12/20 フルーツサンド三種盛り、りんごとチーズのホットサンド【朝食】

 今日のお店は予約したんだよ、とメッセが来て、土岐がやけにはしゃいでるのが分かった。

 天気はいいものの酷く冷える朝で、土岐が寄越したマフラーを巻いて出かける。僕は休みで土岐は仕事。そういう時は休みの方が合わせて移動する。とは言え土岐も僕も「知り合いに会いたくない」と職場からそこそこ遠い店になるのが常――今朝も最寄りの駅から五つ、乗り換えて五つの駅で降りた。ただ、最近住み始めた祖父の家は沿線の外で、さすがに七時に待ち合わせるには遠かった。

 その店は白壁が新しいこぢんまりとした風情で、男二人で予約するには狭すぎるんじゃないかと僕は立ち止まった。

『中に入ってるね』

 どうやら相当食べたいらしい。

 スマホを確認し、僕は鈍く光る真鍮ドアバーを握り扉を開けた。


 ***


「わ! きれい」

 運ばれてきたプレートに、土岐が声を上げた。これはいつものことだが、今回は僕も思わず目を見張った。

 角のとれたスクエア型の木皿には、赤や黄緑、オレンジ色の水玉模様が真っ白なクリームに挟まれて浮かんでいた。サンドしている、三角にカットされた食パンもしっとりと白く、色とりどりのフルーツはまるで雪に埋められた宝石のように見えた。

 フルーツサンド三種盛り――正直、腹に溜まらなそうだと気乗りしてなかったが、聞くのと見るのとは全然違った。

「美味しそうだね、時季さん」

 悪戯が成功したような笑みを浮かべた土岐に少々悔しくなりながら、僕は苺サンドに手を伸ばした。

 持ち上げた瞬間、食パンのしっとり感とその重量に再び驚いた。苺の瑞々しさに唾液が出るのを感じつつ、僕はひと思いにかぶりついた。ほのかに甘い食パンの隙間からホイップが舌の上で溶けた。そして噛んだ途端に刺激する酸味、苺の風味が口内でクリームと混ざり、甘くて甘酸っぱい。

「うまい」

 少々行儀が悪いと思ったが、苺の歯応えを楽しみながら言った。土岐は今更安心したように「でしょ?」と笑った。そして同じように苺を選んだようだった。

 二口で終わってしまった美味さに眉を寄せ、次にオレンジも平らげた。最後にオレンジを食べたのはいつだ、祖父が生きてた頃かもしれない。――生の柑橘の弾けるような粒に頭が冴えた。そして果物の美味さもさることながら、ホイップの絶妙な甘さにも唸る。もしかして果物ごとに甘さを変えているのか。

「時季さん足りますか?」

「いや……足りない。同じのをあと二つずつ食べたい」

 土岐は心底楽しそうに「ハハ!」と笑った。

「そう言うと思ってた。もう一皿来るから珈琲飲んでなよ」

 僕はその言いようにムッとしたものの、言う通りにした。土岐の甘い物に関する審美眼は信じていい。


 そうして僕が大人しく珈琲をすすり、舌の上で苦みとオレンジの酸味が少しだけケンカするのを味わっていると、もう一皿が到着した。

「りんごとチーズのホットサンドです。全てお揃いですか」

「わ! ありがとうございます」

 興奮したように頬を染めて店員を見上げた土岐をしばし眺め、僕は無言で手を伸ばした。香ばしさが誘う、温かい内に食べたい。

 サクッ。歯を立てた場所から音と湯気が立った。しょっぱい、それが最初の味だったが噛みしめると印象は一変した。薄くスライスされたりんごはバターと蜂蜜の風味をまとい、とろけたチーズの塩味と食パンのほのかな甘さがそれを引き立てる。アニメのようにチーズが糸を引いて、あごに貼りついていたのに気づく。摘まんで食べた。口の端が上がっている自覚。

「それ、イートイン限定なんだって。……良かった、時季さんが気に入ってくれて」

「おう、美味いぞ。お前も食べろ」

「俺はいい、時季さんもっと食べたいでしょ。ここ、時季さん家からは遠いし」

 そう言われる頃には、僕の手にあったホットサンドは全部口の中に入っていた。やっぱり美味い。僕はテーブルの真ん中に置かれたホットサンドを手にし、土岐の唇に「ん」と押しつけた。まだ口にりんごが入ってたからだ。

「いいって、ちょ、ほふふへはん」

「はへほ」

ほうもう」と眉間にしわを寄せた土岐は、観念したように齧りついた。途端、溶ける瞳。

 今度は僕がふふん、と笑う番だった。

「うまいだほ」

「おいひい」

 そうだろうと肯き、土岐の皿に食べかけのそれを置いた。

「……また来ればいいだろ」

「え?」

「次の『朝食』もここだっていい」

 珈琲を飲む。好みの味だった。店内は狭く席は二つしかないが隣の席との距離は丁度いい。

 曇り加工された窓越しに日が差して、シャインマスカットの断面が艶やかに濡れた。皆が写真に撮りたくなるのも分かった、土岐が僕に食べさせたいと思った気持ちも。

 ずっしりと重いサンドを持ち上げる、見るからに甘そうで自然と口の端が上がった。

「いいの?」

「いいぞ。お前と食べるんだ、美味いに決まってる」

 肉厚で上品なマスカットの甘さと僅かな渋みがクリームで洗い流されていく。

「うん」

 土岐は目元を赤らめて、少し覚めたろうホットサンドに小さく齧りついた。



(了)


 ────────────────────

「だからなんで今日仕事なんだろう」

「平日だからだろ」


『朝食をご一緒しませんか』

 https://novelup.plus/story/469133227

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