12/22 魔女のお茶会は大騒ぎ【魔法使い】

「だってミチルさんが白衣で来るからぁ! 髪の毛ももしゃもしゃだし、友達から『教授?』って言われたんだよ! 恥ずかしいよ、もっときれいな格好してきて欲しかったよー!」

「ご、ごめんアミ。そんなにみっともなかったかな……」

「もっと言ってやりなさい、アミ。思う存分にね! 毒を食らわばお皿までというのでしょう? しっかと見届けますからね」

 伯母さまの声に私は更に勢いづいた。

「ちゃんとすればとっても格好いいのにどうして、もしゃ男で来るのー! 私だってせっっかく大学に迎えに来るならみんなに自慢したかったのにミチルさんのバカあぁぁ!」

「うう……ぐすっ……そんなに言うことないのに……ぼ、僕だってアミに会いたくて……」

「ミチルさんのことは好きだけど、私にもそれなりに社会的な立場があるんだからぁ!!!! いつまでも子どもじゃないんだからぁ!!」

「ぐず……うぅごめん……」



 ***



 ミチルさんがいた。

 大学の教養棟の真ん前――私は確かに「もうすぐ授業が終わるよ」って返信したけど、今すぐ会えるとは言ってないのに。

「アミ、お疲れさまです」

 同じ学科の仲良しグループと連れだって外に出た私は、突然現われたミチルさんに絶句した。「誰?」「どこの教授?」と、ひそめた声が上がったのは当然で、ミチルさんは私服こそ着ていても外側は白衣に、整えていないもしゃっとした頭だった。

 私は驚きで瞬くことしかできなくて、そして友人達の手前、どうしていいか分からない。

「えぇと」

「迎えに来ました。寒いので行きましょう」


 ミチルさん、なんで急に?


 ねぇ、アミ。腕を引っ張られて振り向くと、そこには友達の心配そうな顔があった。「先輩?」「付きまとわれてるんじゃないよね……?」

 私はハッとして違うと首を振ったけど、疑わしい視線が私に突き刺さった。「おい、水沢大丈夫か」後ろから来た男子も不穏な空気を感じてか、話し掛けてきた。

 確かにパッと見は怪しい人かも、と変な汗がふきだした。

「アミ? もしかして一緒に」

「せ、『先生』! すみません、すっかり忘れてました! 今行きます!……みんなごめん、呼ばれてたんだっけ。ま、また明日ね」

 私は慌てて一人ひとりに笑い返して、ごめんと手を振った。ミチルさんが余計なことを言う前にこの場を早く立ち去らないといけない、と思った。

「行きましょう、『先生』」

「あ……はい」

 力を込めた微笑みに、ミチルさんはさすがに大人しく着いてきた。これが「最近、ちょっと伯母さんに似てきたよね」と彼に言われる所以なんだろうけど、全く以て構わない。


 恥ずかしすぎる!


 私はできる限りの早足で前だけ向いて歩いた。待って下さい、と追いかけて来る気配に苛立たしさを感じながら。



 ――そうしてクリスマス目前の日。珍しく伯母さまから電話が入って、私は『珈琲屋』を訪ねていた。


 気まずい


 ミチルさんは私がみんなの前で誤魔化した理由を問い質したりはしなかった。『先生』なんて呼んだのも久しぶりだったのに、何も。

 ミチルさんは優しい。それに色んな意味で素直で、周りを気にしない。きっとあの日も、本当に私に会いたくて来てくれたんだって思えば、嬉しい。


 でも、私の気持ちは絶対に分かっていないよね……


 伝えたいと思った。何度もLINEを送ろうとしたけど、結局できなかった。どんな言葉でもミチルさんを傷つけてしまうんじゃないかと思うと、伝えられなかった。


 そして気まずいままミチルさんと顔を合わせ、伯母さまの煎れてくれたお茶を飲んでいる。珈琲も慣れた味で美味しいけれど、伯母さまのアフタヌーンテイは格別。

 私は華やかな香りに少しだけ肩の力を抜いて、黙り込んでいるミチルさんを盗み見た。

 今日のミチルさんは髪にワックスをつけてきちんとしていた。服装も白衣ではなくて――ティタイムに白衣は叱られるからだろうけど、新しい糊の利いたシャツにニットのカーディガンで正当派のスタイル。とても素敵だし、やっぱり好きだなと思う。


