12/21 雷鳥の丸焼き【僧正】
「ちょ、おぉい来過ぎだ……やべぇ!」
獣使いは短鞭を振るい、まるで踊るようにして叫んだ。
『シィエェェェェェ……!』
魔蛇が彼の脚を這い上る。
「動物はみな可愛い……けどお前らは可愛くない! デカすぎる!」
ここは拠点の街から大狼に乗って南に二日、船で半日の孤島。島は繁茂する常緑で来る者を拒み、珍妙な魔物動物が行く手を阻むと知られる場所。
そして、
「ぎぃやあぁぁぁ……!」
今し方、獣使いは木笛を吹き鳴らして魔蛇を呼び寄せ、それを好物とする雷鳥をおびき寄せる作戦を敢行したのだが――餌の気配で求める獲物が手に入るだろうと少々調子に乗って吹き鳴らし、その余りの巨大さに怖気を上げていた。絡まるようにして彼に懐く蛇は、人間ひとりを絞め殺すことなど容易いだろう。蛇はじゃれたつもりでも、人間は意外に儚いものなのだ。
獣使いは遂に悲鳴を上げた。
「さ、雷鳥早く来い! 僧正が待ってんだぞおぉぉ」
「……助太刀しよう」
獣使いが「へ?」と声を上げる間、魔蛇が全て動きを止めた。ずるり、と彼の体から解けるように地面へ落ちた。
「麻酔針だ、殺してはいない」
音もなく黒ずくめの男が現われた。その静かな声に見下ろせば、蛇たちの額には細い銀針が刺さっている。
「た、助かったぜ。あんたは……」
「呆けている暇はない……さぁ、真打ちの登場だ」
『ギョエェアアアァァァァ……!』
鳥の鳴き声。周囲の空気がパリッと放電した。
獣使いと護衛術士は、覆う程の影に素早く身構えた――。
「おーい僧正、いるかぁ?」
獣使いが院の門をくぐると、畑で作業していた僧正が「おや」と顔を上げた。
「冬に日に焼けて……何処へ?」
「ちょっと南に行ってきた」
「おぉ神よ、彼の旅路を守り下さったのですね……!」
雪の覆う地面に跪いた僧正に軽く肩を竦め、獣使いは「そんなんじゃ足りないぜ、たぶん」と言った。
「む……私の祈りが不十分と?」
「あぁ」
珍しく機嫌を損ねた僧正に獣使いが余裕の笑みを浮かべたとき、遅れて到着した護衛術士が門から姿を現わした――荷車からはみ出るほどの
「聖誕祭に間に合いました」
「雷鳥の丸焼き《ロースト・サンダーバード》……! おぉぉ神よ感謝いたします……!」
跪いたままだった僧正が祈りに手を伸ばした途端、彼の体から眩い聖なる光が迸った。
「神獣召喚だ……と!?」「落ち着いて下さい、僧正!」二人は咄嗟に伏せ、空に出現した裂け目から輝かしい
「なんと!……神よ、我が友に無上なる幸いを!」
獣使いと護衛術士がそれぞれに雷鳥を狩りに行き、協力して仕留めたと聞いた僧正は、しばらく礼拝堂から出て来なかった。その内、腹が減ったと騒ぎ出した養い子たちが僧正を引っ張って来なければ、一晩中でも祈りを捧げていただろう。
「なかなかいい肉だろ?」
「あぁこの大きくて脂ののったもも肉よ! レズヌとマンドレイク、ドガ芋を詰めて竈で焼けば……神よ、悪食な我らを赦し給う!」
「さっきの召喚で緑玉が顔を出していた、添え物にしますか?」
「あぁ何と恵み深き我が父!」
またしても光が漏れ出した僧正を「どうどう」と獣使いは抑えた。護衛術士はその間に緑玉を収獲したようだ。
「そんで、どうすんだ?」
「仕込みは聖誕祭の前日に時間を掛けて。おぉ……お赦しを! 祈りよりも大切なことなど……!」
それを聞いた獣使いと護衛術士は立ち上がった。
「おう、ならまた来るわ」
「一件依頼を片付けてから、また伺います」
僧正は、そうですかと肯いた。
「雷鳥の胸肉は固くて焼いては食べられないのですが、実はこれから煮込めば夜には口の中でほろりと溶ける逸品に……残念ですがまたの機会」
「どれ、肉包丁はどこだっけ」
「得物作業ならお任せを」
二人は同時に踵を返し、台所の奥へと向かった。それなら話は別だ。
ほら、すぐ夜になっちまうぜ! 獣使いの声が僧正を呼ぶ。護衛術士は自前の刃物を研ぎ始めている。僧正は愛おしげに目尻を下げると十字を切った。
「賜わりし友の得がたさよ。心から感謝いたします……」
「おぉい、また祈ってんのかー?」
「先に始めます」
聞こえてきた焦れる声に、僧正は「全く」と苦笑する。
「骨も出汁に使いますよ。おぉ……一欠片も無駄にはいたしません神よ!」
――夕餉に間に合った雷鳥の煮込みはレズヌを漬けた糖酒と相性がいい。
静かな雪の降る夜だというのに、院からは何度か眩い光が迸り、空を神々しく光らせた。神も聖誕祭を心待ちにしているのだろうと、人々も祈りを捧げたのだった。
(了)
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僧正の三行説教
しかし聖誕祭で丸焼きを食べられるのはこの上ない幸せ。
塩漬けにすると冬の保存食になる。
12/5 レズヌの糖酒漬け【僧正】 続き
https://kakuyomu.jp/works/16817330650234947614/episodes/16817330650380467014
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