12/5 レズヌの糖酒漬け【僧正】
レズヌが豊作と聞き、僧正は神に長い長い祈りを捧げた。レズヌは香気の強い酒に漬けると甘味を増し、冬の季節に重宝する。
「神よ、強欲な我らを
頬に睫毛の影を落として十字架を切り、罪深き我に慈悲を、と繰り返し祈る。
「僧正、いい加減にしないと日が暮れるぞ」
獣使いが白い大狼に
神への祈りを『いい加減』とは、と僧正の眉が寄る。
「しかし神に仕える身で、魔物とはいえ殺生をするのですから当然のこと」
「ハイハイ。でも夜になりゃ、レズヌは木の中に引っ込むって聞くぜ? 狩れなくなるけどいいっての?」
「直ぐに行きましょう」
やれやれこれだ、と獣使いは苦笑した。大狼は二人を乗せて魔の森へと駆けた。
レズヌの実は森に群生する紛れもない魔物。まるで木の実のように好みの枝に群でぶら下がり、迷いこんだ人間や動物を誘う甘い匂いを放つ。誘われて一粒でもレズヌを口に含めば毒にやられてしまう。そして倒れている間に同じ群のレズヌに体中の水や血を吸い尽くされるのだ。
動物だけではない、取り憑いた樹木の水分や樹液を吸っては森を枯らす魔物としても有名だった。
「俺はレズヌは食ったことないけど、美味いの?」
「美味い。冬の菓子には必須でしょう……おぉ神よ懺悔します」
「期待できそうだ」
獣使いは大狼に速度を上げるよう口笛を鳴らす。
「生き物は魔物しか食べちゃダメってのも不憫だねぇ」
目を塞ぐような速さに、獣使いの声は僧正には届かなかった。
息を上げた大狼を労り休ませると、僧正たちは森の奥へ。レズヌの群は日当たりのいい場所を好むので、二人は枯れ枝に差す弱い木漏れ日の中を進んだ。きょろきょろと獣使いが辺りを見回すが、生き物の気配はない。
「もう冬だわ。獣の姿もねぇや」
「……ロース……レ……め……おぉ!」
「僧正何か言った?……まーた祈ってらぁ」
雪の多い地域ではないが、冬の寒さは厳しく、初冬に出現するレズヌは殊に甘い匂いを放つ。
それはまるで腐りかけの果実のよう。ほぼ同時に匂いに気づいた二人は、跳びすさった。頭上からボタボタボタとレズヌが降ってくる。
「神よ、御力を分け給え!」
僧正が聖魔法を詠唱――周囲は輝かしい光に包まれた。
『ギユアァギユァァア……!』
劈く魔物の声に獣使いは片耳を塞ぎつつ光が止むと同時、腰に提げた短剣を木にぶら下がる群へと放った。
「おっと!」
そして落下したレズヌを大きな網で受け止めた。
「一房獲った!」
歓喜の祈りを横目に、獣使いは獲ったレズヌ群から出た枝らしき部分をそっと持ち上げ、またどこから出したか大きな籠に収めた。未だ瑞々しく奇声を上げてはいるが、レズヌは寄生対象から分離された瞬間から乾燥が始まる。院に着く頃には立派なドライレズヌになっているだろう。
獣の使いの鼻孔をどこまでも甘い香りがくすぐった。
「さぁて、取り尽くすぞぉ!」
「神よ、御慈悲を!」
僧正の恐ろしく正確な風魔法がレズヌを一網打尽にし、獣使いは休む間もなく網を振るった。
「え? すぐ食わえねぇの?」
「……命を頂くのです、神の前では言葉を改めなさい。おぉ、我が友人をお赦し下さい」
レズヌを房からもぐ手は休めず、僧正は天を仰いだ。
――二人は院の作業場にいた。ここは僧正が魔物を処理する台所で、通常の食材を扱う台所の奥にある。今日の獲物は危険がないので、扉は開け放たれている。
作業はじめから「相変わらず手際がいい」と眺めていた獣使いだったが、食べられないと知ってくるりと背を向けた。味見もナシなら用はない。
「おや、どこへ?」
「だって待っててもしょうがないだろ。今日は帰るわ」
ひらひらと手を振る彼を見遣り、僧正はそうですかと呟いた。
「それは残念です、今夜は神より祝杯を賜ろうと懺悔するつもりだったのですが。おぉ神よ、彼の往く道に得がたき美酒のあらんことを」
――くるり。
「酒があるなら話は別だぜ……ちぇ、ほら早く終わらせちまえよ」
「このあと、これをとっておきの糖酒に漬けます」
「手伝うぜ」
食堂から二人を呼ぶ声がした。養い子達がレズヌの匂いを嗅ぎつけたらしい。
まずい! と慌てた獣使いの口に、僧正の指が触れた。舌に何か転がった。
「あ?」
甘い、と噛み砕く。
「子ども達は内緒ですよ……おぉ神には隠し事など!」
同罪を強いられた獣使いはフンと鼻を鳴らした。
(了)
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僧正の三行説教
レズヌの糖酒漬けは、僧院では冬定番の菓子。
焼き菓子やロースト
糖酒に漬けてしまえば大人の物となる。
Twitterお題140字小説より
『クッキング僧正』(仮)
https://twitter.com/micco30078184/status/1407682505797296131?t=Ya5SzVMqgmxGwCbBavNqaQ&s=19
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