第四章 おもいの交錯。
(1)
――あとになってからおもい返しても、その日は良く晴れていた。
雲一つない晴天。
心地よい桜の甘い風が、いる人すべての鼻を優しくそそる。
祭りの会場である武蔵野市民公園までの沿道にはこれでもかと桜が咲き誇り、まるでレッドカーペットのよう。ふわりとした気持ちが内から湧き上がってくる。
空に浮かぶ桜の舞――それは確かに春を、見る人すべてに春の訪れを教えていた。
桜の花、その一枚一枚には人々の笑顔が見え隠れしていた。
この武蔵野市の花祭りは市内・市街から多くの客で毎年賑わいを見せており、今年もその例外ではない。辺りは桜の見物に来た人、屋台で美味しそうに料理を頬張る人、駆けっこして遊ぶ少年少女。それこそ老若男女がこぞってこの会場に集まっている。
集合時間は十六時、現在時刻は十五時半。
少し早すぎたか? でも家にいても暇なだけだし、仕方がない。
みんなより一足先に公園に着いた俺は一人、ふらふらしてそんなことを考える。
時より思考が暇になると今日ここで、起きることを考え、私事のように妙な緊張に駆られ、冷や汗を掻く。
そしてまた考え事。
その繰り返し。
そんな気分を紛らわそうと、ふと桜の舞う方角へと視線をやると所々の看板にある張り紙が目に付く。
どうやら――というか知ってて当然――今年は祭りの最後に、公園中央にある樹齢百年を超える桜の下でライトアップが行われるらしい。去年は確か季節外れの大風で桜が散り過ぎてしまい、ライトアップ直前で中止になったらしい。それが今年はやるのだとやらなんとやら。
いやー、さぞかしきれいなんだろうな。
実際、樹齢百年越えということもあり、幹は幾つにも分かれ枝垂桜のごとく公園全体を桜の森で覆いつくしていた。
その姿はこんな昼時に見ても心惹かれるものなのだから、夜になったらもう言葉では表現しつくせないだろう。なんてロマンチックなんだ。
葉月はここの下でそれをする。
これ以上ない状況と場面。
本当に――やることはやった。
彼女なりに、そして俺たちも協力してここまで辿り着いた。
あとは、時間が解決するだけ。
――さあ、花祭りの開園だ。
桜色のじゅうたんに導かれ、俺はゆっくりと集合場所へと向かった。
※
「お、遅れてごめんね~」
「わ、私も……ちょっと手間がかかっちゃった……」
既に合流していた俺と月島の姿を見るなり、楓と葉月がこちらに向かってきた。
ちなみに俺は特にバックもなにも持たず貴重品しか持ってこなかったが、月島は手提げのバックを持参していた。何が入っているのか、気にはなったものの、別に大したことじゃないだろうと思って考えるのを止めた。
時刻は十六時三十五分。
そこまで大した遅刻でもない。女子は準備に色々と時間がかかるのでそれを差し引いたら寧ろ早いまである。それに気が付く俺……くうー!
しかもそれは目の前にいる二人の様子を見たら尚更……
「二人ともその恰好……」
「あ、あーこれね! びっくりしたでしょ薪君? まさか着物を着てくるとは誰も予想で出来まい!」
「あ、あの光……へ、変じゃないかな……?」
「あ、あー。とても似合ってると思う」
「……ッ。ありがとう!」
月島の誉め言葉に、その小さな頬をうっすらピンク色に染める葉月。よっぽど緊張しているのか、体の前で握っている両手は少し震えているような気がした。
「ふーん、楓の着物の柄は桜か。季節にピッタリすぎるものを選んだな。あ、これ誉め言葉ね」
「まあねー。本当はもうちょっと落ち着いた色が良かったんだけど……生憎この時期に合うのがこれしかなかったのー」
そう少し残念がる楓。
とはいっても今の彼女はいつも以上に可愛い。いやこの場合は、美しいの方が正解かも知れない。布全体に桜が乱れ咲いていて、この風景に溶け込むかのような鮮やかさ。
その様子は、より一層俺の心の針をこれでもかと揺さぶってくる。
と、妙に顔が熱くなるのを察知して、これ以上考えるのを止めた。危ない危ない。もうこちら側には戻ってこれなくなるところだったぜ!
「で、葉月のその柄の青い花は……なんだ?」
「あ、あー、この花は『勿忘草』だよ。ほらっ、今が丁度時期で咲くころのなの」
「へー、知らなかった」
葉月の着ている着物の柄は……「貝桶」だろうか?
