(6)
4月9日。今日は俺が楓にふられた週末の日曜日。
先日の夜に楓とラインをして決めた集合場所である、吉祥寺駅北口のスターバックスに足を運んでいた。
前も言ったかも知れないが、お互いに実質帰宅部で暇であるとはいえ、平日の学校の普段の授業が終わってから放課後にホームページを作るなんていう過酷な労働はしたくない。
「帰りたい、帰りたい、帰りたい」
これこそが令和版「3K」であることはもはや自明のことであるので、敢えて宣言する必要も無かろう。よって、時間的にも体力的にも余裕のあるこの週末にやろうって話にしたのだ。
――ところで、武蔵野市といえばやはり吉祥寺。
毎年の住みたいまちランキングでは必ずと言っていいほど一位を獲得し、商業施設、飲食店、デパートに加え、多くの人で賑わう商店街などが揃っている。それに釣られるようにいつもイケイケな学生でアゲアゲ。正直、俺にとっては居心地が悪い!
それでも吉祥寺は、ここだけで全てが完結しているという万能さ。はっきり言って神。
アイラブ吉祥寺♡ 吉祥寺しか勝たん♡
パリピな人たちさえいなければ、もう新興宗教を作る勢いの愛情深さである。
とまあそんな感じの吉祥寺の中でも、取り分けイケイケ度の高いこのスタバで俺は集合時間よりも少し早めに来てしまっていた。
初めは外で待ってようとしたが、早速見ず知らずの通りすがりのJKに生ゴミを見るような目をされたので、俺は怯えて店内に入る。レジでアイスコーヒーと申し訳程度のチョコカップケーキを頼んで楓を待つことにした。
吉祥寺内に、もはや陰キャに人権は無い! これこそ憲法違反ではないか。
――時刻は午前十時ちょっと前。
ホームページをどれくらいのクオリティーで作るかによるが、まあいくら内容を凝ったものを作ったとしても、十二時前にはおそらく終わるだろう。
さあ、頑張ろう。
※
「お待たせー! ごめんね~、ちょっと遅れちゃった~」
楓は息を少し荒くしながらやって来た。
「あ、いや俺も丁度来たところだから大丈夫」
「本当に~?」
「なんでそこで疑うんだ」
「だってこういう時ってさ、そう言うのがなんか相場じゃん」
「分かってるなら聞かないで? 僕の気遣い台無しだよ?」
「テヘペロッ!」
もはやサイコパスでは? この人コワイ。これが吉祥寺……。
ふと楓を見る。全体的に褪せた緑色の生地に、淡い水色の花のデザインが施されたワンピースを見事なまでに着こなす姿が目に映る。
この花は……なんだろう? 花弁と色からして勿忘草……とかだろうか?
言い忘れていたが、楓はスポーツは苦手なもののスタイルは抜群で足もすらっとして長い。しかも、ある種の部分(伝われ!)も大きくも小さくもなく、女子みんなから憧れるであろう理想的なプロポーション。もはや彼女にはなにを着させても可愛いまである。バ、バニーとかどうすかね……? え、下心? あるわけないじゃん。なに言ってるの、サイテー。
川高には校則と言えるほどの校則がないため生徒は基本、服装は自由である。運動部は部活のジャージやら服やらで過ごしているのだが、他の人は、特に女子なんかは自分で好きな制服を着る人も多い。
楓もその一人。普段学校では楓の制服姿しか見たことが無かったので、私服姿の楓を見ているとなんだか見てはいけないような気がしてくる。
間が悪くなって、俺は目を逸らすと同時に、見れてよかった、という背徳感がふつふつと内側から漂ってくる。
まあ要約すると「かわいい最高すごい神聖母ういcfくぉhvvkみwくぇんヴぃv」ってことだ。うん、出来てないね。日本語喋れてないね。
「あっ! それおいしそう! 私も食べた~い」
楓は俺が食べていたカップケーキに反応してきた。よだれを垂らしそうなくらい小さな頬は緩み、おまけに目からは今にもきらりん!と星が出てきそうだ。
「これか? これは俺の一生の宝だから食いたいなら飲み物と一緒に同じのを頼むんだな」
「むむむ、ひねくれてるなー……しょうがないから、大人しくレジで買ってくるよーだ」
「もらいたいって本音が駄々洩れだよ?」
「テヘペロッ!」
「乱用、ダメ、ゼッタイ」
「よしっ。無事に注文出来たことだし早速始めますか!」
「ああ」
結局、俺と同じのを頼んで帰って来た楓は席に座ってそう切り出してきた。
「じゃあ、早速だが……本当に簡単なんだが、一応『こんな感じのホームページはどう?』っていう完成予想図的なやつを作ってきたから、まずはこれに目を通して欲しい」
「えっ、そんなの用意してくれてたの⁉ 私、なんも用意してこなかったのに……」
「別に俺が今日の流れを円滑に進めるために勝手に作ってきたやつだから安心しろ」
「ごめんね、なにからなにまで……その代わり、ありがたくこれはじっくりと拝見させていただきます、師匠!」
「分かれば良いのだよ」
いきなりの師匠呼ばわりにぷくぷくと笑いそうになるのを堪えて、俺は楓に用意してきたものを見せる。
やっぱりこういう会話は、傍から見たら、先日ふられた・ふった人間同士のものとは思えないほどの陽気さであろう。それが出来るのは、楓のこの性格・悩みのおかげ、か。皮肉なもんだ。ところで、皮肉ってなんの肉なんだろうね。皮?
