(8)

 時が流れ、今日は26日の月曜日――あの楽しい楽しいお疲れ様会の次の日。


 葉月の依頼を受けてから色々と騒がしい日々ではあるが、俺たちは本来の目的を忘れてはいけない。月島への告白の手伝い。とりわけ、月島の身辺調査である。

 思わぬ形で月島とは話すようになったが、それでもあの白石……なんとかさんのことについては今だ謎が多い。これを上手く解明できれば、葉月の想いの成就がより現実を帯びてくる。


 月曜日ということもあって、今日は定例?の月島が白石さんと帰る日である。

 今日もまた尾行をしようと思ったのだが、楓は友人との遊びの予定が、葉月の方はなにやら用事があるらしく、結局俺一人で尾行をすることになったのだ。みんな俺のこと避けてるの?


 正直言って、二人がいるとすぐに月島にバレそうなのでいない方が楽……なんてことは口が裂けても本人たちには言わないでおこう。

 そんなこんなで、俺はさっきから校門を出てすぐの所で二人が出てくるのを待っているわけだが……来ない。来ないんだよ、月島たちが。

 もうとっくにサッカー部は終わってるはずなのに姿を見せない。

 ミーティング? いやそれにしては長い。もう最終下校時間手前だぞ……?


「仕方ない……根気よく待ってみるか」


 ただ一人立っていると怪しまれそうだったので、ついでに持って来ておいた文庫本を手に取り、時間を潰すことにした。


 ――本に視線を落とした、その瞬間だった。


「よっ、秋宮」


 良く聞き慣れたはずの声が俺の背中を刺す。


「つ、月島⁉」

「どうしたんだよ、秋宮。そんな慌てて。そうだ! ちょっと寄り道してかね?」

「よ、寄り道?」

「いいじゃねーかよ。親交を深めるということで! そうだな。こないだのファミレスで話しようぜ」

「あ、ああうん。オッケー」


 押されるがまま、承諾してしまった。なんでこいつは今日は白石さんといないのか。まるで俺が一人で居るのを狙いすましたよう……考えすぎか。

 月島と白石さんの尾行をするつもりだったが、まあいいか。

 もしかしたらなにかいい話が聞けるかもしれない。


 ※


「すいませーん! コーラ一つと……秋宮、お前は?」

「じゃあ、同じので」

「あと、フライドポテトとこの……」


 月島が色々とオーダーしてくれた後、コーラが届いてまずは一杯。

 ゴクゴクと威勢の良い音が聞こえてくる。


「ぷはー! うめー! やっぱコーラなんよなー」

「そんなか? 飲み過ぎると、いつか骨が溶けるぞ」

「おいおい! そんなこと言ってたら人生楽しくないぞ」

「でも事実だろ。自ら自分の命削ってどうする?」

「それはあくまでも結果論、だろ。そんなこと言ってたら、人間なんてどうせいつか死ぬんだ。ならなんでお前は今生きてんだよ」


 ウッ! 正論が俺を襲う。痛い所を付かれてしまった。


「強いて言うなら、大学を出て、社会の奴隷になって税金払うため?」

「夢も希望もねー生き方してんな」


 しかし、実際普通に生きてるだけでたくさん税金を取られる。

 消費税、住民税、所得税、たばこ税、ガソリン税、社会保険料……ってあれ? これじゃあ生活保護で生きるニートが最強じゃねーか。

 働かなくてもいいし。飛んだ皮肉だよ。じゃあ俺、誰かのヒモになりたいです。


「秋宮は相変わらずひねくれ過ぎだな。まあそこが俺の好きな所なんだけど」

「え、きもっ」


 突然の告白に背中がゾワッとする。なにこいつツンデレなん? 男のツンデレなんて需要ゼロだぞ? 一部の界隈を除いてね。


「お前、もっと素直に生活してみろよ。絶対そっちの方が楽しいぞ。」


 正論マンが俺の前に座っている。


「それに、それじゃあ一生彼女とか出来ねーぞ」

「……余計なお世話だ」

「そうか? 高校生たる者、色恋沙汰の一つや二つを抱えた方が青春っぽいじゃないか」

「青春、ね。生憎、俺はそんな好色めいたこととは無縁なんだ」

「えー面白くないなー」


 いやいや、ガクンと首を落とされてもねえ。一回失敗してるし?


