本業は、魔法師なんだが~【人員不足】だと押し付けられたシーフの業務を続け十年。半端なスキルの人材は不要とパーティーをクビになったけど、十年続けた【マルチタスク】のせいで気づけば最強魔法師に!?

御手々ぽんた@辺境の錬金術師コミック発売

シーフ業務を押し付けられた魔法師

「カール、お前は今日でパーティーをクビだ」


 ついにきたか。

 それが解雇通告を受けた時の、俺の最初の感想だった。


 目の前の机で両手を組み、冷たい視線を俺に送ってくるのは、最近俺の所属する冒険者パーティー「銀の泉を征く者たち」の新しいリーダーになったゲドルル。


 ──死んじまった前リーダーのアットナーは、抜けているところは多々あったが、少なくとも人情味はあったんだよな。このゲドルルは冷血って言葉が本当によく似合う……見た目もカマキリみたいだし。


「俺は十年、この冒険者パーティーに貢献してきた。アットナーに言われて、慣れないシーフの業務を学び、役割を果たしてきた」

「──ふぅ。いいか、カール。ジョブが魔法師のお前が、シーフの仕事をしても中途半端にしかならない。それは、自分でも理解しているのだろう?」

「だからそれはアットナーに言われて! パーティーが人員不足だからと引き受けさせられたんだ」


 俺はゲドルルに抗議する。


「しかしそのアットナーは、死んだ。十年、シーフのスキルを習得し、シーフの業務をしてきたお前は、速度と器用ばかりが成長しているはずだ。違うか」

「それはそうだが……。しかしその分、シーフとしてダンジョン内での索敵や鍵開けは出来る。これまでだって、大きなミスもなく任された仕事はこなしてきた!」


 俺の反論に、表情一つ変えずに話しを続けるゲドルル。


「ミスがなかろうが、しょせん、本職にはかなわないはずだ。その本職のシーフが、今日パーティーに加入する。そして成長方針を間違ったお前は、もう魔法師として使い物にならない。お前は不要だ。クビなんだよ」


 睨みあう俺とゲドルル。しかしそのゲドルルの冷たい瞳は揺るがない。


「事前の予告なく解雇する場合の──」

「ほら。脱退手当てだ。受けとれ」


 とんとテーブルの上に置いた布の小袋。その際に、チャリンとコインの擦れる音がする。

 差し出されたそれを、俺はしばし見つめる。しばし迷ったあとに結局手を伸ばし、受けとる。


「その、本職のシーフとやらに引き継ぎはいらないのか」

「半端者のしてきた程度の業務だろう。不要だ」

「──はいはい。そーかよ。じゃあな」

「まて」


 俺を呼び止めたゲドルルがすっと紙を滑らせて差し出してくる。


「ここに脱退手当て金、受領のサインをしていけ」


 薄ら笑いを浮かべたゲドルル。その顔を睨み付ける。


「……」


 俺はせめてもの腹いせにと、ゲドルルの差し出した書類に、名前を乱暴に書きなぐる。


「ほら、控えだ」


 陰湿な笑み浮かべたゲドルルか差し出した控えを、奪い取るようにして受けとると、俺は部屋を出る。


「他のやつらに挨拶は……いや、やめておくか」


 クビになった奴に挨拶されても、向こうも困るだろうと、俺はそのままパーティーで借りていた建物を出る。


 ──逆に形ばかり引き止められてもな。もう、どうしようもない分、俺も困るしな。


 戦闘を生業とする冒険者のパーティーにとって、リーダーの決定というのは絶対なのだ。例え、それがどんなに理不尽なものであれ。


 俺はそのまま宿に戻ろうと街中を歩きだす。


「このあとは、どうするかな」


 手持ちの資金は、それなりに潤沢だ。やろうと思えば小さな商売くらいは始められるぐらいはある。

 その時、ふと、俺は足を止める。


 そこは街の中心の広場にある噴水だった。この街のシンボルであり、そして、俺にとっても思い出の場所だった。

 ともに冒険者になった同期達との約束を思い出す。


「ここで、成り上がろうと誓いあったな」


 辞めてしまった者も、亡くなった者もいる。死んでしまった前リーダーのアットナーもその一人だった。


「やっぱり、このままじゃあ、つまらないよなぁ。ここで冒険者を辞めたら、俺が単なる使えないお荷物だっていう、ゲドルルの野郎の言う通りって認めるようなもんだろ。よし、冒険者ギルドに行って次の──」


