(5)
月日は流れ、良くも悪くも?大イベントであるバレンタインが川高にも訪れた。
当日、いつもより早く登校した俺は始めこそ自分の席で静かに本を読んでいたのだが、時間が経つに連れて外がやけに騒がしくなっているのに気が付く。
ふと気になって席から立って教室の外へ行くと、廊下のそこらで仲の良い女子同士がいわゆる「友チョコ」というやつを交換し合って騒いでいた。
しばらくそんな様子を見ていると、廊下で男子にチョコをあげると同時に告白する女子も現れたのだが……それをみんなの前でやるっていうのは相当なメンタルが無いと絶対に出来ないのに良くやるなー、と目にする度に感心していた。
肝心な俺はどうかというと……言わずもがな。敗北者です。ああ羨ましいなー⁉
ん? 別に嫉妬なんかシテナイヨ? 怒ってもないよ?……怒ってないから‼(怒ってる)
まあ、そんな感じで特になにも起こることなく、放課後が訪れた。
さっさと荷物の準備をして、家に帰ろう。じゃないとこの空間、あまりにも甘すぎる! バレンタインっておっそろしいね! 油断したら糖尿病になっちゃいそう。
そうして教室のドアに手をかけた――瞬間だった。
背後から「秋宮君!」と聞き慣れた声が俺の足を止める。振り返ってみるとそこには……正確には俺の顔の目の前にあの清水が柔らかに微笑みながら立っていた。
思わぬ距離感でびっくりしてしまい、「わっ!」と驚きながらも、なんとか声を詰まらせながら言葉を紡いだ。
「ど、どうしたんだ清水? 急に? なにか俺に用であったか?」
「ううん! 全然、そんな大した用でもないんだけど……ええとー……」
彼女は一旦声を止めると、視線を持っていたカバンの方に移してなにやら中をガサガサとあさり始める。
何なんだ、一体?
俺は静かに彼女の言葉を待つ。でも、その待っている時間はなんの苦痛でもなかった。
そして、少ししてから清水は「――あっ、あった!」と可愛げに梱包されたものを取り出して俺の前に差し出してきた。
「はい、これ! 今日はバレンタインデーだから秋宮君にも友チョコ!」
「えっ、俺に? あげる人間違ってない?」
配達先あってます? 郵便局員さん?
「そんなの間違えないし! それしたらその人に失礼すぎだし!」
「ですよね」
「あ、やっぱ嘘、渡す相手、間違えちゃった! テヘペロ」
「手のひら返し早っ」
自然と二人でふふと笑う。
「もらって……いいの?」
恐る恐る再度確認する俺であったが、楓の方はまんざらでもないようで、
「もちろんだよ!」
小首を傾けて、柔らかそうな頬を緩ませている。
「え、あ、その、ありがとう。そんな清水に貰うなんて思っても無かったから……うれしいよ」
こうして彼女は太陽よりも眩しい笑顔で、チョコをくれた。
見る限り、これは市販で買ったチョコでなはなく、ちゃんと一から清水が作ってくれた手作りチョコだ。しかも相当凝って作られている。
でも、とふと思う。
「なんで、俺なんかにこんなチョコを?」
彼女は俺のそんな言葉を聞くなりその場で「なに言ってるのー」と言いながら笑い出した。
「私たち、友だちじゃん!」
そう言って彼女は俺に微笑んだあと「じゃあ、また明日ねー。バイバーイ!」と手を振ってまだ教室にいる友達の輪に戻る。
そんな彼女の後姿を見ながら、俺は先ほどの清水の言葉が脳から離れなかった。
「友達……か」
俺はその言葉にどこか嬉しい気持ちと悲しい気持ちを抱く。
貰えて嬉しい気持ちと、まだ俺は彼女の中でその程度なんだって気持ち。
この頃、俺は清水に対する想いが制御しきれなくなっていた。
心をガラスに例えるなら、もうひび割れが入っている状態。
それに、そんな想いを彼女に隠しながら、接しているというのもなんだか失礼なような気がした。ちゃんと真っすぐな気持ちで彼女と向き合いたい。
「変わらないと……なにも始まらない」
高校一年生のバレンタインデー……俺は告白することを決めた。
家に帰ってから、早速もらったチョコをぱくりと一口。
その味は、何処か甘くて、苦くて、そして。
――少し、しょっぱかった
※
告白すると決心してから俺はじっとその日を待っていた。
告白する日は二年生に進級する始業式の放課後に。つまり4月7日。
場所は放課後に自由解放されている屋上に決めた。
時間も告白する時に屋上に誰かがいるとか俺のメンタルが崩壊して困るので、夕暮れ時にして完全に二人きりの状態にしようと思った。
そして――運命の始業式当日。
俺はいつもよりも早めに学校に来ていた。新年度の俺と清水のクラスの確認+屋上に呼び出すための手紙を下駄箱に入れるためだ。
まさかこんなことをするなんて……漫画っぽくてちょっとドキドキする。
あれ? 今もしかして俺、主人公みたい? ようやく来たか、俺の時代? いやあ、来るの遅すぎだよ! なにしてたんだって~! ガハハ!