で、話を続けると、実はさっき「十二時までには終わるだろう」と言っていたのはこれが根拠でもある。
多分、一からホームページの内容とかデザインとかを二人で話し合っていたら膨大な時間が消費されるのとそもそも案が出なくて行き詰る可能性がある。従って、事前にある程度のものを作っておけば良い。
事前に用意したのは全部で四つ。それぞれ文字の配置や大きさ、全体的な構造が違うものを用意した。この中から楓に一番気に入ったもの選んでもらい、あとは微調整すれば良い、というなんとも単純なベルトコンベア式の算段だ。この好効率、産業革命起こりそうだね。
楓は早速、俺が作ったデザインが映し出されたパソコンとにらめっこをしている。その顔からはいつもの笑顔は無く、時より口にぽっと手を当てて考えるそぶりを見せている。
まあ、今後の悩み部のメインの活動にも関わってくるものだから、それほどまでに真面目になるのは分かるが。
時より楓は「うーん……」とか「いや、こっちの方が……」などと独り言呟いて首を傾けたり、髪の毛をいじったりして、あれこれ十分弱考えに考えていた。
そしてようやく見終わったのか「んっ、ん――………っ!」とその華奢な白い腕を天井に上げ、気持ちよさそうに背伸びをする。
「ちなみになんだけど……これ全部、薪君が作ったの?」
確かめるように、俺の顔を伺ってきた。
「いやまあそうだけど、あ。もしかして気に入らなかったか?」
「いやいや、むしろ逆! どのデザインもすごい良かったよ! 驚きだよ! 天才だよ!」
「お、おお。そこまで評価が高いとは……そりゃ良かった。考えてきた甲斐があったわ」
まあまあ初心者感を隠しきれてないけどね、これ。
「で、その中で一番気に入ったのはなんだったんだ?」
「あ、うん。ええとねー……やっぱりこれ、かな!」
そう言って指さしたものは俺が一番手の凝ったものにしたデザインだった。
ホームページの初めに「みなさんの恋の悩み、手伝います!」と他の文字よりも大きくアニメーション付きで表示していてその下にこの部活内容とか相談方法とかの案内、そして相談のお願いのプラットホームがある、至ってシンプルなもの。
これでもかと情報量を詰め込ませると、かえって見る人が分かりにくくなってしまうので丁度良い程度の空白と文字量とにした。
「まあ、一番無難なデザインだな」
「うん! これなら見る人も分かりやすいと思うし、気軽に相談に来てくれると思う」
「じゃあ、取り敢えずの大雑把なデザインはこれに決定として……次は文字のフォントとか色とかを決めていこう。なんか意見とかあるか、楓?」
「あっ、そうそう。変えられるなら……ここの部分なんだけどね……」
「うんうん……」
その後も悩み部ホームページの完成に向けて着々と作り進めていった。
「ふー、終わった――!」
「け、結構時間かかったな……」
ホームページを作り始めてから約一時間半、ようやく俺たちは完成にまで至った。
正直、予想していたよりも時間がかかってしまい、途中から少し焦り気味になって頑張っていたが……まあなんとか終わらせられたのは素直に良かった。
これでもう労働しなくて済む。3Kからの解放。さらばスタバ! 堂々退場す!
「これ、薪君いなかったらどんだけ時間かかってたんだろう? 絶対私だけじゃ作れなかったよー。そんな知識、何処で習得したの?」
楓が首をかしげながら、くりっとした小動物のような眼差しを向けてくる。
「いや中学校の授業でやらなかったか、こういうの?」
「うーん……覚えてないなー」
「義務教育とは?」
「……あっ。そういえばつまんなそうだったから寝てたかも。えへへ~」
じゃあ君が寝てなかったらもう少し早く出来てたよねこれ? 苦労しなくて済んだよね?
「じゃあもう、一生寝るな」
「ひ、昼寝だけは勘弁を!」
「いや、勘弁を頼むのは夜じゃない?」
そしたら昼寝いらないじゃん。勘弁もったいないよ? 一生のお願いを小学生の時に使っちゃうくらいもったいない。レシートに付いてるクーポンを次の時に使わないくらい。
と、ここで……
「グゥ―……」
決して周りには聞こえない、でも俺には確かに、はっきりとした音が耳に届いた。
「……お腹、減ったのか? 食べたのに? あんなにスイーツほおばってたのに?」
「……ナンノコトカナ? ワタシ、ニホンゴワッカリッマセーン!」
「いつの時代のラノベのギャグだよ、それ」
「え、今だけど?」
「え、今なの?」
「え、今だよ?」
え、なにこの会話。俺いつのまにか異世界転生した?
「私、これからご飯行きたいんだけど、薪君も来る?」
「行きたいです」
「え、来るの?」
「え、行くよ?」
「あ、そう」
「え、急にそのトーン止めて? 普通に拒否られてるよね? 素直にぞっとしたからね? っていうかもうこの構文二度目だよね?」
「っふっふ、うそうそ! ジョーダンだよ!」
またも一昔前のギャルゲみたいな繰り返しのギャグシーンみたくなってしまった。
「改めてだけど、薪君もお昼来る? 私は全然オーケーだよ!」
「それじゃあお言葉に甘えて、俺も行かせてもらおうかな。お腹、まあまあ減ってきたし」
「うんうん! そうと決まったら、早速出る準備をしよっと」
――グゥー……
「……」
「相当お腹減ってるね。お腹だけはジョーダンは付けないらしいな」
「う、うるさい!」
二回も鳴ってしまって流石に恥ずかしくなったのか、ジト目でこちらを見てくる。
「ま、まあ! 人間だしお腹が鳴るのは当たり前だし! たまたま鳴ったときに薪君がいただっけていうか! それに――」
――グゥー……
「うんうん。やっぱそうだよね~」
「わ、私のお腹と会話するな~!」
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