 独り言を呟いていると、それは突然起きた。


 異変。


 噴水の水が、銀色に染まり始めたのだ。俺はそれをみて、思わず驚きの声をあげてしまう。


「──いや、嘘だろ。こんな街中でダンジョン化が起きるとか! まじかよっ」


 俺は身をひるがえし、少しでも噴水から離れようと駆け出す。


 ダンジョンとは、異界の総称だ。

 ごく稀にこうして突然、何の変哲もない場所でも、異界化が起きることがある。異界化自体はまれなのだが、その現象の特徴一つとして水が銀色に染まるというのは、けっこう有名だった。


 ──基本的にダンジョンの中の水場は、どこも銀色だからな。気がついてすぐ、走り出したが……いや、これはまじで、まずいっ。


 俺は必死に足を動かしながら、目の端で状況を確認、分析する。

 生じた異界化によって、広場にいた逃げ遅れた人々が次々に飲み込まれ、消えていっている。ダンジョンへと強制的に転移させられているのだ。


 俺は何とか異界化から逃れようと走る。


 しかし、押し付けられたシーフ業で鍛えた俺の足でも、逃げ切ることはかなわなかった。

 広場から出る直前、背後から迫った世界の異界化に、俺も巻き込まれてしまう。


 そうして気がつけば、俺はダンジョンの中へと取り込まれていた。


 ◆◇


「うっ……」


 強制的な転移、特有のめまいが襲う。


 俺はそれに耐えつつ、周囲を見回したあと、スキルを使用する。


「はぁ、少し落ち着いてきた。──『探索』」


 ──情報の取得が最優先。モンスターが迫ってきている、なんて状況だったら悠長にはしてられないからな。


 俺は、この『探索』に魔法も組み合わせて使用していた。

 適正ジョブでない俺が、通常通りシーフのスキルを使用しても、七割程度の範囲しか索敵出来ない。しかし、元々が魔法師である俺は、風の初級魔法の一つである「風のエレメント」を、スキルとほぼに使用していた。


 この「風のエレメント」は、それ自体では武器や防具に風属性を付与する魔法だ。


『探索』もそれ自体では、範囲内のどこにモンスターが居るか、ぼんやりとわかるだけのスキル。モンスターの種類も、普通の『索敵』だけではわからない。


 しかしこの二つを組み合わせることで、索敵範囲内の空間を、立体的に把握出来るのだ。俺はこの魔法とスキルの同時使用を『並列処理マルチタスク』と呼んでいた。


 ──まあ、索敵範囲自体は広がらないからな。シーフの劣化版なのは否めない。でもこの『探索』、モンスターの詳しい様子が見れるから俺は便利だと思うんだよな。


 思い出すのは、無理やり押し付けられたシーフの業務を、なんとかこなそうと悪戦苦闘した日々。


 ──このスキルと魔法の『並列処理マルチタスク』も、そのとき苦肉の策で編み出したんだよな。初めて成功したときは、まるで左右の手で違う絵を描くような感覚で、頭痛がしたものだったけど、それも今ではかなり慣れた。


 『探索』を使用した結果が、立体的な情報となって頭のなかに構築される。


 ──やはりここは、生まれたてのダンジョンのようだ。近くのモンスターは……通路を曲がった先の部屋にモンスターが二体か。っ! なに、これは人間が三人? 襲われているぞ!


 俺は、とっさに走り出す。

『索敵』で見たときには、三人の人間のうち、二人にはすでにモンスターが取り付いていた。


 すぐに通路の角へと到達し、曲がる。

 少し先にある小部屋の様子が目に飛び込んでくる。


 ──家族連れだ。ああ、両親は共にすでに……。なら、せめてあの少女だけでもっ!


