーム、あとは音ゲー(って言うんだっけ?)が置いてあるらしい。とにかく、いろんなゲームの音が聞こえてきて騒がしい。にも関わらず、会長はどんどん奥へと進んでいく。


「ゲームって言っても、いろいろとあるんだね!」


「そうですね」


 別に疑っているわけではないけど、本当にこういうところには来たことがないらしい。会長は心底楽しそうだ。反対に、私はあまりこういうところが得意じゃないのもあって、楽しめる感じではない。


「これだけあると、目移りしてしまうなぁ。何か一緒にやらないかい?」


「いえ、私は…」


「ああ、お金なら気にしなくて良いさ。私が全額持つつもりだからね!」


「いえ、悪いので…」


「遠慮する必要はないんだ。ほら、行こう」


 会長が私の手を引いて歩き出す。

 別にそういうつもりで言った訳ではなかったのに。いや、確かにお財布の中身が潤っているとは言い難いけど。そもそも私はこういうところが得意ではないし、ゲームだってほとんどやったことなんてない。精々、沙絵ちゃんと出掛けたときに、ワニが出てくるのを叩くやつとか太鼓を叩くやつとかを少し遊んだことがあるくらいだし。

 私といて、会長は楽しいのだろうか。何だか不安になってきた。


「あの、会長…」


「あっ! あれをやろう!」


 会長がメダルゲームを指差す。台が動いてメダルを押し出して、特定の穴にメダルが入ると液晶の画面のスロットが動くやつで、席が八つある。


「はあ。良いですけどメダルを買わないとですよ。販売機はあっちですね」


「そっか。そうだね」


 あまり綺麗とは言えない、販売中の文字が消えかけている販売機の前に向かう。

 販売機はどのくらい買うかをボタンで選ぶ方式らしい。値段と枚数が映されたボタンが4つと両替のボタンがある。販売機の横には黒いカップが積まれたかごがある。


「どのくらい買うべきなんだろうね?」


「さあ…? とりあえずこの千円二百枚のを買えば良いですかね? 足りなかったらまた買えば良いでしょうし」


「それもそうだね。よし、それじゃあ」


 会長がお金を入れて右から二つ目のボタンを押す。メダルが出て来たけど、カップを置いてなかったので、メダルが周りに勢いよく飛び散る。


「「あ…」」


 二人揃って声が出てしまった。慌てて払い出し口にカップをセットして残りのメダルを受けとめつつ、落ちたメダルを二人で拾って別のカップに収めた。

 何枚か販売機の下に入ってしまったけど、それに関しては許して欲しい。なんて、誰に言う訳でもないのにそんな事を思った。


「ははは…。次からは気を付けないとね」


「そうですね…」


「それじゃあ、はい」


 会長がメダルの入ったカップを渡してくる。中には買った量の半分くらいが入っている。


「あ、どうも…」


 私が受け取って良いのかな、なんて思ったけど、つい、受け取ってしまった。


「じゃあ、やろうか」


「は、はい…」


 また、手を繋がれた。

 嫌、な訳ではないけど、やっぱり恥ずかしい。ただでさえ、会長は目を引く容姿をしているのに、躊躇無く手を繋いでくるし。変に意識をしてしまう方がよっぽど変に見られるのだろうけど、そんな事を気にしていられる訳がない。きっと今の私の顔は熱くて赤い。


 さっきのメダルゲームのところまで来た。何だか長く感じた。距離なんて、多く見積もっても数十歩なのに。ただそれだけなのに。


「このボールみたいなのはなんだろうね」


 会長がガラスの中を覗きながら、訪ねてくる。

 私にそんな事聞かれても…と思いながら私も覗いてみた。確かにメダルの上に黄色い半透明のボールが三つ散らばってある。

 そういえば、沙絵ちゃんがやってた気がする。


「何かイベントが起こるやつだと思いますよ」


 あの時の事を思い出しながら、そんな返答をする。


「そうみたいだね。ここに書いてあった」


 会長がガラスの端に書いてある説明を指差す。

 えっと、ボールを一つ落とせれば、ルーレットで六分の一でジャックポット…のチャンスになって、三つ落とせれば確定で、ジャックポットのチャンスになるらしい。

 …ジャックポットを当てるまでに、何枚使うことになるんだろうか。


「じゃあ、これを落とせるように頑張ろう」


「…はい。どうせなら、最初からボールが多いところにしましょう」


「そうだね」


 会長とゲーム機の周りを一周して、一番ボールが多いところを探した。結局、最初の席がボールが一番多かった。ほかの席は一個とか二個とか、そもそもないところもあったりでどこで始めても同じ感じだった。


