(2)

「早速、悩み相談を始めちゃおうー!」

「「パチパチパチ」」


 いつかの時よりも、少しだけ華やかさが増した音が響く。これで楓の元気さとも若干釣り合いが……取れてるのか? まあいいや。


「ってことで、まずは自己紹介から……と言いたいところだが、別に今更しなくてもいいか? お互い知ってるし。なあ?」

「おけまる!」

「うん。大丈夫」


 机を三角に並べて座る二人の確認を取って話を進める。


「おけまる。じゃあいきなりだけど、本題に入ろう。中野さん、今回の悩み相談はどんな内容なのか教えてくれ」

「うんうん! 私も知りたい! 葉月ちゃんの悩み。あ、大丈夫だよ! 相談を受けるからには、私たちも全力でサポートするから!」


 楓が親指をグッと立てて笑う。今にも効果音が付きそうだ。


「二人とも、ありがとう。それじゃあ聞いてもらえる、かな?」


 暖かな視線をこちらへと向けた中野さんはそう言うと、ゆっくりと。

 それはまるで誰かにそっと、読み聞かせるみたいに話し出した。


「言っちゃうとね。今、私はある人に恋をしているの。ずーっと昔から。中学生の頃から? 小学生……? まあ、そんなのも分かんなくなるくらい、彼に夢中になってるの」

「その相手ってまさかこの学校にいる? もしかして同じクラス内にいたりとかする⁉」


 楓がやや興奮気味になって食いつく。


「ス、ストレートだね。楓ちゃん」

「あ、ご、ごめんね? あまりにも気になっちゃって」

「ううん、大丈夫……クラスに、いるよ」


 中野さんの頬がほんのりピンク色に染まっていくのが見える。


「じゃあ、その好きな人って?」

「……ひかる

「光って……えっ⁉ あのサッカー部の月島つきしま君のこと?」

「うん。そう。サッカー部の部長の月島光つきしまひかる

「まさか葉月ちゃんがあの月島君を……」


 あのってなんだよ、あのって。


「楓ちゃんは何回か光と話してるのを見たことがあるけど……秋宮君は多分、話したことないはずだよね?」

「あ、あー。あんまりっていうかほとんど接点はないな。同じクラスなのに」

「陰キャだからね、薪君は!」

「笑顔で言わないでそれ。いじめだよ?」


 月島光。

 身長は俺よりも少し高いくらい。長いとも短いとも言い難いスポーツマンみたいなツーブロックの髪形をしている。

 楓と同じく、男女誰とでも分け隔てなく仲が良くて、クラス内でもかなりの人気者だ。

 そして、何よりも彼を人気たらしめる要因が……かっこいいんだよなーこれが。しかも頭も良い。毎回の定期考査で学年トップ10には安定して入っているほどの強者。しかもサッカー部部長でスポーツ万能。くそめ。俺と比べてほとんどすべてにおいて上位互換ではないか!

 そんなわけで、俺から言わせてもらうと月島は「完璧な人間」と表すのがちょうど良い。男版の楓みたいな? 

 だからこそ……俺はそんな月島のことが好きだという中野さんに驚いてしまった。

 そりゃあ、幼なじみだし、そんな気持ちを抱くのはなんら不思議ではないんだが……それを差し引いても明らかに中野さんと月島はタイプが違いすぎだ。

 それこそクラスで二人が話してる所なんて見たこと無いし、そんな仲だった知る由も無い。

 俺がそんなことを考えていると、ふと中野さんが微笑んできた。


「秋宮君、難しい顔してるね」


 どうやら考えていたことが顔に出てしまっていたらしい。気が付いたら、楓が苦笑いをしてこちらに視線を向けてきていた。

 出さまいと意識していたはずがこれは少しバツが悪い。


「いやまあ……全然悪い意味じゃないんだけど、そのなんて言うか……二人が仲良く話してるイメージが湧かなくてな。それが意外だった」

「そう、それ! まさか葉月ちゃんが月島君のこと好きだったなんてー。ねーねー! 月島君のどこら辺が好きなの? 教えてよー葉月ちゃーん!」


 楓も同じ意見だったらしい。長文でぐいぐい中野さんに言い寄っている。これが俗に言うオタク特有の早口ってやつか……


「うーん。どこが……と聞かれても……あんまり考えたこと無いなー……」


 そこで言葉を止めると、しばらく考え込んでしまった。


「……強いて言えば『全部』かな? 光の一つ一つ、全部。光のことを考えると、こう……なんて言ったらいいんだろう? 心がきゅーってなる感じ?」

「へー……きゅうー、ねー……」


 まるで聖母マリアみたいに、優しく目を閉じて胸に手を当てる中野さん。

 彼女がそうしみじみと語る様子を見て、思わず楓もその余韻に浸る。


「でね? 中学生の頃はただただ一緒にいられれば良かったんだけど……高校生になって……ね?」

「なって?」

「ほら、光って見ての通りみんなの人気者でしょう? だから周りにも中学生の頃とは桁違いに色んな人がいて、光と仲良くしてて……もしかしたら、取られちゃうんじゃないかって」

「危機感、か?」

「うん。今までは私が光と幼なじみだったからそこは安心してたんだけど、高校になってちょっと不安になっちゃって……。

 あと単純にこの『幼なじみ』っていう関係から抜け出したいと思うようになったの。やっぱり私は光に『一人の女の子』として見て欲しいの。一歩。ほんの一歩だけ、進んだ関係になりたいの……」

「へー……」


 語彙力を失いつつある楓を横目に、なるほど。俺はおおかた状況が把握できたので、中野さんに確かめる。


「つまり中野さんは、光を今後誰かに取られたくない。幼なじみっていう関係から抜け出して先に進みたい。だからいっそのこと告白して関係を変えたいんだけど。それをどうすればいいのか、ここに相談しに来たってわけか」


 中野さんは「……うん」と、か弱い声を発して少し俯むく。


「いやー、それにしても……葉月ちゃんがそんなことを考えてたなんて」

「い、意外だった?」

「意外って言ったらちょっと違うけど……乙女だなーって」


 遠くを見つめるように、楓はポツンとつぶやいた。が、すぐさまそんなものは風に流されてどこかへ行ってしまった。


「……でもでも! ちゃんと葉月ちゃんの願いを叶えるためにも真剣に頑張るから! 薪君も頑張ろうね?」

「お、おう」


 終始、好奇心をむき出しにしている楓が両手でグーポーズをしてくるので、俺も釣られて片手を少しあげる。こんなテンションで大丈夫なのかな? 正直、不安でしかないんだが。

 とここで、俺は一つ疑問を口にしてみる。


「中野さん、普段あんまり月島と一緒にいるとこ見ないけど……話とかしてるのか?」

「あ、それについてはー……私自身、あんまりクラスで目立つ方でもないし、でも光は教室じゃいつもみんなに囲まれてるから。そういう時に私が絡んでも迷惑だなあと……」


 少し恥ずかしがって、目を伏せる。


「それに、一年生の頃はクラスが違ったし、二年になって同じクラスになれたとは言え、まだ始まったばっかだから……で、でも。光と話せなくなるのは嫌だから、みんなからは見られないときに話とかはしてるよ? それこそ登下校とか、休日とかは二人でお出かけとかしてた」


 なるほど。

 道理で学校じゃ二人でいる姿を見れないのか……これで一つ気持ちが晴れた。

 すると中野さんは「そうそう思い出した」と急に眼を丸くして頭をコクコクする。


「今の秋宮君の質問と関わってくるんだけど……」

「ああ」

「さっきの告白する理由が誰かに取られるかも、っていうのに関してなんだけど……最近更に厄介なことが起きてるの」

「厄介?」

「うん。それがね? ほんとここ最近、春休み終盤辺りから、光が特定の女子とすごい絡むようになっちゃったの! しかもね、その女子、今年同じクラスになっちゃったの!」

「よりによって、お、同じクラス⁉ それ本当なの葉月ちゃん⁉」

「そう! しかも私はその子と話したこと無いからどういう子か分からないんだけど……結構光と仲良く話してるの見るし、二人で帰ってたりもしてるの……! それこそ春休み中とか私、二人で歩いてるの見かけちゃったの」


 おいおいまじかよ。まさかの三角関係? 高校生でそんなことあんのかよ。


「うっ……聞いてるだけで先が思いやられる……」

「しかも、私という幼なじみを置いといてだよ? これはもうギルティーだよっ!」


 珍しく、少し怒った口調で粗ぶってしまっている。

 楓の方もさっきからのテンションも相まってかなり驚いているようだ。椅子の上でちょこんと固まっている。


「ち、ちなみにその人は誰なの?」

 まだ驚きで上手く呂律が回っていない楓が探るように聞く。

白石しらいしうさぎちゃん。あのーほら、サッカー部のマネージャーをしてる子」

「あー、あの子ね、なるほど。まさかあの子が……」

「そう、まさかのあの子なんだよねー」

「あの子あの子うるさいぞ、おい」


 さっきから僕だけ置いてくのやめて?

