12/3 最強賢者【VSピンクのシフォンケーキ】

 >ホウくん、何か欲しいものある?


 レポート提出ラッシュの前週末。今日はミィと何となく会う約束をしていなかった。

 とはいえクリスマス間近。ミィの彼氏である俺は、近場のデートスポットを血眼でスクロールしていた。だけど突然通知されたその一文にぴたっと指を止めた。


 も、もしかしてクリスマスプレゼントのリサーチ!?


 はわわ、と心が昂ぶり心臓が逸った。もう付き合って一年になるのに、ミィに対してはずっとこの調子だ。仰向けからうつ伏せにチェンジし、クッションに向かってもごもごやる。


 もぉぉぉ……やっぱりミィと俺ってば絶対運命の番なんだ! あぁぁぁぁミィに会いたい! せっかく我慢してたのに次会えるの明後日なのにえ、クリスマスプレゼント!? べべべ別に欲しいものなんてない。でも強いて言えば、シイテ、イエバッ、ミ……ダメだ俺の煩悩、落ち着けッ!!!!

 ………………ダメだ落ち着けるわけあるか! だって最近のミィはさらに可愛いんだ! メイクしてるせいかますます目はぱっちりしてるし、唇もなんか美味そうな色になってるし会う度に俺にくっついてくる。きらきらしてる、きらっきらなんだ俺の、お れ の 彼女! 先週なんて「ねぇホウくん」って甘えるみたいに俺の腕にぶら下がって笑ったんだ……甘えるんだぞこの俺に! 見上げられた俺のライオンハートはああううあぁぁぁ!! 腕に、ミィの、柔らかあああぁぁぁぁぁ!! 触りてえぇええぇぇぇぇぇ!!!!

 バカなに考えてんだ煩悩滅却! 男は狼なのよ気をつけなさいミィィィィ――――! もう俺がどれだけ我慢してるのか分かってるのかいや分かってないよな分かってたらくっつかないよな! いいんだそのままのミィでいてくれ、ミィの幸せのためなら俺は世界最強の賢者になる……!


 へたれたクッションに強く頭を押し付け、ぐりぐりとミィとまぐ……ゲフン、仲良くしたい煩悩を消し去ろうと必死になる。そうだ落ち着け冷静沈着で無口キャラのホウくん! ミィからLINEが来てんだぞ、スマート且つクレバーな返信!


 ハァハァと乱れた呼吸を整えつつ、心の中で十数えてから画面をタップした。本当は一秒でも早く既読にして返信したい、文字でもいいからミィと会話したい! 俺だって付き合い初めの頃から考えればちょっとは話せるようになっている。

 トーク画面では、前にミィが送ってくれた大きなハートの『スキ!』のスタンプがふわふわと浮かんでいた。俺もスキ!

『欲しいものある?』

 ミと入力しかけ……いや俺は世界最強の賢者! 正直になっちゃダメだ絶対引かれる嫌われる。だって山本がそうだった、優花さんにアプローチして告って成功してがっついて嫌われた。モテ男も本命には形無しの最後には俺も泣きそうだった。

 だから付き合ってもう一年も経つ俺が、ミィに対してこんなクソデカ感情を持ってると知られたら――。


 >特にないよ


 すぐに既読がついた。少し待ったが、すぐには返事が来ないようだった。

 俺は元々開いていたサイトをもう一度タップして、ミィとのクリスマスイブに思いを馳せる。出かけるにはどこがいいだろうか、スクロールする。

 去年は受験で全然遊びに行けなかった。塾の帰りに家に寄って、プレゼント交換して終わりだった。ミィがくれたマフラーは今年も大活躍で、大学に毎日着けて行っている。ちょっとビビットな色使いで目立つからなくさないし、とても気に入ってる。


 ――本当はミィが好きそうな場所に連れて行ったり、手を繋いで歩いたりきききキスしたりしたかった! 今年こそ! と思って先月からずっと探してはいるものの全然良さそうに思えない。クッションに頭を乗せて、床に寝そべる。


 俺もミィにどこに行きたいか聞いてみるか? この話の流れでクリスマス一緒に過ごそうって聞いてみるか? いやでも、ミィはそういう野暮ったく聞かれるよりスマートにエスコートしてもらったほうが嬉しいんじゃないか? いやでも……