 俺は愛用のダガーへと伸ばした手を止める。今にも残された少女に襲いかかろうとしている、二体のモンスター。大人の人間と同じくらいのサイズのカマキリのような見た目。


 ──遠い! 一本しかないダガーでは、投擲してもその両方を止めることは到底無理だ。何か、手だてはないのかっ? ……もうこうなったらダメもとで、これだっ!


 俺はとっさに十年ぶりとなる攻撃魔法を放つ。


「マナ・アロー!」


 ──あれ、おかしいぞ。こんなに速く魔法の起動から、射出までされるなんて……


 俺が意識した時には、魔力が矢となり放たれていた。

 攻撃魔法は通常、起動までのタイムラグと、使用後のクールタイムがある。しかし今俺の放ったマナ・アローはその起動までのタイムラグがほぼ無かったように感じられた。


 だから、鎌を振りかぶったカマキリ型のモンスターへまっすぐに進むマナ・アローを見ながら、俺のとった次の行為は、ほぼ勘によるものだ。

 しかし、なんとなくそれが上手くいきそうだと思えたのだ。


 使い慣れた『並列処理マルチタスク』を使用するのと同じ感覚で、俺は即座に二発目のマナ・アローを放とうと試みる。

 通常であればタイムラグとクールタイムで不発に終わる、攻撃魔法の連続使用。


「マナ・アローっ!!!」


 しかし、俺の手のなかで魔力は問題なく矢となる。そして、放たれた。


 連続して射出された二本のマナ・アローが、二本のモンスターのそれぞれの体を貫く。それはモンスターの鎌が少女へと届く、ほんとうに直前だった。


 二体のモンスターが、バラバラになりながら吹き飛んでいく。


「大丈夫かっ!」


 俺はうっすらと感じた頭痛をふりはらい、生き残った少女へと走り寄りながら、声をかける。


「お、お母さん、と、お父さんが……」


 その瞳の先にある、二つの無惨な姿。助けた少女の、両親だろう。

 しかし、その少女はそこでグッと歯をくいしばると、俺の方を向く。


「助けてくれて、あ、ありがとうございます」


 圧し殺し切れない感情の波のせいか、感謝の言葉が少し乱れる少女。しかしすぐに、ばっと勢いよく一度頭を下げてくる。

 一本にまとめられ、編み込みをされた銀の髪が、ばさりとその頭の動きにあわせて揺れる。


 そして少女は再び顔をあげるとこちらをじっと見てくる。


「あ、いや。その、ご両親のことは気の毒だったな……」


 少女の強い視線にどこか気圧されながら、俺はこたえる。髪型と服装から推察すると、どうやら少女は放浪の民の一族のようだ。であれば、冒険者ほどではないとはいえ、死は身近なものなのだろう。