「うるせー。そもそも、俺はお前みたいにカッコよくも無いし、コミュ力だってない。スポーツもそこまでだし、勉強だって劣ってる。お前の完全下位互換だ」

「それ、言ってて悲しくならないか?」

「そう疑うなら聞かないでくれすごい悲しくて当たり前だ」


 もはや嫌味にしか聞こえない。


「ごめんごめん。まあ確かに秋宮はそう思うかも知れないね」

「ちゃっかり自慢すんな」

「でも、俺には秋宮が羨ましくて仕方が無いよ」

「……ん?」


 思わぬ月島の発言に声が漏れてしまう。羨ましい? この俺のどこが?


「あ、いやいや。皮肉とかじゃなくてね? 自分でも言うのもなんだけど、俺って他の奴と比べたらそれなりに人気者じゃん」

「うん、まあ」

「でさ。人気者には人気者の悩みってもんがあんのよ。例えば、すぐ誰かに頼られたり、逆に俺はみんなに優しく接してあげたりとかね。それが時々面倒なんだ」


 お手上げだ、みたいな動作をしつつ口をへの字にする。


「贅沢な悩みだな。俺からしたら幸せさ」

「……みんなから『月島光なら』って頼られる。それも失敗はしない。だってそれが『月島光』っていうみんなにとっての存在だからね」


 確かに、その気持ちは分からないでもない。要するにみんなが月島光を偶像化――神聖化している。本人の意思とは関係なく一方的に。

 ふと、月島の表情を見た。心なしか、。あくまで口元は上がっているものの、声色はいつもより寂しい。まるで自嘲するような感じ。


「だから、って言う言い方も誤解があるけど、そういう意味で秋宮。俺はお前と仲良くなりたかったんだよ」

「なんで俺なんかと?」

「みんなが俺をそういう風に見る中、秋宮だけは違う。俺のことを批判的に見てくれてる。常に俺の外側じゃなくて、内側を見てくれてる。持ち前のひねくれさのおかげでね」

「褒められてるのかないのか分からんな」

「勿論褒めてるよ! だから、二年になってからそのことを知って早く友達になりたかんだけど、雰囲気的にすごい暗くて、なかなか言い出せなくてね」

「だからさらっと俺を蔑むの止めて?」


 悪かったね、雰囲気悪くて! 負オーラ出してて! 


「そういう意味で、今こうやって普通に秋宮と友達になれて俺は嬉しいよ! 神様を信じたくなるくらい、すごい巡りあわせだ!」

「そりゃどうも」


 月島と友達ね……対照的すぎてクラスで自慢しても無視されそうだ。あ、そもそも俺自体無視されてる? おーいみんなー! 


「……改めてだけど秋宮。これからもよろしくな。勿論、葉月のことも。あいつは妙に引っ込み思案だからなあー」

「それなりに、な」


 その言葉を聞いてなんだか急に、俺は当初、葉月の悩み相談解決のために月島と接触を試みたので、純粋に俺に興味を持っている月島に申し訳なさが湧いてくる……

 まあ、すべてが終わったら悩み部のこともうち明けようか。このままだと騙すような形になって少し悪い気がする。


 ――パンッ!


「最後らへん辛気臭い話になって悪かった。ささ、残り物食べちゃおう!」


 気を取り直して、と言ったところか。再び笑顔を取り戻して月島につられて俺はポテトを一つ口にした。ありゃりゃ、もうフニャフニャだ。


「そう言えばさ、月島」

「なんだ?」

「葉月とはその……小さい頃から幼なじみなんだろ?」

「ああ、そうだな。幼稚園……くらいからずっと一緒だな。そう思うと長いなー俺たち」


 一人、腕を組んでコクコクと頷く。


「……そんなに長かったら、恋愛感情とか抱かないのか?」

「はあ? なになに秋宮、もしかして……⁉」

「断じて違う。単なる興味本意だ。幼なじみってのがどんな感じなのか知りたかっただけだ」

「またまた~!」


 その顔止めろおい。お前のそのにやけ顔煽り性能高すぎるんだよ。


「……で? 答えてくれるのか?」

「ないね。。ない」

「え、ほんとに?」

「ない、ね。


 月島は驚くほどあっさりとした返答をしてくる。こいつなら――月島光ならもっとこう、「え~どうかな~」みたいな感じで、上手く返してくると思っていたのに。


「それは……考えたこと無かった、

「そうか、なら変なことを聞いたな。悪かった」

「全然おーけーよ」


 口ではそんな穏やかに返すけど、俺から視線を逸らした瞬間、月島の顔に一筋の影が差したのを、俺は見逃さなかった。


 あの表情を思い出す度、彼の可哀そうな――子羊のような声色が、涙の様に流れてくるのだ。

 あいつはなにを抱えているのだろうか?

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