貝桶とは、平安時代に流行した宮中遊び「貝合わせ」に使う貝の入れ物を表していて、筒状の箱の中にたくさんの貝が入っている柄のことを言う。
葉月のはそれに淡い水色を勿忘草が可憐に咲き誇っている。
その様子はどこかおっとりとしていて、いつも以上に葉月を大人らしく見せてくる。さっきから顔をほんわか紅潮させていることも相まって、余計にその美しさを引き立てている。
「葉月はなんでその柄を選んだんだ?」
ふと、隣で静かに立っていた月島が口を開く。
「私、好きだから、勿忘草。なんか……見ていてこっちも心が落ちつく」
「ふーん……あっ、そういえば、昔一緒にどっか取り入ったことあったけ?」
「え?」
「確か、お前が『勿忘草取るまでお家かえりたくないっ!』って半泣きになりながら――」
「ちょ、ちょっと⁉ そ、その話はだめー‼」
「えっ、いいじゃん。そんな恥ずかしがるようなことじゃないし、あの頃の葉月は――」
「あぁー! なーんにも聞こえないよーだ! こ、こっちは恥ずかしいの……だから……ダメなものはダメです」
「ごめんごめん。ついつい」
「もう……」
さっきよりも顔を赤くした葉月がそう言って、月島の胸板をぽこぽこと叩く。でもそれはどこか優しくて……月島の方もそんな姿を優しい目で見つめていた。
今の二人の会話には、俺たちの知らない昔の彼らの物語があって。成長してもそれを共有し合える人がいるというのはなんだか微笑ましい。
やっぱり幼なじみだなーと改めて思わされる。
「じゃあほらっ。全員そろったことだし、祭りを満喫しちゃおー!」
「それもそうだな。んじゃ、最初は適当に出店でも回ってくか」
「ああ。食べるべきものはたくさんあるんだ。焼きそば、たこ焼き、もつ煮、お好み焼き、たい焼き……」
「秋宮、それ食いすぎな」
「生憎、祭り専用の特大胃袋を用意してるもんでね」
「ひょろひょろなのに?」
「ああ。腸のひだみたいに伸縮自在なんだ」
またもやくだらない会話をしていると、まるで子供のように目を光らせている楓が葉月の腕を引っ張っていく。
「じゃあ早速行ってみよう!……って、あれ、かき氷じゃん! ほら葉月、いこいこ!」
「え、あっちょ、ちょっと待って⁉」
初めに楓のターゲットにされたのはかき氷屋だった。
っていうか、そんなんどこの祭りでもあるだろ、なに驚いてんだこやつ。
「あんまりはしゃぐなよー!」
俺は子供を連れる親のような声掛けをする。着物なんだし、けがしやすいのにな。
「っさ、俺たちも置いて行かれないように行くぞ」
「そうだね」
というわけで、俺も大人しくかき氷屋をターゲットにした。ちなみに俺はハイエナが好きです、はい。
「あぁぁー! 頭がギンギンするぅー!」
「お前バカなのか? あんなに食べる前に『いきなり食いすぎるなよ。食べ過ぎて頭が痛いとか言う楓の姿が目に浮かぶから』ってフラグ立てたのに」
「だって~……なんかこういうの久しぶりに食べたんだも~ん」
「その気持ち分かるよ、楓ちゃん。私もかき氷食べるのは久しぶり」
無事にターゲットを捕獲した俺たちは、店の隣にあるベンチに座っていた。
「あれ? 最後に祭りに行ったのって中学三年の時だっけ? 葉月?」
「違うよ! あれは中学二年生の夏休み最終日だよ」
「な、なんでそこまではっきりと……」
「べ、別にいいでしょ。たまたまだもーん」
中二か……そんな夏休みの記憶なんて俺はほとんどないね。一人で家に引きこもってダラダラしてた記憶。なんも予定なかったが?
あれ? 青春どこ行った?
「うんうん、葉月ちゃんは分かってますね~。ほら薪君、だからこそかき氷をこんな食べてしまうのは仕方ないんですよ!」
「さいですか」
なんか言いくるめられた。
「ってか楓。勢いよすぎてもう舌の色がきれいなオーシャンブルーになってるぞ」
「え、ほんと?」
「そういうお前も、下の上に緑が生い茂ってるよ。あれ、草食動物ですか?」
「人を草食動物扱いするな。人権損害だぞ」
「人権は人にのみ通用するんだよ」
「それ俺のこと人として見てないよね?」
思わずそう突っ込むとっはっは、とみんなに軽く笑われてしまう。なんだか妙に居たたまれなくなってしまった俺は少しばかり天を仰ぐ。
言っとけ言っとけ。
くそ、覚えておけ。
次なにかあったら俺の思いつく限りの最大の復讐をしてやるからな。例えば、シャー芯の替えを全部粉々にしておこうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます