第26話 捜査 ⅱ
小島が内藤の証言に納得できないのは他の刑事と同じだった。午前中の取り調べが終わると、退屈そうに窓の外を見ている九段をハンバーガーショップに誘った。
「お前から誘うとは珍しいな」
注文の列に2人は並んだ。
「内藤のことがよく分からなくて、……アドバイスをください」
「今日の代金は、お前持ちだぞ」
九段は当たり前のように言った。他人に何かを頼むからには、何らかの報酬を払う。それが資本主義社会の常識であり、九段もそれを支持している。
「えー! だめですよ」
どんな理由をもって小島が「だめ」と言うのか、九段にはわからなかった。結局、大声に負けて支払いは九段が済ませた。
「内藤、何かを隠しているんですよね。何だと思います?」
「聴取には素直に応えていると聞いていたがなぁ……」
九段はフレッシュバーガーを口に運ぶ。
「ほとんどそうなんですが、三沢との関係のことになると
「誰にだって話したくないことの一つや二つはあるものさ」
「でも、取り調べですよ」
「犯人じゃないんだ。任意の事情聴取では強要されないことぐらい、今時、誰でも知っている。そこで素直に話しているのなら信じればいいじゃないか」
「九段警部らしくないですね」
「俺が疑り深い人間だというのか? 俺はいたって素直な人間だぞ」
「これ、見てください」
小島はメモリーカードを自分のタブレットに挿して映像を再生した。
「取り調べ室のメモリーを持ち出したのか。内規違反だぞ」
言いながらも、イヤホンを使いタブレットに眼を落とす。映像は1.5倍速、場面は内藤と三沢の関係を尋ねているところだ。
「持ち出したのはこれだけですよ。あとでちゃんと返します。これ、瞳を潤ませて、おどおどしているでしょ。内藤は絶対何かを隠しているんです。重大な秘密だと思うんです」
考え事や悩み事があっても小島の食欲が落ちることはない。九段が映像を視る間、チーズバーガーを平らげてフライドポテトをつまんだ。それからフレッシュバーガーの包みを開く。
映像は10分ほどで終わった。
「なるほどな」
それは小島の食欲に対する感服だ。
「小島、お前、体重は何キロだ?」
「突然なんですか、乙女に向かって。セクハラですよ」
「乙女に訊いているんじゃない。刑事に訊いているんだ。応えろ」
「……49キロですけど」
小島は渋々応えた。
「52キロだな」
「えぇー、どうしてわかったんですか?」
言い当てられた小島が驚いた。
「刑事の勘だ。それより、何故お前は嘘を言った?」
「私だって乙女です」
小島が頬を膨らませた。
「ほらみろ……」九段が笑う。「……初体験は何歳だ?」
「完全にセクハラです。撃ちますよ」
小島が懐に手を入れ、銃を抜くしぐさをした。
「おいおい、捜査以外での利用は銃刀法違反だぞ」
九段がハンバーガーを持ったまま両手を上げる。
「25にもなると、まだ処女だなんて言えないだろう。内藤も同じだと思うなぁ」
手をあげたまま教えるように話した。
「25歳の処女、……私のことですか。それとも、内藤ですか? あいつは男ですよ」
「男か女かという問題じゃない。あいつは三沢が好きなのさ」
小島がチョコレートシェークのカップを手に取ったので、九段は手をおろした。
「まるで事情聴取をずっと見ていたようなことを言うんですね。この映像だけでわかるんですか?」
「その見てもいない奴に向かって、お前が訊いているんだろう」
「えへっ……」小島が笑って誤魔化す。「……なるほど。……これがゲイなんですね」
改めて映像を再生し、まじまじとみつめた。
「警部はそんなことまでよく分かりますね」
シェークのカップを置いて九段の顔を覗き込む。
「刑事の勘だ」
「分った! 警部もその気があるんですね。だからわかる」
小島は右手の甲を左の頬にあててニヤリと笑った。
「おいおい、よしてくれ。俺には女房も子供もいる。ただ、相手の気持ちになってみるのは、動機を知るうえで大切なことだ」
九段が「よっこらしょ」と声に出して立ち上がった。