 二人して口にする白……あれなんだっけ? もう名前忘れちゃった。今の今まで同じクラスにそんな人がいたとは知らなかった……まあいっか。


「で、その白なんとかさんって、そんなに特筆すべき人なのか?」


 「そりゃあもちろん!」と大きく頷いて肯定する中野さん。


「だって良く考えてみてよ! サッカー部マネージャーだよ? しかも超かわいいの‼ ショートの髪は金色に染めててちょっとギャルっぽいけど……すごいコミュ力が高くて光ともすごい楽しそう」

「あー、金髪の……その女子が白なんとかさんだったんだ。確かに、誰とでも話してるイメージあるし、いかにもJKみたいな感じだったような、その……白……石さん!」


 ようやく覚えられたぞ、この名前。よしっ。


「そうなの。傍から見たら光と釣り合いそうなのは私じゃなくて白石さんの方なんだよね……それで余計焦っちゃって」

「うさぎちゃんなら、全然ありえるね……」


 幼なじみ――みんなの前では関りが無いように見えるけど、裏ではそれなりに一緒に過ごしている中野さん。


 対して、同じサッカー部。最近光と――真意は分からないものの――急接近していて楽し気にしている白石さん。


 この状況、一見中野さんが全然有利そうではあるが、実は普段から絡んでいる白石さんをほっとくことは出来ない。

 いくら幼なじみだとしてもそれは過去のこと。今、という時間を過ごしている長さは白石さんの方が断然多いのだから、ここから逆転、なんてもことも十分ありうる。

 月島が二人に対して、どういう思いを抱いているかにもよるけど。

 とまあ現状を一応整理していると楓は「でも」とガガガと思いっきり椅子を引く。


「一筋縄にはいかないけど、私は諦めないよ! そのための『悩み部』なんだから!」


 胸に手を当てて優しく中野さんに語り掛ける。

 その言葉は、さっきまでのテンションとはかけ離れた、友達の恋のために、そして未来への自分のために、精一杯頑張るという一種の決意のように、俺の心に響く。

 これまでの楓の悩み部に対する熱意の量……どうやら俺は一回、この部活に対する意識を改めた方が良いのかも知れない。このままじゃ、楓に、中野さんに失礼だ。

 そんなわけで俺も未だ自信がなさそうにしょんぼりしている中野さんに向かって息を吸う。


「まあ色々厄介なことがあるかも知れない……けど、俺たちは最後まで中野さんを応援し続けるからさ。そのー、照れくさくてあんま言えたことじゃないが、一緒に頑張ろう」

「……楓ちゃん、秋宮君……そうだね、そうだよね。当の本人がここで弱気になってちゃダメ、だよね」

「そうだ。しかも俺が考えるにまだ中野さんの方が有利だ。だからここから色々と工夫したり、努力したりすれば、白石さんを寄せ付けずに逃げ切りゴールインだって可能だ」

「ほ、本当に⁉」

「ああ。しかもそうするためにわざわざ『一か月間相談に乗って欲しい』って書いたんだろ? 安心しろ。見ての通り、俺と楓がちゃんと一か月間傍にいるから」

「うんうん!」

「……ありがとう! 改めて、これからよろしくね。二人とも。あと秋宮君。私のこと名前呼びでも大丈夫だよ?」

「な、名前呼びですか……」

「だって楓ちゃんのこと名前で呼んでるし、これから一緒に協力しておくべきだし……」

「わ、分かった、よ……葉月……さん」

「ふふふ。なんで呼べないのよー」

「い、いやあ」


 そうだったそうだった! 中野さん、俺が楓に振られたこと知らないじゃん。すっかり忘れてたわ、マジで危ない。

 俺が楓を名前呼び出来るのは、ああ言う経緯があったわけだから……すっかり中野さんに喋ってしまうところだった。


「ねえねえ、なんでー?」

「や、止めろ!」


 やけに中野さんが迫ってくる。

 やばい、逃げ、られ、ない―……どうすればっ⁉


 ――ピーンポーンパーンポーン


 聞き慣れた音が、気付けば閑散としている校内に響き渡る。


「えー、全日制の生徒に連絡します。下校時間の五時まであと約二十分ほどです。校内に残っている生徒は速やかに下校をしてください。今から日直が見回りに行きます」


 ――ピーンポーンパーンポーン


「あれ、もうこんな時間だー仕方ないなー取り敢えず教室から撤退するか」

「命拾いしたね」

「うるせー」


 神様ありがとう! もう俺一生付いていきやすっ。


「ほらほら、二人とも早く出よっ」


 俺たちの会話を静かに聞いてきた楓が、既にカバンを背負って急かしてくる。


「あっ楓ちゃん。そう言えば……」

「どうしたの?」

「ええとー……秋宮君もなんだけど、駅の方に向かいながら今後の予定について話せない、かな? まだ二人に話したいことが少しあって……いい?」

「全然大丈夫だよ、葉月ちゃん」

「うん……ありがとう」


 楓の了承が嬉しかったのか、ホッとしたのか。

 中野さんの頬が少し緩んで笑顔が咲く。

 

 なるほどここの教室も華が増えたもんだ。


 気が付けば、あたりはもう淡い夕日に包まれて、カーカーと鳴く烏たちが空の向こうへと羽ばたいていっている。

 烏の様に賢くなれたら俺もなぁ、と思う自分の顔が教室の窓に見えた。

 微笑んでいた。痛いくらいに。

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