 そしてその強い意思を秘めた瞳は、どうやら俺のことを必死に観察しているようだった。


 ──生きようとする意思の強さのあらわれ、かな。この年で、悲しむのを後回しに出来るのか。この緊急時には助かるが、な。


 俺はその少女の様子に思うところはあったが、せっかく助けた命を無為に見捨てずに済みそうなことに、とりあえずほっとする。


 ──ここで泣き叫んで他のモンスターを呼び寄せるような相手じゃなくて、本当に良かった。


 こっそりと安堵をしながら、俺は放浪の民の少女に向かって自己紹介をする。周辺近くには、他のモンスターがいないことは先程の探索で確認済みだ。


「俺はカールだ。一応、冒険者をしている」

「スザナリア=ツァトールです。両親は『不殺を誓いし民』でした」


 ──あー。放浪の民は放浪の民でも、確か、いついかなる時も無抵抗を貫く一団がいると聞いたことがある。もしかしてそれか。これまた、厄介な。


 俺の曇った顔色を見たのだろう。スザナリアが小さな、しかし、しっかりした声で付け加えてくる。


「私は、まだ不殺の誓いを立てていません。ですからこの手は血に染められます。どうか、見捨てないで」


 声を圧し殺しながらも、強い意思を込めたスザナリアの決意が伝わってくる。


 ──ダンジョンで大声を出さない分別。生き残ることへの真っ直ぐな決意。そして、洞察力。大人でもなかなか、こうはいかないだろうに。


 俺は内心感嘆しながら、そんなスザナリアに伝える。


「俺も、一度助けた命だ。見捨てないさ。安心してくれ。それでスザナリアと呼んでいいか?」

「スーと。仲間はみんな、そう呼びます」


 ほっとした様子を見せるスー。


「わかった。よろしく、スー。さてちょっと周囲を確認するから待ってくれ」


 俺は一言断ってから、再び『探索』を使用する。

 俺がスキルを使用した瞬間、片耳にそっと触れながら不思議そうに首を傾げるスー。


「……風がないのに、風が広がっていく?」


 小さな、スーの呟き。しかし俺はその言葉に反応する余裕が無かった。


 この短時間で状況が激変していたのだ。


 探索スキルの結果。その凶報を目の前の少女へ告げるべきか、俺は一瞬迷う。

 しかしスーのこれまで示してきた大人びた様子を考慮して、大丈夫だろうと判断。

 俺は手早く状況を伝える。


「スー。複数のモンスターがこちらへと向かってきている。しかもそのうちの一体は強力な個体だ」


 俺の話を聞いて、ばっと両親の遺体に取りつくようにして、何かをし始めるスー。どうやら遺品を探しているようだ。


「──すいません。逃げますか?」


 手早く遺品の確保を済ませた様子のスーが、俺に謝りながらたずねてくる。


「いや、ここで迎え撃つ。モンスターのいない、あっちの通路は袋小路だ。──そのペンダント」


 俺はスーの手に握られたものを見てたずねる。


「はい。せめてこれだけでもと。母の形見に……」

「そうだな。よし。スーともども、その形見もダンジョンの外まで、俺が絶対に連れていく。安心してくれ。そうだ、あとこれを。念のためにな」


 俺は彼女にそう告げ、一本しかないダガーを急いで手渡す。


「ここがダンジョンなのでしたら、これはカールが持っていた方が……」

「ああ、言ってなかったか。この格好じゃわからんよな。俺、魔法師なんだ。だからそれはスーが持っていてくれ。さあ、もうモンスターが来る。こっちへ」


 モンスターが来る側の部屋の入り口に移動する俺たち。壁に張りつくように入り口の角から顔を覗かせる。


「やはり、けっこういるな」


 同じ人間サイズのカマキリ型モンスターだ。それが俺の視線のさき、通路にひしめくように十数体がこちらへと向かってきている。


「この数、血の臭いにひかれたのか? だとすると厄介かもな」


 ちらりとスーの方をうかがうと、無言でじっと俺のことを見つめている。

 不安だろうに、じっと耐えているのだろう。


 俺は安心させようとニヤリと笑うと、早速、片手をモンスターたちへ向ける。

 試すのは、魔法だ。

 先ほど掴みかけた感触。それを思い出しながら、俺は攻撃魔法を放つ。


「マナ・アロー」


 間髪入れず、再び。


「マナ・アロー」


 先ほどと同じように立て続けに放たれた日本の魔法の矢が、敵モンスター二体を吹き飛ばす。


 ──いける。少し脳の奥の方が痛む感じはするが、まだまだいけそうだ。よしっ


 そこから俺は立て続けにマナ・アローを放ち続ける。


 三連射目。

 四連射目。


 ──全く問題ない。


 五連射目。

 六連射目。


 リズミカルに、放たれてはカマキリモンスターを吹き飛ばすマナ・アロー。


 ──まだまだっ!


