12/14 『妖精の舌』伯母ver.【魔法使い】

「ミチル、そこの浸透液とって頂戴」

「……」

「ミチル!」

「……はい。何ですか伯母さん」


 全く、この唐変木。

 目に入れたら染みて痛くて堪らないだろう最愛の甥を睨みつける。つい先週まではおばあさまのレシピを見返しては、あれこれ楽しそうな顔をしていたのに、このうだつの上がらない顔は何!


 ――まぁ、原因はアミでしょうけどね


 私はわざとジロリと目を大きくした。それ恋愛これ仕事とは別問題。


「今さらそんな顔をしても許しませんよ。いい加減にしなさい、集中できないのならどこかへ行っておしまい」

「すみません」

「謝っても失敗してちゃ、信用問題になると分かっていますね? 気をとられて変な効能を混ぜ込んだらどうするの、取り返しがつくの?」


 はい、としおらしく返事をする甥にため息を吐きかける。もうひと吹きすれば飛んでいきそうなその顔! 情けないにもほどがある。寝不足なのか、目の下に隈もこしらえて、まぁた頭が鳥の巣になって!


「わかった、今日は休むことにする」

「……休みついでに、その無精な髪の毛をなんとかしてきなさい。全く三十も過ぎた男がみっともない! それじゃアミにフラれてしまいますよ」


 しゅんと力なく背を向けた甥を見送る。

 そのまま二階のドアが閉まった音を聞いて、ハァと息を吐いた。あぁ皺が増えちゃうじゃないの、と眉間を伸ばす。


 可愛い娘の色恋ならともかく、なんで私が髭を生やした甥っ子の色恋で皺を増やさなきゃならないのかしら。

 でもまぁ重症ね。さっきのしょぼくれた顔……本当にフラれそうなのかしら……あの年で恋患いだなんて難儀ねぇ。


 ――ミチルが『蜜』の匂いをさせてこの家に入ってきたときは、ようやく朴念仁に春が来たかと喜んだ。でもそれは拗れに拗れた両片想いの顛末で、私は大いに呆れる結果。自分の好きな子に男を寄せる“惚れ薬”を作って拗れて、最後は素直になれないからと“自白剤”を作って。


 なんて不届きな子に育っちゃったの!


 思い出す度に血の気が引く。無自覚で無知とは言え、魔女の系譜として絶対にやってはいけないことをした。だから一生懸けてでも矯正しようと仕事を持ち掛けたのだけど……。

「アミもよくあんな男と付き合ってるわ」と、またしてもため息が出かけた瞬間、ピンッと頭の中で光が煌めいた魔女の鐘が鳴った

 これは時折ある勘のようなもので、ぴったりの薬を作るチャンス――おばあさまはこの閃きを『魔女の鐘が鳴る』と呼んで、「大切にしなさい」と若い私の頭を撫でた。


 そうね、聖誕祭だもの。私からも二人にプレゼントをあげてもいいわねぇ


「二人とも見てらっしゃい。『妖精の舌』の本当の効き目を思い知らせてあげましょう」


 ルルル、と鼻歌を楽しみつつ、ミチルの受け継いだおばあさまのレシピを拝借。

 ほんのちょっぴり刺激的なハーブも入れちゃおうかしら、と私はコンロに火をつけた。



(了)


 ──────────────────────

 アミはもう成人してるので(ry


 12/14 『幸せの雨』【魔法使い】 続き

 https://kakuyomu.jp/works/16817330650234947614/episodes/16817330650314584568

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