エピローグ

38.未来

 筆先を適度に水で濡らす。それから、パレットの上でアクリル絵の具を伸ばす。水分を含んだ絵の具が、適度な柔らかさかになったのを手先で確認したら、次はその色をキャンパスに重ねる。今描いている絵は、完成に近い。だが、改善の余地はまだある。色を重ねていくことで、作品に宿る力を増幅させていく。素人から見れば、非常にわかりにくい変化だろうが、作者たる僕としては、非常に重要な一手である。

「ふう」

 コトリ、と筆を置く。集中し力の入っていた肩が脱力する。休憩しよう。

 僕はアトリエを出てから、台所へ向かう。コーヒーメーカーでカップにコーヒーを淹れる。砂糖やミルクを入れることなくそれを喉へ流し込む。昔は苦かったそれを平気で飲むようになっていた。台所からリビングへ視線を移す。壁には僕が描いた絵が複数飾られている。どれも、仕事で描いたものだ。

 僕は商業画家になった。

 主に小説の表紙の仕事が多い。文章を汲み取り、それを画像化させるのが巧い、と相手先に褒められたことがある。学生の頃、輝いて見えた画家という職業だが、なってみるとイメージしていたそれとは違っていた。

 クライアントの無理難題を苦笑で受け入れたり、笑顔を顔に張り付かせて名刺を渡して自分を営業したり、とにかく、画家という職業も、絵を描くだけ成り立つ職業ではなく、絵を描くために、人にこびへつらう仕事であった。

 クライアントの公務員的で事務的な支持をなるだけいなし、芸術へ近づけていく作業。

 商業画家とは、そういうものであった。

 コーヒーを飲みながら、壁掛け時計で時間を確認する。

「なに流ちょうにティータイムを満喫してるの」

 隣室から一人の女性がリビングへと入ってきた。顔には呆れが混ざっている。

「これはコーヒーブレイク。ティータイムじゃないよ」

「むぅ、細かい」

 女性は頬を膨らませる。年齢的にその仕草はやめたほうがいいのだろうが、彼女の端正な容姿のせいで、さほど嫌悪感を抱かない。

「小説家を目指すなら、細かいところも気にしないと」

「うるさいなあ。加地くんは時間を気にしてよ。今日、私のところに来るんでしょ」

 小百合はそう言いながら、僕の手元からコーヒーを奪い取り、グイッと一気飲みした。

「にっがぁ……」

 顔面をしわくちゃにして、渋い顔をした。

「やっぱり、機械越しで感じた味と、実際に感じたときの味って違ったりするもんなの?」

 ふとした疑問が浮上したので、小百合に投げかけると、小百合の渋い顔に違う意味が含んだ。苛立ち、である。

「余計なこと言ってないで、早く支度しなよ」

「……はい」

 僕は首を垂れる。壁掛けに表示されていた時間は12時。彼女の元へ行く約束時間は10時。苛立つのも無理はない。


「急いでるからって、無理に急いで事故に合わないでね。でもなるだけ急いでね」

 玄関に手小百合にそんな注意を受けて、僕は家を出た。よくよく考えると、今から会いに行く相手に見送られるというのも、変な話である。

 電車に乗る。移動時間の暇をつぶすため、チョーク型携帯端末「エスパ」で最新ニュースを検索する。コンタクト型ディスプレイにより、僕の視界にはたくさんのトピックが表示される。その中の一つに興味を抱いたので、閲覧する。

 柴山大樹監督、新作絶賛の嵐。

 大樹の新作が公開され、多くの人から評価を受けているが記事に書かれている。彼は日本を代表するVR映像クリエイターになっていた。コンタクト型ディスプレイが普及する今、VRは過去に比べてはるかに親しみがあるコンテンツとなっている。

