第二章 幼なじみは、恋をする。

(1)

 次の日の4月15日。

 悩み部のホームぺージには今や当たり前となった悩み相談が来ていた。

 しかし、今日の一件は今までとは一風変わっていた。


『幼なじみの男子に告白したいです』


 ここまでいつも通りなのだが、


『一か月。約一か月後に告白したいです。それまでに仲をもっと深めたいです』


 今回はなんと長期に及ぶ相談であった。

 勿論、俺たちはこれまで一日限りの相談しか扱ってこなかったので少々怖気ついていたが、


『大丈夫! 私たちならなんとかなるよ!』


 朝にこのことを共有した楓からこんなメッセージが届いたので、やれるだけ頑張ってみようと決めた。

 というわけで、放課後。

 授業の終わりを告げるチャイムが響いた後、俺は早速部室の鍵を職員室に取りに来ていた。

 あたりは授業終わりなこともあり、廊下に出て友達と談笑にふける人で溢れかえっていた。青春を謳歌する者たちよ……俺も混ぜてよ。あ、無理? そうですかごめんなさい。

 コンコン。


「失礼します。二年A組の秋宮です。部室の鍵を取りに来ましたー」

「はーい」


 俺が呼びかけると一人の若い女性教員の声が中からして、壁にかかっている鍵を取りに来てくれた。


「どこの部活かなー?」

「あ、えっと。悩み部です」

「あっ悩み部ね。はいはい。悩み部の鍵悩み部の鍵……って悩み部⁉ なにその部活⁉」


 聞き慣れない部活名に驚いたのか、先生は思わず聞き返してくる。


「最近出来たんですよ。揚げ物くらい出来立てほやほやです」

「ふーん。変な部活が出来たものねえ……」


 俺のボケを拾ってやってください。可愛そうです。お願いします。


「でも……生憎ここには悩み部の部室の鍵無いわよ?」

「えっ?」


 そんなはずはない。さっき見たところで、まだ楓はクラスのみんなに囲われて仲良く喋っていた。流石に俺より早くここに来ることなんてありあえない。

 ならどうして……誰が取っていったんだ……?


「だ、大丈夫? 悩んだ顔して? 放送で呼びかけたらどこに鍵があるのか分かるかもだけどしてみる?」

「あ、いやあ。大丈夫です。お手数おかけしました」


 取り敢えずこの場はそう言ってやり過ごす。

 俺も楓も鍵を持っていない。この部活を知るのは俺と楓以外ほとんど存在しない。先生すらさっきの反応だ。

 となると……残る選択肢は一つしかない。

 誰かが、部室にいる。


 

 俺はやや小走りになって部室の前にたどり着いた。

 やはり中に誰かいる……ドアは少しだけ開いた状態になっている。

 窓も開いているのか、そのわずかなドアの隙間からアスファルトや草木が湿った、あの田舎のような妙に安心する生温い匂いが俺の鼻を掠める。

 そう言えば、今日は午前中、大雨だったからな。寝てたからしっかり記憶にない。すっかりでもない。

 そうしてしばらく風に当てられながら、ドアの前に立ち尽くした後「っふー……」と一回深呼吸をして平静を保とうとする。

 よしっ、開けるぞ……ガラガラガラ!


 すると、一人。


 やはり開いている窓から校庭を眺めるようにして、窓枠に肘を付く人の姿が視界に入ってきた。

 あの後姿……どっかで見かけたような、ないような。

 その人はあたかも俺が来るのを待っていたかのように、全く驚きもせず、ゆっくりとこちらを振り返った。


「あっ。秋宮君、ようやく来たね」


 何処かの土が濡れたことを教えてくれるような風が教室中を、さぁーと埋め尽くす。

 漆黒のように深い黒色のロングの髪をたなびかせながら。

 こちらに優しい表情で微笑んできた彼女は――


「た、確か君は……同じクラスの……」

「はい。中野葉月なかのはつきです。初めまして?だよね」


 そう淑やかな声で微笑んだ彼女は中野葉月。

 二年から同じクラスになった穏やかで大人らしい女子だ。とても静か。

 でも、だからと言って、休み時間を独り読書に費やす俺とは違い、数人ではあるが、彼女がちょくちょく友達と話している姿を横目で見かける。

 あえて楓と比べるならば、中野さんはほとんど正反対のタイプと言っていいだろう。

 とまあそんなわけで、俺はとてつもなく気まずい。本当に彼女とは今回が初めまして状態なので、まずなにから聞けばいいのか……ええい!