「そういえば、捜査本部が警視庁に移されるらしいですよ」
九段の後ろを歩く小島の姿は、実の娘のようだ。
「おおかた副総監殿は、東京のネオンが懐かしくなったんだろう」
警視庁に戻った九段は蓮見を訪ね、内藤からはもう何も出ないだろうと教えた。
「無茶な聴取をして後で痛い目を見るのは警視庁だ。内藤には尾行をつけて、仕事に行かせてやれ」
九段の言葉に、蓮見は渋々従った。これまで、九段に逆らって犯人を検挙できたことは一度もなかったからだ。
§
宮城県警の大会議室に捜査員たちが招集され、収集された情報の報告と検討が行われた。現地周辺での検問や聞き込み調査では、これといった情報はなく、暗いムードが会場を支配していた。
「三沢がライフルの窃盗犯である可能性はなくなりました。……やつは、ライフル盗難事件発生当時、アメリカへ渡航しています。期間は2週間。内藤の証言、出入国管理記録から間違いありません」
警視庁刑事部の東部警部補は長い顔で報告した。
「するとライフルの入手経路は?」
いつのまにか、山本に代わって川口が会議を仕切るようになっていた。本部長の山本は、まるでオブザーバーのように腕を組んで会議の行方を見守っている。
「組織内の別の者が盗んだのか、闇ルートで購入したのだと思います」
「ライフル盗難は、ほぼ2週間の間に3カ所で実行され、同じブレイブV15が盗まれている。手口も鮮やかで素人ではない。……各県警は、盗難と店員もしくは店主による密売の両方の線で動いています。盗難にしても密売にしても、3丁の同型ライフルを用意したのなら、何らかの組織が絡んでいると考えるべきでしょう。……三沢の所属している日本の明るい未来を考える研究会、通称日明研が何らかの形でかかわっていると考えるのが妥当です。まだ首謀者が天下会長だとの確証はありませんが、三沢のような小物が独自の判断で行動するとは思えません。会長に任意同行をもとめましょう」
力説したのは刑事部の
それに対して組織犯罪対策部の
「あのう、相手が天下会長となると、簡単に任同をかけるわけにはいかないと思います。日明研は総理の熱心な支持団体で、総理以外の民自党の政治家ともつながっています。たとえば……」
大物政治家の名前が10人ほどあがる。川口にとっては珍しくない情報だったが、山本の顔は険しくなった。
「フラッシュモブの掲示板はどうだ?」
山本が自ら質問し、天下に対する取り調べの判断を避けた。
「ハンバーガーショップのWI‐FIとフリーメールが使われていて、メールアドレスから個人を特定するのは難しそうです。今、当日の来店者を個人が特定できるものから、しらみつぶしに当たっています」
都築が応じた。
「行方不明の美人の方はどうだ? 宮城県警」
川口が声を上げ、山本の手間を省いてやる。
「それは……」
県警の捜査主任は顔を曇らせた。女性の身元も所在もつかめていなかった。
「それは公安部の方から」
公安部の
「顔認証システムで判明した内容です。女は王美麗。新宿に本拠を置く中国系マフィア、満金豚会のボス、周陳平の情婦でした。パスポートは香港のものです。しかし、偽造パスポートの可能性があります。現在、外務省経由で問い合わせています」
「そんな女がどうしてイベントに出ていた?」
「王美麗は、あの日から行方不明で事情は分かりかねます」
「満金豚会の調査も要りそうだな。組対部に情報は無いのか?」
山本が川口に向いた。
「満金豚会は小さな組織で犯歴もないため、組対部ではマークしておりません。まことに申し訳なく……」
川口が額に浮いた汗を拭き、捜査員たちの嘲笑の的になった。
「それでは満金豚会は、引き続き公安部で調査します」
永作が申し出た。
「満金豚会、複数県に渡るライフル盗難、……どうやら事件は広域に及んでいる……」
山元がそう言いだし、捜査本部を警視庁に移すと宣言してその日の会議は終わった。
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