 公開すると、1日で再生数50万を超えることはざらである。彼の名前を知らない人間はいない。学生時代、一緒に過ごした友達が、かなり遠くのところへ行ってしまった。

 家に帰ってから見てみるか。僕はその記事をお気に入りに追加した。

 意識を現実へ戻すと、車内で会話する学生が気になった。

 男女の高校生。二人ともニコニコとした顔で軽快に話している。両者の完璧な笑顔を見て、彼らが「フェイス」の機能を使用していることは明白であった。首にはチョーク型端末「エスパ」を装着してある。それに、僕はさほど驚きはしなかった。嘆かわしい、と感じるが、もはやそれはありふれた光景であった。

 高校の頃「フェイス」のモニタリングを受けた。それから月日が経ち、僕が大学を卒業するぐらいのタイミングで「フェイス」は新機能として「エスパ」に導入された。

 自動コミュニケーション補助ツールは「エスパ」のスタンダート機能として搭載されており、「エスパ」さえ持っていれば、誰でも気軽に使用することができる。

 一般公開された当初は、批判が多かった。

 人間の尊厳がなくなる、コミュニケーション能力の衰退を促す。あらゆる批判がSNSを中心に燃え上がり、一時はオーバー社の株価を下落させた。

 しかし、蓋を開けば「フェイス」の快適さに人々は溺れていった。使えば人に好かれる機能。堕落した有象無象が批判の声をあげることはなくなった。

 今や、電車に乗れば「フェイス」同士が会話している光景をよく見る。「フェイス」のキャラメイクもできるようになって、方言や会話内容などで、自分を出すことが若い人間の間で流行っているのだとか。

 アイデンテティを出したいのなら、自分で会話するのが一番だと思うが、そこらへんの感覚はわからないし、理解しようとも思わない。

 右に倣えで、画家を志す僕を馬鹿にしてきた群像たちが、最終的に己の言葉すら右に倣えで機械に譲渡なる様は、ざまぁみろ、といった怨みを払拭させる快楽さがあった。

 今頃、千佐子もあの特徴的なニヤケ面でほくそ笑んでいることだろう。

 最近聞いた話だが、千佐子も群衆に蔑まれてきたらしく、「フェイス」はそういう個人的な怨みが含まれた商品らしい。

 打たれた杭の反撃である。

 出る杭を打つ人間たちは、やすりによって補装され、我をなくしたのだ。


 病院の白い引き戸を開けると、小百合のふくれっ面がそこにあった。

「遅い」

「ごめん」

 小百合は諦めたようにため息を吐いた。

「まあ、いいや。加地くんの遅刻には飽きたよ」

 僕は小百合の元まで行くと丸椅子に座る。ベッド脇の棚には、僕らの結婚式の写真が立てかけれられていた。

「それより、調子はどう?」

「うん。今はぐっすり眠っているみたい」

 小百合は愛おしそうに、隣の小さなベッドを見下ろす。そこには、僕と小百合の間で生まれた「命」があった。

 小百合を案じて言葉だったのだが、まあ、いいや、と言い直すことをやめた。

 新しい命を眺める、母である小百合の顔があまりにもそれを慈しむようで、僕の言葉はどう足掻いても野暮にしかなりえなかったからだ。

「ねえ、名前、どうしようかね」

 小百合が問うてきた。

 僕らは彼の名前を今だに悩んでいた。出生届の提出期限まではまだに日にちはあるものの、そろそろ決定しなければならない。

「そうだね。僕は――」

 僕はこれだ、と思った名前を言ってみる。それから、僕らは彼の名前を真剣に、だけども楽しく議論した。

 彼が一生背負う名前だ。慎重になるのも致し方ないと思う。

 きっと、それが彼にとっての最初の一筆。

 白紙である彼は、これからどんな未来を描いていくのだろうか。

 願いや希望を抱えながら、僕らは彼の名前を決めた。

 一成(いっせい)。

 それが2人で決めた。子供の名前であった。

                                         了


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白紙の彼女は独りぼっち 小串圭 @Mota0827

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