第15話

 ポケットの中で携帯電話が震えた。携帯電話を取り出し、届いたメール内容を確認する。

「準備いいそうです、美奈子さん」

「こっちもいいわよ」

 茫然自失して椅子に座っている海の肩を叩く。叩かれて正気に戻り立ち上がる。

「なんでいきなりこんなことをするんです!? 雄太もなんで羽交い締めにするんだ!」

「まあ似合ってるからいいだろ、それ」

「似合ってるとかともかくだな、俺の黒スーツは」

「グレーのスーツも似合うわよ、海くん。私の見立ては間違っていなかったわね」

「見立ても何も……」

「文句はいいから行くぞ」

 雄太に立つように促されて、渋々と立ち上がる。なんで突然着ていたスーツを脱がされて、高級そうなスーツを着させられないといけないのか。

「これで写真撮るのか?」

「ああ」

 部屋を出て、隣室に連れて行かれる。ドアを開けるように海に指示をするが、なかなか開けようとしない。

「……本当に写真だけか?」

「ああ、写真だけだな」

「また脱がされるとか」

「とりあえず入れ」

 疑う海の背中を叩く。何がどうなっているのかさっぱりわからず、ドアを静かに開けた瞬間、海は目を瞬かせてしまった。

「あの、海さん……」

「うふふふふ、似合うでしょ?」

 部屋には別行動をしていた美和と律子がいた。六本木にいると言っていた。

 何で気づかなかったのか、六本木に来るのは初めてではなかったのに。

 だがそれ以上に、凄まじい衝撃が海を襲っていた。

「おーい、海?」

「き……綺麗だ」

 言葉を失ってしまうほど、美和は綺麗で美しかった。

 純白のワンピースに純白のブーケを被り、淡い色で化粧が施され、高価そうなネックレスを身につけていた。手には色鮮やかなブーケを持っている。

 愛しい人の花嫁姿が目の前にあった。

「良かったわね、美和」

「はい……でも、どうして……」

 美和もまだこの教会につい三十分前に来たばかりだった。試しにいろいろつけてほしいと言われて、美和は受け入れたのだが、気がつけば飾りたてられていた。

「何って、結婚式するのよ? ここ教会だし」

「牧師さんにもお願いしてある。立会人は俺と律子で問題ないらしいからな」

「いや、その……」

 事情が未だに飲み込めない海に、雄太は説明し始めた。

「結婚式を挙げたほうがいいと思ったんだよ。でも学生だから金はないのも現実だから、できる範囲でな」

「そうそう。ベールは私が縫って、海のスーツは雄太のお父さんから。あとこれね」

 小箱を二人に手渡す律子。開けなさいと促されて開けると、箱の中には銀色に光る指輪が入っていた。

「それは母さんの最近の趣味で作ったやつなのよ。本物の銀ではないけど、婚約指輪の形はしてるでしょ? シンプルだけど」

「急だから俺と律子、美奈子さんしか客はいないけどな。海のおじさんはさすがに無理だったし」

 連絡はしたが、仕事があるため帰国することはできなかった。写真を頼むとはしつこく言われたが。

「なんか異論はあるか?」

「異論も何も……」

「嬉しいです。だからいろいろ……」

「二人の話は後から聞くから、写真撮ってきなさいよ」

「さーこっちよ」

 隣室からやってきた美奈子に連れて行かれる二人を見送る。

「あいつ、ここが六本木だって気づかなかったな」

「じゃあスムーズに事が進んだでしょ」

「だな」

 少しだけ休むために、二人は椅子に腰掛けた。

「頑張ったわよね」

「短期間の割にはな」

 アメリカでの話を聞いて、簡単な結婚式が開けるのではないかという考えにたどり着いた二人は、急いで教会を探しつつ、家族にも相談したりと少し忙しい日々を過ごすこととなってしまった。

 日本とは違う結婚式、自宅で開き客を招き、牧師を呼ぶというスタイルがあったという。お金を多大にかけるわけではなく、シンプルな結婚式が印象的だったらしい。

 それならば日本でもできないかと、情報を集めた結果、白いワンピースを基礎にして、ベールとブーケを用意して着飾れば花嫁ができあがることがわかった。夫となる男性はスーツで十分で、しかし海の持っているスーツは明らかに就職活動用のものだったため、雄太の父親から借りてきたのだ。