 十連射目で、数えるのを止める。


 ──まだ、いける。


 そのまま連射を続け、通路を埋めていたカマキリモンスターを完全に殲滅する。

 通路の先はカマキリモンスターの血でベッタリと染まり、その死骸が床一面を覆い尽くしていた。


 そこでようやく、マナ・アローをいったん止める。

 マルチタスクをするときに感じる頭の奥の痛みが、いつもより少し強くなっていた。


「すごい、すごいです! カール! こんなの、初めて見ました。あっという間──。ほんとうに全部、倒したんですか」


 途中から、俺の背中越しに通路の先を覗いていたスー。カマキリモンスター達が倒されていくの見て、スーの驚き喜んでいる姿は年相応の様子だ。


「あ、ああ。確認してみるよ。探索」


 頭の中に構成されていく洞窟内部の空間情報。

 そしてそれに気がついたときにはとっさに体が動いていた。


「スー!」

「きゃぁっ」


 俺はスーを抱き抱えるようにしてその場から飛び退く。この時ばかりは、押し付けられたシーフ業で素早さが鍛えられていたことに感謝する。


 俺たちが、ついさきほどまでいたところに、上から降ってきた大きな影。マルチタスクの探索をしていなければ、それに完全に押し潰されていた。


 その落下範囲から間一髪で逃れた俺は、抱えたままスーを背後に隠すようにして体勢を立て直す。


 目の前、手を伸ばせば届きそうなその場所にいるのは、巨大なカマキリ型のモンスター。


 ──少なくとも、大量のカマキリ型モンスターが迫ってきていた時には、近くにいなかった。となると、急に出現したとしか……。もしかしてこいつ、ボスモンスターかっ


 思考が加速する。

 鎌を振り上げるカマキリ型のボスモンスター。


「マナ・アロー!」


 とっさに放った一発のマナ・アローが、その鎌にかすり傷をつける。しかしそれだけだ。


 カマキリの顔が、まるで余裕のある嘲笑を浮かべているようにすら見える。ふらふらと鎌を揺らして、誇示するかの仕草をするボスモンスター。


 ──ちっ。ほぼ無傷か。さすがに堅い。どうする。スーを抱えていたら、逃げられない。


 一瞬よぎる気弱な思い。しかしすぐにそれを振り払う。


 ──だからって、置いていくなんて、とんでもないぞ! 決めたんだ。こいつは守ると。冒険者としてな!


「スー! 通路に向かって、全力で、はしれっ」


 ぎゅっと俺のダガーを握りしめたスーが、ためらう事なく俺の指示通りに走り始める。


 ──いや、本当に素晴らしい。大人ですら足がすくんでもおかしくない状況だ。こうも指示に的確に反応してくるか。


「これは、大人の俺が応えてやらんとな。ふぅ。全力を振り絞るしかないよな!」


 そして加速した思考のままに、マナ・アローが放たれる。


 ──あれ、いま俺……?


