(3)
「うわー! 本当にきれいな桜だね!」
「そうだな。最初に見たときはこんなに間近で見なかったから予想以上にきれいだ」
あの忌まわしき今世紀最大の事件、人生史上一番の黒歴史を無意識によってたたき出した俺を含めた一行は周りの夜桜を見物してる最中だった。
あの後、事情を知らない月島や葉月たちとの合流もあってなんとか平常運転に切り替わった。流石陽キャとして名高い月島だ。面構えが違う。心臓に悪いのでもうあんなことしません‼
少し前では葉月と月島が肩を並べて、そして俺の隣には楓が、歩いている状況。
これは表向き「人が増えて来たし、並んで歩いてたら迷惑だろ」と月島には説明したものの実際は勿論そうではない。「どこかのタイミングで俺たちがこの場から離れやすくする」という意味合いを含んでいる。
流石に四人並んでいて急に俺と楓が抜けたら不自然にも程がある。大根役者プレイすぎる。
あ、でも楓はもともと……おっと危ない危ない。また死刑になるところだった。
そして一番の問題は、いつどのタイミングで、どんな風に居なくなるか……これがむずい。
そんな方法を考えている間にも、極々自然と葉月はこちらを振り返って話しかけてくる。
「ねーねー、秋宮君?」
「ん? なんかあったか?」
「毎年このお祭り、こんなに人が来るんだ?」
「……えっとー……」
と、ここて月島が分かりやすいほど大袈裟に葉月を叱る。
「おい、葉月やめてあげろ~? 秋宮は友達がいないからこんなところに来たことが無いから分かんないんだよ。察してやれ」
「えっ……そ、そうなの」
「ああそうだ。無意識でも秋宮を傷つけるのは良くないぞ。時に自分の常識は他人に通じないことがるんだ……」
「そ、そういうことか……ごめんね、秋宮君。そんなつもりじゃなかったんだよ……」
「俺からも謝る……葉月のしつけか足りなかった俺の責任でもある。すまん」
「おいなんでそうなるんだ。月島そういうところ良くないぞ。葉月、信じるなよ? こいつに嵌められるな?」
「でも本当だろ?」
おい、追い打ち止めろ。
「ごめんなさいね、友達いなくてここ来てなくて」
「や、やっぱり……私は秋宮君になんてひどいことを……もうどれだけ過去に秋宮君が陰キャだからってみんなから蔑まれてきたかと思うと心が躍るよ」
「ねーもう踊ってるじゃん? そこは痛む、とかじゃないの? ひとつ前の俺の発言聞いてた? もうわざとだよね? 確信犯だよね?」
もう突っ込み疲れた。
「でも実際、今年でこんなにも人が居るなら毎年こんな感じなのかなー」
「……まあそうだろ。た・し・か・に! 俺はこのお祭りに来たことは無いが、行く人だかりなら毎年嫌になるほど見てきたな」
去年だってふとおやつを買いにコンビニに立ち寄ったら今からお祭りに行く人たちで溢れかえっていた。ボク、ヒトオオイノニガテ。呑まれて潰されそうになった。俺の存在感無さ過ぎわろた。
その後もあくまで足は止めずに俺たちは話を続けていたわけなのだが、途中で葉月が「夜桜と一緒に写真撮りたい」と言い出してきたので、一本の樹の前で一旦歩みを止める。
「……はい、じゃあいくよー並んでー」
月島は葉月のスマホを預かってカメラを向けながらそう呟く。
「ま、待って……まだ、髪が整ってない」
「葉月ちゃん、私がやってあげるよ」
「え、いいの? ありがとう楓ちゃん、助かる」
葉月は楓に背を向けて、楓が髪を整えやすい姿勢になる。
楓はそっと葉月の髪の毛に触れたかと思うと、丁寧に、優しく、葉月のその黒く透き通った髪を編んでいく。
もともと二人は着物と併せて髪もきれいに仕上げてきてるわけだが、やはり葉月の方はいつもがロングなので髪をまとめるとまた雰囲気が変わっている。
その姿は……まるで絵画のように、見るものすべてを魅了する。
夜桜の前、今でも桜がひらひらと目の前を散っていく中、一人の女子がもう一人の女子に髪を結んでもらっている……なんとも見てはいけないもののような、神秘的というかそう……美しくて淑やかである。
まあ隣の月島といえば、そんな二人を微笑ましく見つめているわけだが……なんやこいつ。
「ええと……ここをこうしてっと……おっけー! こんな感じで良いでしょうっ!」
「あ、ありがとう楓ちゃん……わあー……三つ編み、すごいきれいに出来てる……!」
着物×普段なら見れない三つ編み=最強、かわいい、文句なし。
この式の証明などもはや必要ないし、無理に言う必要も無い。
「じゃあ撮るよー。並んで並んでー」
「どう? この位置で感じで良さそう?」
「もうちょっと二人とも寄って……あーそこら辺! いくよー。はいっチーズ」
――かしゃっ。
月島の撮った写真を後ろから覗いてみると、なんとまあきれいな絵になっている。
単純に夜桜だけでなく、桜が舞っている様子も相まって美しい。
「どうどう! いい感じに撮れた?」
「ああ、いい感じだよ」
スマホを差し出され、楓と葉月は食いつくように撮った写真を眺める。
「わあー! すごいきれいじゃん!」
「ねー! 楓ちゃんもすごい笑顔」
「そんなこと言ったら葉月ちゃんもすごい可愛いよ」
そんなことを言い合いながら、しばらく写真を楽しむ二人。
途中、「あっ、そうだ! これ後でプリントアウトしようよ」と葉月が言い出して楓の方も「これだけじゃなくて今日撮った写真全部しようよ!」と更なる盛り上がりを見せていた。
この姿を見て、また改めて今日このお祭りに来てよかったとしみじみ思う。
「いい写真、撮れて良かったな。葉月」
「……うん! ほんと良かった~。楓ちゃんの三つ編みもすごい可愛いく出来てるし……これは一生思い出に残りそうだよ」
「今日来てよかったか?」
「もちろんだよ!」
今日一番の笑顔が、舞うどの桜よりもきれいに、優しくこの空間に溶ける。
「頑張れよ」
ふと、心のうちに今日ずっと秘めていた言葉がぽそっと出る。
「……うん。ここまで来たらやるしかないよ」
「何を?」とは言わない。
「そう、か。じゃあ行くぞ。っておい……楓たち先行っちゃってるじゃん」
「ほんとだ」
「二人に追い付こうか」
「うん」
そうして、俺たちは歩みを始めた。
一歩、一歩、また一歩。
なにかを確かめるように、慎重に、でも大胆に。
そっと、壊れないよう、優しく、丁寧に足の着地点を探す。
「どこへ?」とは言わない。
それは多分、俺と葉月で目指している場所が違うから。
俺の目に、彼女がぱちぱちと輝いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます