(2)
ふと辺りを見渡せば既に太陽はその姿を隠し、代わりに月がひょっこりと顔を見せていた。
先ほどまでとは雰囲気も変わり、桜の木々が照明に照らされている様子が視界に移る。
「っふー……あれ、もうこんな時間か」
楓も辺りがもう夜になり始めているのに気が付いたのか、徐にスマホを取り出してそんなことをポツンと呟いた。
「そうだね。なんだかんだ私たち結構喋ってたし」
「まあその分楽しめたから良いだろ」
実際、葉月の中学時代の頃の話や月島の部活についてだったりと普段なら絶対に聞かないようなことも聞けたので、有意義な時間だったと言える。
「あ、すごい。もう桜がライトアップされてるー!」
「うわ、本当だねー……思ってた以上にきれい」
桜は公園一帯を囲むようにして並んでおり、その中央にこのでかい桜がそびえたっている。
「昼間は単純にきれいだったけど、夜桜もまたそれとは違ってすごいきれいだな」
「私、夜に桜を見たのって初めてかも……!」
「言われると俺も初めてだな」
「薪君もなの?」
「だってそもそも俺、こんな祭りに友達と来たことあんまないし」
「な、なんか思わぬところから悲しい過去が出てきた⁉」
そもそも僕には友達がいなかったんですよ、すみませんでしたね、悲しくて!
「葉月ちゃんはどう? 初めて?」
「うん……! こんなに綺麗ならもっと早く知りたかったなって」
「じゃあじゃあ! 夜桜……もう見て回るしかないでしょ‼」
「そうだな……折角の機会だしみんなで見て回ろうか。これから先見る機会ももしかしたら無いかもだし」
本当に言葉通りだと思う。大人になってからこんな祭りになんか――このメンバーで行くことなんて尚更――行くはずなんて無い。
この時間は大切に過ごさなきゃいけないと、心の中の俺が騒ぎ立ててくる。
「葉月ちゃんもそうするでしょ?」
「う、うん。私も夜桜間近で見てみたいな」
「そうと決まれば、ちゃっちゃと片付けてみんなで行こうか」
そう言って、俺たちは食べていたクッキーやらレジャーシートやらを片付けてから大きな桜樹の下を後にした。
本当に葉月のクッキーは美味しかったなあ。また作ってもらいたいレベルである。あ、バレンタインにでも……それは流石に求めすぎか。その頃にはもう葉月との関わりなんて無い可能性の方が高い。
こんなに距離が近いのは、悩み相談を受けている今だけだからな。実際今まで話したことなんて無かったのだから。
クッキーか……桜の形、というのもまた一興だったな、うん。
月島も気に入ってなによりだ。ほんとこの一件でよりこの後のことが上手くいきそうな気がして止まない。俺の方が緊張してきた……やばいなおい……
まあ二人が良い感じの雰囲気なのは確か。このまま最後まで過ごして欲しい。
――そう、心から期待する。
「ほらっ、なにボーっとしてるの薪君? みんなもう回る準備出来たよ?」
ふと顔を上げると、楓が小首をかしげてきていた。
彼女の後ろの方ではもう行く準備が整っている幼なじみたちの話している姿も見える。
雑談でもしてるのかな。
「いや、ちょっとな……この後のことを考えたら少し微笑ましくなってさ」
月島たちに聞こえないように俺は楓に小声でそっと告げる。
「なんで微笑ましいの?」
「だって、長年に渡る幼なじみの恋が今まさに実ろうとしてるんだ。しかもたくさんの思い出を抱えて」
「あー、なるほどね! 確かに今の二人の様子を見てる限りじゃ結ばれそうな匂いぷんぷんしてるもんね!」
「だからこそ、俺たちは最後まで葉月をサポートしなきゃだな。余計に首を突っ込まず、二人だけにさせる機会を作る……」
「うん、頑張んなきゃだね。私、今まで月島君にこれからやろうとしてることバレそうで怖かったから純粋にお祭りを楽しむようにしてたんだよね」
「なるほど。だからあんなにも子供みたいにはしゃいでたのか」
「『子供みたい』はいらない情報なんだけど⁉……でも実際、尾行の時もあんなにきょどってたし……それに私顔に思ってること出やすいって薪君言うし?」
「余計なこと言ってすみませんでしたねえ」
楓はそう小声で言うと、頬を少し膨らませながらジト目をこちらに向けてくる。。本当にごめんなさいっ
まあ――改めてにはなるが、楓自身もともと「恋が知りたい」という思いでこのようなことをやってるわけだし、おそらく「幼なじみの恋」なんてものはもっと興味があるはず。
――幼なじみの人ってどんな風な恋をしているんだろう?
――幼なじみってどんな風に恋に落ちるの?
多分そんなことを考えながら過ごしてきたはず。楓も真剣だ。
「じゃ、あとちょっと頑張りますか!」
俺は立ち上がってから、ふと――本当に無意識に、後で思い返すと死にそうになるくらい恥ずい――楓のその小さな頭にぽんっと手を乗っける。
そして優しく撫でる。
はあー、この安心感と幸福感は一体、どんな俺の感情からくるものなのだろうか?
……まあいっか、今そんなこと考えなくて。面倒だ。
楓の方はといえば一瞬、体をぴくっと跳ねさせて硬直してしまい、ほんの少ししてから自分が今、何をされているのか、現実を認識し始めた。
「な、な……なにやってるの薪君⁉ や、やめてよ! 恥ずかしいでしょ⁉」
その言葉通り、彼女は顔を紅潮させて、今にも頭から湯気が出そうな勢い。
予想の遥か斜めにいく事態にまだ頭を整理できていないようだ。
ってあれ、少しやり過ぎたか? あれ、俺今なにしてた? やばくね、今俺女子の頭さすってたよね⁉ 彼女でもなんでものに……ヤバいことをしてしまった‼
これ確か死刑になるよね⁉ やばいやばいやばい!
俺からしといてなんだが、自分も自分自身の思い切った行動に驚きが隠せない。なんでこんな大胆なことを……‼
あー……すげー気まずくなった……
「ご、ごめんっ。そのー……」
「……」
実際、お互いがお互いに恥ずかしがってしばらく黙り込んでしまう。
ほんっっっっと――になんて大胆なことをしてしまったんだ俺……そんなことするキャラでもないのに、俺陰キャなのに。
誰かこの気まずさをどうにかする方法知ってますか?
えっ?
「それを知ってるのが陽キャだ」って?
なるほど。じゃあ俺は一生陽キャになれねえな。
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