 気がつけば、俺は発声せずにマナ・アローを使用していた。

 一度気がついてしまえば、それはとてもとても簡単なことだった。


 ──ああ。俺、マルチタスクをするときに無意識に無詠唱で魔法を使っていたのか。これも、マルチタスクの副産物ってことか。


 あとは簡単だった。意識するだけでマナ・アローが溢れだす。俺の両手から、眼前にいるボスモンスターへと、膨大な数のマナ・アローが迫っていく。


 一つ一つは最弱の攻撃魔法に過ぎないマナ・アロー。当然、さきほど同様、ボスモンスターにとっては痛くも痒くもない攻撃だ。


 しかし、今まさに俺の放つそれは、まるでマナそのものの奔流だった。俺の両手から生まれ放たれる大量のマナが、ボスモンスターへと降り注ぐ。


 マナ・アローの一撃がボスモンスターへとつける、かすり傷。

 しかし奔流と化したそれは、瞬く間にボスモンスターの体を無数の穴だらけの存在へと変えていく。


 ボスモンスターのあげる驚きの声が、すぐさま苦痛に満ちたものへとかわり、それもあっという間に途切れる。


 気がつけば、ボスモンスターは穴だらけのズタボロになった姿へと成り果てていた。


 ◇◆


 とあるダンジョン学者の説によれば、ボスモンスターは異界化の特異点が実体化したもの、らしい。

 眉唾な説だが、実際ボスモンスターが倒されると、異界化が解けるのだ。


 そうしてダンジョンが消えたことで、俺とスーは無事に地上へと生還することが出来た。


 戻ってきたのは、あの噴水のあった広場。

 スーがこちらに駆け寄ってくる。


「スー! 怪我はないか?」

「……カール! 私たち、助かったんですよね?」

「ああ、どうやらあのでかいのが、ボスモンスターだったみたいだな。ダンジョンは消えた。もう大丈夫だぞ」

「あぁ。……すごいです。あれを、倒したんですね! ありがとう、ございます。カールのおかげで、私も、母の形見も、無事に……」


 そこまで話したところで、感極まった様子でぎゅっと抱きついてくるスー。安心したのかポロポロとその瞳からは、涙が溢れる。


 俺は気まずくなって周囲に目をやる。

 同じようにダンジョンから生還した人たちの姿が、広場にちらほらと見える。


 ──生還したのは、取り込まれた人数の半分くらい、か。


 その時だった。

 大挙して広場へと流れこんでくる人々。

 装備からみて、どうやら冒険者たちだ。


 ──あの、先頭にいる人物。俺でも知っているぞ。この町のギルドマスターだ。そうか、緊急動員をかけたのか。


 ぼろぼろの巨大なボスモンスターの死骸とともに立つ俺たちを見つけた彼らが、一様にぎょっとした表情を見せる。

 先頭にいたギルドマスターが、俺の方へ早足で近づいてくる。


「ギルドマスターのシュテルンだ。君がダンジョンのボスモンスターを倒したのかね?」

「ええ、そうです。登録ナンバー35123、カールです」


 俺の返答に、ギルドマスターの周囲にいた冒険者たちから、感嘆と称賛の入り交じった歓声があがる。


 そこへと急に割り込んでくる、陰湿な声。


「カール! すごいじゃないか。これは私たちのパーティー『銀の泉を征く者たち』の成果だな!」


ゲドルルだ。


「──カールは、所属パーティーを名乗らなかったようだが?」

「──ええ。パーティーをクビになったので」


 ギルドマスターのシュテルンの問いかけに、俺は冷静に答える。


「何を言っている、あんなの冗談に決まっているだろう! 十年、貢献してくれた君と言う素晴らしい人材をクビになんてしないさ! なあ、カール」


 馴れ馴れしく近寄ってくると必死に目配せしてくるゲドルル。そのカマキリめいた表情が気持ち悪い。

 自信満々に、好き放題言うゲドルル。呆れて言葉もない俺は、さっと身を引くと何も言わずに書類を取り出す。

 俺の取り出した書類を見て目を剥くゲドルル。


「……脱退手当ての控えか。日付は今日。両者のサインもしっかりあるが。これは、どういう事かね?」

「あ、いや、その……」

「虚偽の申告があったことは追って処理する。いまはボスモンスターを討伐し、新たなダンジョン踏破者となった冒険者カールを称えようではないか!」


 シュテルンのその宣誓に、再び周囲の冒険者たちから歓声があがる。


「新たなる英雄の誕生だ!」「ダンジョン踏破、おめでとう!」「冒険者万歳!」


 歓声のなか、すごすごと引き下がっていくゲドルル。その顔は醜く歪んでいたが、すぐに歓声をあげる冒険者達にかくれて、見えなくなってしまった。


 こうして俺は、一度は諦めかけていた冒険者を続けることとなる。

 それも、本来の自分自身のジョブである魔法師としての力を存分に活かす形での再出発だ。


 ちなみに事後処理のあとに冒険者ギルドで行われた、ダンジョン踏破の祝杯の宴。

 そこで、俺は様々な冒険者パーティーからひっきりなしに勧誘を受けることになる。だが、それらをすべて断り、俺は冒険者になりたいと言い出したスーと二人で新たなパーティーを結成することになるのだが──それはまた、別のお話。


 完

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