12/4 『幸せの雨』【魔法使い】
熱せられたフラスコの中で赤と黄が少しずつ混ざり合い――空色の液体へと変わった。火から下ろし、六十度に下がるまで混ぜ続ける。すると逆
古びたランタンが橙色に照らす研究室。伯母さんは肌の調整で今夜は早寝だ。さすが美に余念がない。ひとりで作業をするのは久しぶりで、少々心が高揚していた。
……アミが見たら喜びそうな変化だ
薬の生成中、わぁと小さな歓声を上げる彼女の横顔を思い出す。
――温度が下がってトロリと粘度を増した液体を、小さめのバットへと移した。
さぁ次だ。満月に晒したカスミ草の花を、指で丁寧に解す作業。
未だ少ししっとりとした花弁を散らすのは忍びない、と思いつつ素早くそれを終える。魔女の薬に手袋は御法度だから、衛生管理にも気を遣う。それに出来るだけ生成者の成分――汗や体液を薬に入れてはいけない。生成する者の心持ちや体調で、要らない効果が生まれてしまうこともあるからだ。
僕はもう一度ランプに火を点け、透明色の浸透液を温めた。
これは伯母さんと研究して作ったとっておきで、何ヶ月も寝不足で作ったものだ。
浸透液はエキス同士を混ぜるときに使うつなぎ。今どきの女性は見た目で購入を決める人が多いので、仕上がりを良くするために必要だった。勿論、原料のドライハーブも癖のない植物ばかりなので、生成に影響が出づらい。
乳鉢にこんもりと盛られたカスミ草の白い花を浸透液の中に散らす。
『きれい』きっと彼女はそう言うだろう。隣にいないのが少し寂しく感じて少しぼうっとする。まぁ普段も伯母さんが煩いから、生成中は一緒にはいられないが……。
ふ、とカスミ草の香り――かすかに湯気が立ったのに気づき、慌てて火を止める。
急げ!
ここの変化は時間勝負! 特殊なミトンでビーカーを持ち上げ、さっきのバットに熱いままの浸透液を流しこんだ。
瞬間――夜色と透明が触れ合った場所からパッ! と、淡い光を放ちながら色が変わった。
良かった、成功だ
それはまるで優しい朝焼け。白やんだ空に太陽が差して、桃色に染まる空の色が生まれた。思わず安堵の息が出た。
さて、『魔法』をかけよう
平たく薄い木べらで満遍なく混ぜる――
月曜日も火曜日も、何曜日だって朝が待ち遠しくなるように。
美味しいご飯で元気になるように。
「またね」のさよならが寂しくないように。
夜が安らかで温かであるように。
ずっと君が笑顔でいられるように。
そうして出来上がったのは、まるで白い星を湛えたような空のグラデーション。
良い出来だった。さぁ仕上げに取り掛かろう。
清潔な作業台でバットをひっくり返し、急いで縦に、そして一口大に切っていく。コロン、とした不揃いな四角がいくつも作業台を転がるのを再びバットへ。ひとつひとつ、距離を取って並べた。
そして最後は、バーナーで表面を溶かし艶やかにして完成。
つるつるのドーム型になった飴が朝や昼、夕焼けや星の夜を映す。
アミは喜んでくれるだろうか
恐らくは、今頃寝始めただろう年下の彼女を想う。
学校を辞め、『珈琲屋』と称した魔女の店を切り盛りするのは難儀なことだった。だからこそ彼女の素直な明るさにどんなに救われたか。実際、自分のコミュニケーション力不足を補ってもらっているのだ。頭が上がらない。
……珈琲でも煎れるか
ビーカーに水を汲み、ランプに火を点けた。他には何を作ろうかと祖母の覚え書きを捲る。アミは何のハーブが好きだったろうか、聞いてみないと。
視界の中で、ビーカー内の細かな気泡がきらきら光る。
その揺らめきが飴を照らして僕を誘った。魔女の薬は人を誘う――そしてこの薬は幸福へと導くはずだ。
明日、大学に会いに行ってみるか
深い夜色の一粒を、口に入れた。まだ渡すには早いクリスマスプレゼントの一つ。
舌からじわりと甘くなり、かすかに金木犀の香りが抜けた。
(了)
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『幸福の雨』
効用:快眠・食欲増進・血行促進・ストレス減退
原材料:水飴、吾亦紅、金木犀、カスミ草、青の浸透液、幸せにしたい想い
『魔法使いの珈琲』
https://novelup.plus/story/708886422
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