 指輪は最近アクセサリー作りにはまっている律子の母親に頼めばいい。ブーケは花屋で作ってもらえる。

 それに加えて、美和と買い物に行った際に、服のサイズや指輪のサイズも聞き出すことも忘れなかった。気づかれないように聞き出すのはなかなか大変だった。

「お金はそんなにかからなかったけど、苦労はしたわね」

「でもなあ」

 海と美和は多くを語らなかったが、明らかに嬉しそうで、その様子を見られただけで満足だった。

「形だけでも結婚式開けば、二人の心構えも変わるでしょうし」

「区切りにもなるからな」

 親友夫婦の一つのけじめとして、形だけでも結婚式を。そうすれば結婚したと、深く実感してくれると考えた。そうすればどんな誹謗中傷を浴びても、強く立ち上がってくれると信じていた。

「俺たちもいつかは」

「そうね」

 今回の件で、多くの結婚情報を収集することができたのも、雄太と律子にとっても大きな収穫となったのだった。



 写真を撮り終えて、牧師さんの準備ができるまで待機していてね、と美奈子に案内された部屋で、海と美和は見つめあっていた。

「海さん、私、嬉しいです」

「俺もだよ」

「律子さんと雄太さんに、それにご家族の方にも感謝しなければ……」

「ああ。こんなに」

 綺麗な美和を見ることができた。どうやったらこの礼を返せるのだろうか。

「結婚したって実感するな」

「はい」

 互いの晴れ姿に見惚れたまま、神聖な時間が訪れた。

 おごそかな雰囲気が教会内を満たし、祭壇の前に立つ海と美和を見守るように、客席には雄太と律子、それに美奈子が座っていた。

 聞いたことのある言葉が、牧師の口から紡がれ、教会内に響き渡る。

 牧師の誓いの言葉を、迷うことなく二人は復唱する。

 そして指輪の交換が行われた。互いの薬指に銀色の指輪がはめられる。感極まって、美和の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「それでは誓いの口づけを」

 向き合い、美和のベールに手をかける。そっとベールを捲り上げ、静かに口づけを交わした瞬間、祝福するかのように教会の鐘が鳴り響いた――。



 外に出て、簡単なフラワーシャワーを浴びて、海と美和は三人に深々と頭を下げた。

「ありがとうございました、こんな素敵な結婚式を開いていただけるなんて、私……」

「ああ、もう泣かないの美和」

 泣き出す美和に、もらい泣きしてしまう律子。

「うちの娘もいつかは嫁に行くのよね……」

「まだ先の話ですよ」

「でも覚悟は必要なのよね」

 美奈子はしみじみと呟いた。

「本当にありがとう、雄太」

「これで区切りついたろ? もう美和ちゃんあんまり泣かせるなよ?」

「ああ」

 雄太の心遣いに、海は美和を守り抜く決意をさらに強くした。

「もったいないけど、着替えてどこかで飯……」

「海さま!」

 割って入ってきた声に、全員が体を硬直させた。教会の前に立っているのは、黒塗りの車から出てきたレイラだった。

「結婚式は私とです!」

「アホなことを言うな!」

「海くん、浮気?」

「違います!」

 美奈子の言葉に、海は素早く反応した。

「あなたたち、海さまを捕まえなさい!」

 レイラの合図と共に、車の中から三人の男が現れる。

「げっ」

「レイラ……」

「とりあえず逃げとけ!」

 海に車の鍵を投げる雄太、それを受け取り海と美和は駆け出す。

「海さん、私走れないです」

「ああ、ヒールの靴だったな」

 それなら、と海は美和を抱き上げて駐車場へと走った。お姫様抱っこをされて頬を赤らめる美和だったが、決して離さないと言わんばかりに首に手をかけた。

「海さん!」

「んー!」

「私、海さん大好きです!」

「ああ、俺もだー!」

 走りながら告白し合う二人、その声を聞いて見守っていた三人はあきれつつも安堵していた。

「絶対に離さないからな!」

「はい!」

 俺の嫁を絶対に一生手放すものか!

 追いかけられながらも、二人は愛を確認し合うのだった。



END

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俺の嫁に何をする! うめおかか @umeokaka4110

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