 ……ミチルさん、こっちを見ない


 明らかに視線を伏せている。だから私も話し掛けることができずに、ただ紅茶の赤い水面を眺めた。

 すると、伯母さまが深いため息を吐いて私たちをギロリと睨んだ。

「いいこと、貴方たち?」お説教の前置きだ、と身構えた。ミチルさんも背筋が伸びた。

「アフタヌーンティに同席して、気の利いた会話もできないなんて……いくらケンカしているとは言え、紳士淑女として不合格ですよ。ほらミチル、貴方の可愛い恋人が訪ねてきたのだから、『今日も可愛い』くらい言ったらどうです、情けない」

「……今日も」

「お黙りなさい。言われてから言ってどうするの!」


 そうだよね……そういうところだよね……


 私はもう高校生ではなくて、二十。お酒も少しずつ覚えたし、大学で気の合う友人もできた。

 毎日制服を着ていれば良かった生活から、自分の好きな服をどう素敵に見せようかと悩むこともあるし、簡単だけど化粧もしている。今日だってそうだ、ミチルさんに会えるし伯母さまに褒めてもらいたくて、新しいワンピースを下ろしてきた。

 格好いいなぁと思う先輩もいるし、伯母さまのよく言う「スマートなエスコート」を体験して心ときめいたこともある。

 ミチルさんとは付き合いが二年を越えて、少しは言いたいことも言える仲になってると思う。――でも、こういうときに私は困る。少しずつ伯母さまの指摘が、私の不満と同じとき。

 学校が全てだったときとは違う、自分の変化を感じるときが。

 伯母さまが私を励ますように、トンと手に触れた。

「……とまぁ、お説教はこのくらいにして……貴方たちに提案があります」

「提案?」

 私は思わず繰り返した。

 伯母さまは厳かに肯くと立ち上がり、作業場へ何かを取りに行った。そして戻って来た伯母さまが手にしていたのは、硝子の香水瓶――青いきれいな薬だ。

「この私特製の『妖精の舌』を飲んで言いたいことを言い合うか、自分たちで仲直りするか。選びなさい」

「伯母さん、それは……」

 ミチルさんが椅子を鳴らして立ち上がった。私もその聞き覚えのある名前にポカンと口を開けた。


妖精の舌自白剤』って! アレ!?


「選びなさい、二人とも。言いづらいことをそのままにしておくのか、それとも表面だけの仲直りをして聖誕祭を迎えるのか」


 ***


「本来の『妖精の舌』はねぇ、妖精って言うだけあって単なる自白剤じゃないのよ。喜劇になるような面白可笑しい“酔い方”のまま、言いたいことを言っちゃう……って、もう二人とも聞いてないわねぇ」

 私は伯母さまが何か言ってる気がして、少しだけ目を開けた。でも眠くて眠くて、すぐに目を閉じてしまった。

「ミチ……ル、さ」

「アミ……うぅごめん」

「さぁそして目が覚めたら貴方たちは仲直りなさい……あとは魔女特製のスパイスで刺激的な夜を!」


 そうだ目が覚めたら、白衣のミチルさんも好きって言おう。ちゃんと、好きって……あぁ眠いおやすみなさい……


「それじゃ私はクリスマス休暇に行ってきますからね! 留守をよろしくね、ミチル! 浸透液だけは作っておくんですよ!」


 メリークリスマス! 夢の中で伯母さまそっくりな魔女がにっこり微笑んだ。



(了)


 ────────────────────

 浸透液作るの忘れて怒られる


 12/14 『妖精の舌』伯母ver.【魔法使い】 続き https://kakuyomu.jp/works/16817330650234947614/episodes/16817330650713719751

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