「じゃあ、ここで」


「…はい」


 椅子に二人並んで座る。一人用にしては広いけど、二人で座るにしては座るところが足らないので、当然ながら会長と並んで座るとぶつかる。カップル用の椅子なのだろうか、なんて疑問が出てくるくらい会長との距離がすごく近い。

 無駄な願いだけど、私は誰にも見つからないことを祈った。


 ◇◇◇


 三十分くらい経って、一番近かったボールを落とせた。初めて遊んだのもあって、ここまでにスロットが何回か当たったりはしてたものの、大きな当たりが全くなかったので、少し前進だ。

 何かルーレット開始前の演出が始まったみたい。


「やっと落ちた…」


「本当にやっとですね。メダルも、もうほとんど無くなっちゃいましたしね」


 お互いのメダルのカップを見る。カップを使わなくても良さそうなくらいまで、お互いのメダルは減っていた。


「それじゃ、演出のうちに買ってくるよ」


「ありがとうございます」


 会長が席を離れたのと同じくらいで演出が終わり、ルーレットが回り始めた。座っているところから見て斜めの場所にルーレットがあるため、少し見づらい。しばらく回り続けた後、当たりの一つ手前で止まってしまい、画面の端にあるメーターが貯まって終わってしまった。

 ボールのことしか考えてなかったけど、あのメーターも見て、席選べば良かったなあ。

 そんな事を思っていたら、会長が新しいカップを手に戻って来た。カップにはメダルがいっぱい入っていた。さっきより多く買ったらしい。


「どうだった?」


「ハズレでした」


「そっか、それは悔しいな。今度こそ当てよう」


 会長はまだまだやる気らしい。まあ、私も悔しかったので、もう少し遊びたいとは思っていた。

 会長がまた隣に座って、メダルを分けてくれる。


 ◇◇◇


 コツが分かってきたのか、更に十分ほどしてもう一つボールが落とせた。


「来た!」


「やっと落ちましたね…。さっきよりはかからなかったですけど」


 運動したわけでもないのに、何だかすごく疲れた。

 またルーレットが始まる。さっきと同じでしばらく回り続けた後、ルーレットの針が当たりのところで止まった。


「これは…」


「当たり、ましたね…」


「やった!」


 少しの沈黙の後、会長が大きな声で喜んだ。私も嬉しかったけど、よくよく考えたらこれ、ジャックポットチャンスなんだよね…。まあ、まだ当たらないとも限らないし。


 それから、奥の方にあるジャックポット用のカジノとかにあるようなあの…、名前が出てこないけど、ボールの入るところがどこかで賭けをするあれみたいなやつが回り始めた。


 結構良い勢いで回っていて、演出もさっきよりも派手になったけど、すぐに特に当たりでもない穴に入ってしまって終わった。


「駄目でしたね…」


「駄目だったね。もう一回だ!」


「え、まだやるんですか」


「悔しいからさ。一回くらいは当てたいじゃないか」


 そんな感じで続けることになった。


 ◇◇◇


 結局のところ、また三十分くらいでもう一回ジャックポットまで行けたものの、残念ながら外れてしまった。


 さすがに遅い時間になったので、帰ろうという話になってメダルの残りを預けた。預ける際に、


「また、一緒に来ようね」


 なんて言われてしまった。わざわざ言わなくたって連れてくれば良いのに、言う必要があるのかななんて思った。


 帰ろうとゲームセンターの出口に向かっているときに、会長が声をかけてきた。


「あれは、何かな?」


 会長が見ている方向を見ると、プリクラの機械があった。入り口に女の子が写っているカバーがついている機械が三台ある。


「プリクラですね」


 来たことがないとは言っていたけど、名前くらい知ってるかな、なんて思ってプリクラっていう名前だけ言ってみる。


「プリクラ? うーん。なんだい、それ?」


 やっぱり知らないらしい。少し意地悪な言い方だったかな。まあ、私もよくは知らないんだけど。


「なんていうか、まあ、自分の写真を撮ってその写真を盛れる機械…ですね」


