3-6 第1ダンジョンボス戦!漢ネジャロ
「おはようトワ」
「おはようございます。アラン」
バカ侯爵を退治した日はあまり口をきいてくれなかったアランだったが、夜が明けるといつも通りに戻っていた。
良かった。どうやら分かってくれたようだ。
そんな二人は準備を済ませ、ネジャロとも合流し今日も今日とてダンジョンへと向かう。
いつも通りの第一ダンジョンだが、今回は雑魚戦では無い。
攻撃魔法も防御魔法も手に入れたのだ。
ボス戦に挑戦してみようというわけ。
「えっと。ボスの種類はっと……」
アランはギルドから教えてもらった情報が記されたメモを開く。
「第一ダンジョンのボスは二種類で、そのどちらかが倒されるまでもう片方は湧かず、最下層を支配するみたい。
それと、同種族の個体を増やしてダンジョンに放つから、雑魚の偏りからどっちが湧いているか、ある程度予測できるみたいだね」
「ゴブリンが多かったですよね?ということは」
「うん。ゴブリンキングだろうね」
今回戦うことになるであろうゴブリンキング。
自身の戦闘力に加え、数体のホブゴブリンを指揮。
さらに、そのホブに率いられた雑魚ゴブリンと一緒に数で攻めてくるらしい。
囲まれないように場所を選びながら戦うか、高火力広範囲魔法で雑魚を一気に焼き払うなど、対策を取らなければ危険、と。
「別のだったら何が出てくんだ?」
「もう一体の方だと――」
その場合はワーウルフ。
前者と違いこちらは完全単騎。
しかし、その力とスピードがえげつなく、ただの鉄の盾や剣では、受け流すことも傷つけることもままならない。
硬い毛皮や凶悪な爪、牙を突破するには、選りすぐりの武器防具を以て望まなければならない、と。
「ゴブリンキングは質より数。ワーウルフは数より質ですね」
「そうだね。特に面倒な仕掛けとかも無いそうだから、そんなでもボスとしては一番戦いやすいみたいだよ」
さて、ここでなぜ探知に長けたトワがいて憶測で話しているのかというと、どういう訳かダンジョン最下層だけは、どんなに頑張っても探ることができなかったためである。
そこだけ霧がかかったようにぼやけてしまい、何一つ情報が得られないのだ。
ちなみに、それは他のダンジョンも同様である。
ただまぁ、どちらが相手だろうとトワの脅威にはなり得ないだろう。
別に気負う必要は無い。
そんなわけで、三人のうち二人、トワとネジャロはいつもの遠足気分でダンジョン内を進んでいる。のだがただ一人、アランだけは戦闘が得意というわけではないので、緊張しているようだ。
「まだ
「大丈夫ですよぉー。ぱぱっと行ってぱぱっと終わらせるだけですからー」
「いやいやお嬢。オレも戦いてぇんだから1秒で終わり、とかやめてくれよな!」
ボス戦という、冒険者としての分かれ道へ向かう雰囲気ではないが、これがトワたち。
彼女ららしいと言えばらしいだろう。
◇◆◇
同時刻、ベルテはダンジョン組の服を洗濯している最中だ。
氷龍がいるせいで吹き付ける風邪は冷たく、肌寒いくらいの気温になってしまっているが、温水が出る魔法具を貸し出してくれているため快適である。
「よし、男性用のは終わり。あとはお嬢様の、ですね」
ベルテは綺麗に畳まれた白い服を一瞥し、気合を入れる。
彼女の心情としては、トワのもちもちすべすべな肌を刺激するような服ではいけないと、まるで最高級品を扱うかの如く、紡がれた糸の一本一本までとにかく優しく洗っているのだ。
そこまでするかと思える扱いの服がある中で、ネジャロのものの扱いは結構雑だった。
そもそも、ネジャロは虎人族の濃い体毛で覆われているため、別に服を着る必要は無い。
しかし、フル〇ンだとさすがにマナーが、ということでパンツと短パンだけ履いているのだ。
トワの方に時間をかけるためにも、ネジャロのはぺぺッとやって終わり。
「ふぅー、今日も完璧な仕上がり!干し竿にかけてっと」
慣れた手つきでベランダに並べれば、任された業務、洗濯終了である。
「まだお昼には少し早いですが……一人だし、別にいいでしょう」
アランから渡されているポーチを手に、食堂へと向かう。
人が増えてトラブルに巻き込まれるのはごめんだ。
トワたちと旅をしていると忘れがちだが、ベルテは差別を受けている身。
しかも、ここは力こそ全てなダンジョン国家。
戦闘が不得意なベルテが人混みに突っ込むのは、少々危険が伴う。
「うーん、今日は何を食べましょうか?」
不自由な生活を強いられているとは言え、それでもベルテは幸せだった。
奴隷商のところにいた頃では考えられないような、自由な生活ができているのだ。
一緒に旅をする仲間たちから差別を受けることもなく、トワに至っては、まるで本当の家族のように大切にしてくれる。
これ以上ないくらいの幸せを感じながら、食堂を物色してゆく。
「そば?初めて聞きますね。これにしてみましょう」
見慣れない食べ物を見つけたベルテは、食券を買い、数人の列に並ぶ。
美味しかったら材料を調べ、作れるようになっておこうと考えているのだ。
すると、
「お前、白い女の仲間だな?」
突然見知らぬ男三人に囲まれ、自分の主人であろう人物のことを尋ねられた。
「……そのような方は存じません。私は用がありますので、失礼します」
――どこかでお嬢様と話す姿でも見られたのでしょうか?