 俺はごくっと緊張で唾を飲んだ。迷うがこのままでは埒が明かないのは分かりきっていた。仕方ないと、恥を忍んで入力しようと思ったそのとき。

 シュボッと、ミィから返信が来た。


 >わたし、つらい


 シュボッ。


 >ホウくんのこと、全然分かんない

 >もっとホウくんから色んな事教えてほしいし、本当はたくさんお話したいのに

 >できない

 >もう、付き合うのつらい


 スマホが落ちた。

 俺の額に当たってからクッション脇へ。

 ぶつかったところにすぐ、点滅する痛みが走って俺は顔を乱雑に撫でた。


 シュボッ。また通知音。

 俺は勢いよく起き上がった。

 スマホを持ち上げ、新着メッセージを見る前にミィに通話ボタンを押した。早く、早くと呼び出し音を聞く。目を擦って睫毛を乾かした。

『……はい』普段よりも元気のない声に、俺の喉はぐぅっと詰まった。


『ホウ、くん……?』


 ミィが泣いてる! 泣かせたのは俺だ、俺がミィの前でうまく話せないから……!


「俺、もっと話す……ミィに何でも話すから!」

『……』

「お、俺、小学校のとき、好きだった女子に……しゃべりすぎて、きら、嫌われて……うるさいって言われて」

『え?』

「ミィにもうるさいって……しゃべりすぎって嫌われたらどうしようって、思っ」

『ホウくん! 今行くね!!』


 ブツッ。

 切れた、と呆然としたとき、ピンポーンと間延びしたインターフォンが鳴った。



「ホウくん、ごめんねごめんね! わたしそんな事情があるなんて知らなくて、ホウくんが話せるようになるの待ってられなくて!」

「ミィ……」


 はいこれ、とミィは家の玄関先でケーキ箱を差し出した。そして「えへへ」と最高に可愛い照れた顔で笑った。抱きしめようかと思ったが、せっかく持ってきてくれたケーキが潰れると思って堪える。


 それに俺は……まだ許してもらってない。


「本当はクリスマス用に練習してたんだけど、せっかく上手にできたからホウくんと食べたくて……でも、やっぱり『特にない』は辛くて、つっ、つらくてぇ!」

 我慢できなかった、抱き寄せた。べこっと箱が音を立てた。俺はまだかまちでミィは靴のまま、いつもより身長差があるから箱の角が腹に刺さって痛い。でも別にいい、抱きしめたい。

「ミィ、俺もミィのことすごく好きだ。ホントに、まじで世界で一番好き」


 ひゃ! ミィが俺の腕の中で飛び上がった。けど、ダムが決壊したみたいになった俺の心の弁は完全にぶっ壊れていて凄まじい勢いでミィへの想いが溢れ出す。


「ミィ、マジで可愛い、可愛い……ごめんずっと無口な振りして騙してた。でもミィが好きで好きで自分の部屋では王様の耳はロバの耳状態だったホントずっと好き可愛い。初めて一緒に弁当を食べた日からずっとミィのことが大好きなんだ。本当は俺」

「ほ、ホウ……」

「から告白しようと思ってたのに、ミィから先に言われて無口キャラを払拭するタイミングが分からくなってさ……! 山本とか優花さんみたいに俺もミィとずっとたくさん話したかった、こんな風に抱きしめたままおしゃべりしたりイチャイチャしたりしたいのにできなくて俺の賢者がもうそろそろ限界いや俺は世界最強の」

「ホウくん! ストップ!」


 ハッと我に返って、俺は青ざめたと思う。またやってしまった。

 腕の力が緩んで、ばこっとケーキ箱が下に落ちた。


 もう、だめだ。ミィに嫌われ……


「ホウくん、私もごめんね! 試すようなLINEしたりして彼女失格だった! ホウくんのこと、大好きだから謝らないで!」

「へ……?」

「ゆ、優花ちゃんに相談したら『カマかけてみな』って言われて……魔が差したの。だからその、つらいのは本当だったけど、付き合うのやめるとかそういうのは嘘。……ホントにごめんね! ホウくんともっと会話がしたくて。その……もっと、仲良く、なりたくて」


 上目遣い。


 その瞬間、俺の脳天を稲妻が走った――。

 ブワッと全身の穴というアナからミィへの愛が噴き出して俺はもう一度ミィに手を伸ばした。やっぱり美味しそうな色の唇に。



(了)


 ──────────────────────

 家の人は誰もいなかった。

 そのあと二人でデートの計画を練った。

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