 会長に多分合ってるであろう説明をする。確かこんな感じだったはず。

 会長はまだ少し分からないという顔をしている。なんだろう。


「…ああ、盛るっていうのは、撮った写真にハートとか動物の耳とかを着けて…」


「スマホの加工機能みたいなものかな?」


 私が説明しようとしたら、会長がそんな風に返してくる。

 まあ、合ってる…のかな。いやでも、おんなじようなものか。


「まあ、そうですね。それで、その盛った写真をシール状でプリントしてくれるっていうものです。サイズとかも選べたりしますね」


「ふーん。じゃあ、せっかくだし一緒に撮ろうか」


「はあ。まあ、説明してる時点でそう言うと思ってました」


 説明になってたかはともかく、聞いてから撮りたそうにしてたから何となくは分かってた。


 というわけで、空いていた左の台に入った。中は白くて、明かりが結構まぶしい。こんな感じになってたんだなあ、なんて思っていたらアナウンスが始まった。気づかないうちに会長がお金を入れていたらしい。全く気づかなかった。


「どれがいいのかな?」


「さあ…?」


 背景とか撮る人数とかいろいろとあったけどよく分からなかったので普通? のものにしておいた。

 撮影のカウントダウンが始まってポーズを取るように言われたけど、どんなポーズを取れば良いのかも分からなかったのでピースをしておいた。一枚目は多分笑ってない。二枚目も同じで良いかなって思ってたら、会長が抱きついてきた。


「やめてくださいよ」


「まあまあ。良いじゃないか。せっかくなんだから。嫌かい?」


「……」


 会長が捨てられた子犬みたいな顔をしてくる。

 嫌ではないけど、さすがにずるい。


 撮影が終わったので台から出てすぐ盛りコーナー? なるものに向かった。

 撮った写真が表示されていて、一枚目以外の撮影は全部会長に抱きつかれていた。

 私のことを抱き枕か何かと勘違いしてるんじゃないだろうか、とそう思うくらいには抱き締められた。我ながらひどい顔だ、全く笑えてない。まあ、笑えるような状態じゃなかったんだけど。

 会長は見なくても分かるけど楽しそうな顔をしている。

 楽しそうで良かったなんて言いたくなるけど、私自身が当人なだけあって複雑な気分だ。


「どう盛ろうか?」


 会長がペンを持ってウキウキとしている。


「あー、お任せしますよ…」


 私はもう何だかめんどくさくて適当に返事をしておいた。


「良いのかい? それじゃあ…」



 盛るのも終わり、プリントを待った。

 プリントが終わり出てきたプリを会長から渡される。写っているのは犬耳がついた私と会長でそれ以外には特に何もない。任せるとは言ったものの、変なのにされるのは嫌なので見守っていたら、会長は特に盛るでもなく時間切れになっていた。

 改めて見てもやっぱりひどい顔だった。

 写っている私は少し笑っていた。


 ◇◇◇


「楽しんでもらえたかな?」


 バス乗り場でバスを待ち始めて十分ほど経ったときに会長が聞いてきた。


「え?…まあ、そうですね。楽しかったですよ」


 悔しいけど楽しかった。


「じゃあ、私と…」


「いや、それはないです」


 その先をなんて言おうとしてるのかが分かっているので、きっぱりと断った。


「…ふふ。まあ、そう言うと思ったさ」


 絶対にショックを受けてるのがバレバレなのに、会長は強がってそんな事を言ってくる。わざわざその事を言ったりはしないけど。


「まだまだ三週間あるし、チャンスはあるからね。焦る必要なんてないのさ」


「…そうですか。じゃあ、頑張って下さい」


 やっぱり意地悪な事をいってしまう。


「ああ、もちろん。楽しみにしててくれ」


「はい、楽しみにしてます」


 思いっきり笑っておいた。

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雨の中で 猫沢 @nekosawa

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