「待て」
男は立ち去ろうとするベルテ腕を掴み、フードをめくる。
「こいつだよな?薄緑の混血」
「そうじゃね?同じようなのがそう多くもいないだろ」
男の力は強かった。
非力なベルテでは腕を抜こうとしても、逃れられない。
「たすッ――」
最悪の事態は避けようと声を上げるも、口を押さえつけられ、かすかに漏れ出た声は、食堂の喧騒にかき消されてしまった。
ベルテは何をすることも叶わぬまま、人気のない場所に連れていかれた。
◇◆◇
「あれ、ですよねゴブリンキング。ネジャロさんよりでかいのでは?」
「ハハッいいなぁ。お嬢、力比べさせてくれよ」
トワたち三人は、最下層のボス部屋前の通路で呑気に談笑していた。
一応作戦を立てようとアランが言ったので、トワが雑魚を蹴散らし、アランが打ち漏らしたやつを処理。
ネジャロは、ゴブリンキングと一体一の力比べをすることに。
「決まりですね。じゃあ行きましょうか」
トワが先陣を切って、
大量の死体に隠れたゴブリンが数匹向かってくるが、アランが危なげもなく処理。
一分とかからず、ほぼ全てのゴブリンが大量の死体となった頃、ホブとキングの重い腰がようやく上がった。
初めは三人しかいない私たちを嘲笑うような顔でゴブリンをけしかけたキングだったが、大事な兵隊が肉の山に変えられ、怒ったような表情をしている。
「舐めてかかるからー。人は見かけによらないって知らない?知らないか」
キングの側近のようなホブ四体も、瞬きをする間に首と胴がおさらばし、ようやくネジャロの出番である。
「絶好調だなお嬢!いい切れ味だぜ!
よっしゃアでかいの!いっちょ力比べしようぜ!」
ネジャロは武器を放り投げ、丸腰でキングに歩みよる。
キングが拳を振り上げ、ネジャロも同様に放つ。
まるで爆発音。
拳と拳が激突した音とは考えられない。
「うへぇ……よく腕折れないな」
見てるこっちが痛くなるような肉弾戦が続くこと数分。
均衡していた力比べも、キングが武器を手にしたことで戦況が変わった。
「クソッ」
なんとか致命傷は避け、負けじと攻撃を繰り出すも、不安定な体勢から繰り出された拳は決定打とはなり得ない。
「ネジャロさんも武器を!」
「いや!このままやらせてくれ!もし死んだら頼む!」
頼む、か。
あまり命を無闇に使って欲しくは無いが、最高のストッパーがいるのだから無理もないか。
並々ならぬ覚悟で挑んでいるなら止めるのは無粋だと悟り、漢の闘いを見守る。
それからさらに数分闘いが続いたが、キングの剣がネジャロの腹を穿ったことで勝負がついた。
「クッソ……まだ無理かよ」
至る所から血を流し、顔をパンパンに腫らしたキングがトドメを刺そうとするが、それは許さない。
キングの背後に
「お疲れ様でしたネジャロさん。かっこよかったですよ」
ネジャロの傷を巻き戻し、キングの首を切り落とす。
こうして第一ダンジョンのボス、ゴブリンキング戦は幕を閉じた。
実際、両者武器を持つか、そのまま丸腰で戦い続けていれば、勝っていたのはネジャロだったろう。
しかし、ネジャロのプライドが許さなかったのか。
彼は最後まで武器は持たず、己の拳のみで戦った。
結局は負けてしまったが、ネジャロの顔は清々しいものだ。
「ふぃー。まだまだ成長途中だかンな!次は勝つぜ!」
ネジャロはどデカい死体を肩に担ぎ、トワが持つ頭に向かってそう叫んだ。
「みんなお疲れ。帰ろうか」
「おうよ」
「はい!」
3人はそれぞれ勝ち星を手に、最下層を後にした。
帰り道は、まあすごいものだ。
ネジャロが首のないキングを担ぎ、トワが髪の毛を掴んで頭を振り回しながら運ぶ。
アランも、手に持つ袋には大量の素材。
そんな光景がギルドまで続いたのだから、通った道は大騒ぎ。
初対面だろうと関係なく、耳を劈くような祝いの声が送られた。それに、軽いインタビュー的なことをされたりもした。
ギルドに到着すれば、やはりそこでも大騒ぎ。なのだが
「おいあれ、ついこの間冒険者登録してた奴らだよな?もうボス討伐かよ」
「マジか、はや。でもあれだろ、どうせあの虎人族が強いんだ。女の子の方も、何か威力の高い
こんな声が聞こえるのは初めてだ。
が、無理もないな。
私、誰がどう見ても弱そうだし。
アランも、申し訳ないけどとびきり強そうには見えないし。
疑心の声は他二人も聞こえたであろうが、トワと同じく大して気にしていない。
自信に満ちた足取りで受付カウンターへと向かう。
「あ、こんにちはっ!?ウソっ、ゴブリンキングの死体!?