……緊張しすぎて頭おかしいな、俺。
ちなみに今年も清水とはクラスが一緒らしいですはい。
告白失敗したら、いよいよ修羅場だね! うん! もしそうなったらもう学校行くの止めようかな? いじめられるの確定演出じゃん。さらば俺。R.I.P
とまあなんやかんやありまして無事、準備は万端。
「っふー……あとは待つだけだな」
成功するかな? それが気になって仕方が無い。
でも……結構清水の方も俺といて楽しそうにしてるし、それこそ結構一緒にいるし……バレンタインだって……もしかして?
「もしかして、結構可能性あるかも……⁉」
※
「ごめんなさい……秋宮君とは付き合えない、な」
俺が顔を上げた瞬間、彼女はそう一言呟いて頭を下げてきた。
やっぱ……俺の勘違いか。
っはっは。流石にきもいな。ワンチャンとか、どの口が言ってたんだよ。
俺は泣きそうになって、今すぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちを必死に抑えながら、独り言のように話し始める。
彼方遠くまで広がるきれいな夕焼け。
その声は屋上に寂しいくらい静かに、でもはっきりと、鋭く響いた。
「やっぱ、そうだよ、ね……ごめんね。急だったよ、ね……迷惑かけて申し訳ない。でも、俺が想っていたこと、今言ったことは決して後悔してない。だから……明日からも今まで通り、普通に接してくれると嬉しい……かな」
ずるい言い方をしているなあと、自分でも分かっている。
こんな状況を作ってしまったのはこっちの方なのに「普通に接して」なんて……あまりにも都合が良すぎる。
そんな、どこまでも自分勝手な言葉に彼女は、
「うん……そうだね」
小さく相槌を打つ。
それがどんな感情なのか、どんな表情で言ったのかは俺には分からない。
もしかしたら、それを、知りたくなかっただけなのかも知れない。
そう思った瞬間、なんだか無性に先ほどの自分の発言に対して、自分自身に対して体の内側から苛立ちを感じてきた。あまりにも俺がクソ野郎過ぎる。
俺は付け加えるように、急いで口を開いた。
「で、でもっ! そんなこと都合が良すぎて、悪い気しかしないから、同じクラスだし……だからもう俺なんかと話さない方が良いかもしれないから……うん」
そう。きっとこれが正解なんだ。
そう。きっとこれが僕の運命なんだ。
所詮、背景。ひねくれ野郎。彼女と一緒にいるだけで、そんなことも忘れてしまうキモイ奴。
「……今までありがとう。じゃあ、また」
俺は決して彼女の顔を見ようとしなかった。
だって、見たら涙がきっとあふれるに違いないから。
だって、見たらもっと好きになってしまうから。
だって…………
そうして、俺は屋上を後にしようとした――その時だった。
「ちょ、ちょっと待って!」
静かな屋上に、今度は彼女の悲痛な声が響いた。
思わぬ引き留めに俺は「……えっ」と声を漏らしてしまう。
なんだ? もう俺はふられたんだぞ。ずるい逃げ方をして。こんな俺にこれ以上、用なんてあるわけないじゃないか。帰らせてくれ。もう俺はここにいてはいけない存在なんだ!
そんな、様々な思考が俺の頭を埋め尽くす。
――ひゅうーびゅう
ふんわりと温かみのある小風に心が乗せられる。
恐る恐る彼女の顔を振り返って見てみると……彼女は何故か、泣きそうな表情をしていた。
少し下を見ながら、体の横で両手をギュッと握りしめながら。
――ひゅーぴゅうーひゅう
また、二人だけの屋上に風が吹く。今度は更に優しく。
この二人だけの世界を包み込むような、そんな風。
桜はもう地面にはほとんど残っていない。
あるのは、俺の、彼女への想い。
あるのは、俺の、醜い心。
いつしか風は明日の方へと吹いていき、、気付くと彼女はゆっくりと口を開いた。
「待って!……私からも言いたいことがあるの!」
「……言いたいことって?」
「別に私は……秋宮君のことが嫌いだから告白を断ったわけじゃない! 寧ろ、秋宮君はすごい優しいし、良い人だと思ってる……うん。本当に」
嫌いじゃ、ない……? だ、だったら……な、なんで……なんで⁉
「なんで断ったんだ?」
その真っすぐな、吸い込まれるような黒曜石の瞳に、醜い俺が映る。
「あのね、私……さ。『好き』って気持ち、分からないの」
?