「あ、えっとー……きょ、今日もいい天気ですね?」

「ええとー……これってどう反応するのが正解なの?」


 多分、その返答が正解です。四重丸。

 うーわ。なんか付き合い立ての初々しいカップルみたいなやり取りになって、我ながら背筋に冷ややかな風を感じる。

 止め止め、この空気感! 誰だ、こんなの醸し出した奴! 俺はもうそいつに右手が出かかってるぞ、うん。イタッ! なにすんだよ俺!


「あ、いや。なんでもない。忘れてくれ」

「それは流石に無理があるかと……」

「そこは素直に忘れると言ってくれ」


 そこで中野さんはふふふと柔らかく口に手を当てる。

 なんだこのやさしさの塊みたいな笑い方は? 天使か? とうとう俺にも報いが!

 まあいい。取り敢えず本題に入ろうか。


「確認なんだけど、ここの部室の鍵を取ったのは中野さん?」

「あ、うん。部室に誰もいなかったから、先に持ってきちゃった。迷惑だった?」

「いや、今はもう問題ない。それならいいんだ」


 ふーと俺は一安心する。誰かに取られたとかじゃなくて良かった。


「楓ちゃんは? なにか予定がある感じ、かな?」


 小首をかしげて、髪がさらーっとなびく中野さん。

 えっ、ちょっと待って。中野さんってよく見たら超かわいくない⁉ 

 いや美しいと言った方が適切か? 

 均整の取れた顔、それに上手く溶け込む絹のような黒いロングの髪。

 あまり近くで対面したことが無かったので、想像以上に俺は衝撃を受ける。おい、キモイとか言うな。俺は至ってまじめ……だよ? ほんとに?


「あ、ああ。楓なら教室で友達と話してたからもう少し時間かかるかも……」

「そうなんだー。やっぱ楓ちゃん、クラスの人気者だもんね」


 学校の、と言っても過言では無いとも思ったが、やはりそれだけ彼女はみんなから一目置かれている存在なんだな。


「どれくらいかかりそう、かな?」

「うーん……分かんないなー。楓のことだからちゃんとくるはずなんだけど、逆にもうこのことを忘れてる可能性も……」

「流石に来るでしょ?」

「いや、意外にあやつは時間にルーズだから――」


 ――ガシャン!


「薪君、お待たせー! って、あれ? 葉月、ちゃん?」


 と、更なる楓へのマイナスな発言をしようとしたところでタイミングよくご本人が到着した。


「あ、来ました」

「来たね」

「? なんの話してたの?」

「あ、えっとねー。秋宮君が楓ちゃんの悪口を……」

「ま、薪君⁉」

「言ってません」

「えーでもさっき確かに、楓ちゃんは時間にルーズな奴とか――」

「一回黙ろうか中野さん?」


 次から次に追い打ちをかけるの止めて? もう片足が崖から落っこちそうだから。なんなら落ちてます。奈落の底送りなんてイヤだ!

 っていうか……


「一つ質問なんだけど、なんか二人、自然に話してるけど知り合いかなんか?」

「いや、知り合いってほどではないけど、何回か話したことあるよね? 葉月ちゃん」

「うん。体育の授業の時とか少人数のグループワークの時とかね」


 いやいや、そこまでの仲じゃないのに、なんかすごい仲良さそうな雰囲気出てるやん。

 二人のコミュ力の高さに圧倒される俺なんかには気付かず、楓はにっこりとしている。


「じゃあじゃあ! 今回相談に来てくれたのってもしかして葉月ちゃん⁉」

「あ、うん。お世話になります」

「うん! こっちこそ、知ってる人が来てくれて嬉しいよ~!」


 こらこらいけません。そんなに中野さんとぶんぶん握手したら。

 と、いうわけで今回の相談者は同じクラスの中野葉月さん。


 今思えば……ここから、俺たちの「悩み」は始まったのかもしれない。

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