お、おめでとうございます!すごいスピードですね。数日前に登録したばかりなのに。少々お待ちくださいね」
3人が何を言うでもなく、受付嬢は一枚の紙に何かを記し、奥へと走って行った。
「全くあの子は、説明もしないで。
ごめんなさいね。ダンジョンボス討伐記録の確認はギルドマスターの管轄なんです。私たちではその取り次ぎまでしか出来ないので、座ってお待ちください。時間はそうかかりませんので」
隣のカウンターから顔を覗かせた別の受付嬢の言葉に従い、広場のソファで待つ。
「お茶、要りますか?」
「あ、ども。いただきます」
その待ち時間に声を掛けてきた女性。
お茶を淹れてきてくれたようなので、有難く戴く。
「凄いですね。聞きましたよ、新人らしいじゃないですか」
「おうよ!オレサマすげぇんだ!だがもっとすげぇのがお嬢だ!」
「やっぱりそうなんですか!?実は昨日、あのいけ好かないクソ貴族をボッコボコにしてるの見ちゃったんです!かっこよかったなぁ」
どうやらあの惨劇の目撃者らしい。
それにしても、クソ貴族呼ばわりか。随分嫌われてるね。
「少し聞いてもいいですか?あの
「え!?いやー、どうだったかなー。怒りに任せてだったのでよく覚えてないんですよねー」
「あ、そうなんですか。残念。
じゃあ――」
「お話中悪いね。時間いいかな?」
ナイスタイミング!
白髪混じりの初老の男性に助けられた。
というかこの男性、こんな場所には似合わない豪華な服だ。
なるほどな。さてはギルドマスターか。
「すみませんねお嬢さん。私たち用があるので、それじゃ!」
「え、あぁ……」
「いやー、大変大変。あんまり喋れないんですから、気をつけてくださいよねネジャロさん」
「すまん。あんなになるとは」
「口は災いの元だね。トワには秘密が多いから、慎重にならないとだ」
3人は、助け出してくれた男性の後を追って個室へと向かう。
「初めましてだね。第一のボス討伐おめでとう。
私は第一ギルドのマスター、ブランゴ・ヘン。
家名はあるが、ダンジョン貴族というだけだから、かしこまらないで結構だ」
各々自己紹介し、ゴブリンキング討伐の報酬の話に移る。
「討伐の報奨金として、白金貨一枚、魔石の買取で金貨三枚。
あとは、武器や防具の素材となる骨だが、売ってくれるのであれば金貨五枚で買い取ろう」
「んー、どうします?素材、いる?」
「いや、どうせ持ってても仕方ないんじゃない?ネジャロの装備にも合わないし、僕やトワじゃデカすぎるし」
「そうですね。売っちゃいましょうか」
というわけで、今回得た素材は全て売却。
資金マシマシだ。
「次は冒険者ランクの昇格なんだが、こんなに下位のランクでボス討伐をなしたパーティーが無いんだ。
そのため、特例とはなるが二ランク上がることになった」
よって、トワとアランが黄銅級。
ネジャロは橙銀級となり、ダンジョン貴族の地位を得た。
「さて、パーティの一人が橙銀級になったことで、当人は家名を、パーティの方はパーティ名を登録することが許される。
ネジャロ君だったね。どうする?」
家名があれば一言で貴族だと証明でき、パーティ名があれば栄誉を広めやすくなるし、名指しの依頼が来たりもする。
持っておいて損は無いものだが
「家名なんかどうでもいい。パーティ名はご主人かお嬢の時に決めてくれ。どうせすぐに上がるからな!」
ネジャロにとって貴族位など興味の欠片も湧かないらしい。パーティ名の方も、アランが遠慮したのでトワが決めることになった。
そのため、ひとまずは大金ゲットのみである。
「ベルテさんただいまー!今日はご馳走、です……よ?」
良い報告が出来ると急ぎ足で帰宅するが、そこにベルテの姿は無かった。
どこかに行ってるのかなと、
「二人とも、ベルテさんがどこかに出かけるとかって聞いてます?」
「いや?いないなら、浴場とかじゃない?」
違う。
そこはもう観た。
全部観た。
ベルテの身分は奴隷。
主人に何も言わずに逃げ出すとは思えないし、辛い思いなんかさせて無いはず。
トワの脳裏に、最悪の光景がよぎった。
無限の魔女様、世界を旅する ~生まれ変わったTS娘の大暴走~ かうんとダウン @countdown_book
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