「そのなんというか……今までもね。何人か告白してくれた男子がいるんだけど、全員断ってるの。私は恋を知らないから……そんな中途半端な状態なんかじゃ、寧ろその相手に失礼だし……だから、自分の気持ちに嘘は付けないの」
「そ、そう……なの、か……」
俺はどう反応して良いか分からず、中途半端な言葉しか出せない。
彼女もそのことを分かっているのか「ごめんね、困るよね、そんなん。ふった男子にこんなこと言うなんて…」と失笑する。
「で、でも……! 好きが分からないってことを打ち明けたのは秋宮君が始めてかな……」
「……なんで?」
俺は間髪入れずにそう聞く。自分でも驚くほど、俺は冷静になっていた。
「分からない……分からないけど、何故か秋宮君には伝えなきゃって。断った後に思えてきたんだよね……」
「……」
「……」
そんな彼女の言葉にどちらも黙り込んでしまった。
お互いになにも言えないまま、しばらくの沈黙が続いた。
そして――不意に、彼女が思い立ったように話を始める。
「だ、だからさっ! 結局なにが言いたいかって言うと、ね……」
「ああ」
一つ一つの言葉を丁寧にほどきながら、包み込みながら、大切に紡いでいく。
「秋宮君。一緒に悩んでみない?」
「……え?」
どういう意味かさっぱり分からない。
「私が言うのもおかしいんだけど……多分秋宮君は今すごい悩んでると思う。『告白してふられて、どうしよう。しかもふられた理由は『好きが分からない』ってどういうこと?』って。そんな風に私が思わせちゃってる」
「まあ、うん……正直驚いてる」
「そして……私も悩んでる。『好き』ってなんだろう? その先にある『告白』ってなんなんだろうって。
私は……恋がしたいの! 高校生らしい、普通の恋が!」
俺はふとあることを思い出す。なるほど。あんなにラブコメのラノベに食いついていたのはそういうことか。
「だからね⁉ お互いがお互いのその悩みを一緒に解決していかない? 秋宮君とならさ……出来るはずだと思うから……思えたから……こんな身勝手なお願い、どうかな秋宮君……!」
いつの間にか俺は、清水に頭を下げられていた。
――確かに、俺は悩んでいる。
ずっと好きだった子にふられて、自分の心がまだ整理される前に、そのふられた子に「一緒に悩もう」って持ちかけられて。
しかもふられた理由も理由……思考と心の両方とも、この状況に追い付いていない。でもまあ……一つ確かなことは、決して清水は俺をバカにしているわけでも無いということ。
つまり、本気で悩んでいるということ。
そんなの彼女が頼んできた時の顔を見れば一目瞭然だ。いつも笑顔でいる清水があんなにも困っているような、悲しげな、切ない顔をしているのだ。
――そんなの、見逃せるわけがないじゃないか。
俺の好きな人、好きだった人だぞ?
俺はそんな複雑な気持ちを胸の奥にしまったまま、彼女のお願いをどうして良いか分からず。
取り敢えず――承諾した。
ここで、言っておかないといけないことがある。
これは決して「好きな人と一緒にいられるから」とか「好感度はあがるから」などという理由では無い。
本当に俺は、彼女が。
俺自身が、考えている以上に自分の気持ちが整理できていなくて困っているからだ。
それ以下も、それ以上もない。
「少し時間が経たないと、このモヤモヤはそう簡単には晴れない……だったら、彼女が悩みを解決する間をその休憩に使っても……使わせてもらっても良いの、か?」
そう、心の何処かで思えたから、俺は彼女に協力をする。
俺の承諾に彼女は「本当に……いいの? ありがとう、秋宮君。本当に、ありがとう……!」と、先ほどの悲しげな表情から少しだけ笑顔になる。
ドクリ。
あー……やっぱり。
彼女のその顔は、声はどこまでも――
こうして、俺と彼女の悩みは始まった。
――こうして、俺のhis story《history》が始まった。
※
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