12/13 後厄34歳【貧乏神】

 13日、ひっくり返すと31日。

 私はその大発見に今日、何度目かのガッツポーズをした。


 もうすぐ厄が、厄が明ける……!


 ワンルームの入って直ぐ右、テレビの上の白い壁には無印のカレンダーが掛かっている。2022年の12月、青字の31大晦日には既に大きな赤丸をつけてあって、いつ見ても期待に胸が膨らむのだ。


 早く来年になれ……!


 それというのも、去年のお正月からずっと悪運続き。財布は落とす貯蓄は減る、キャリアアップは逃し続けるはで最悪の二年間。でもそれもあと三週間足らずで終わりが来る。

 私はそのありがたさに思わず合掌し、カレンダーに向かって拝んだ。


 どうか厄と一緒にアイツが家から出ていきますように……!


 どうか、と呟いてお辞儀をした頭を戻した。トン、と背中が何かにぶつかった。


「なに拝んでるの?」


 両肩を掴み、私の顔の横からカレンダーを覗きこむ男、そうコイツがアイツ――つまり私に憑いている貧乏神だ。


「あぁ大晦日かぁ。また味噌おにぎり作ってくれるよね?」

「ちょっと、急に出て来ないでよ! 永遠に居座られるって分かってて、味噌おにぎりなんて作るわけないでしょ! あ、ってか私のスエット勝手に着ないでって言ってるのに!」


 普段は薄汚いかすりの着物を着ているはずの首元が、クルーネックの綿100%に変わっていた。私は咄嗟に、掴む手を振り切って彼と距離をとろうとした。でも、八畳にベッドとローテーブル、テレビ台でいっぱいの部屋は狭すぎて身動きがとれない。むしろ後ろからのし掛かるようにして貧乏神が私の肩を重くする。整えられていないもっさりした髪の毛が『リング』の貞子みたいに垂れ下がる。


「えぇ……いいじゃん、あったかいんだよねコレ。服なんてひとつあれば足りるでしょ。昔はみんな下着も一枚か二枚だったんだから」

「何時代の話よ、今は令和! ねぇ重いからどいて、よ」

「やだよ……最近ボク、からだが重いんだよね……年末近いからかな、調子悪い」


 私の肩にだらりと乗っけるその顔が確かに青い気がして、私は少し心配になる。ほんの少しだけ。


「実体化やめたらいいじゃない。わざわざ出てくることないのに」

「うん、まぁね」


 ぐりっと彼が肩に顔を擦りつけるので、私はバランスを崩しそうになる。何だか本当の病人のようで、私はされるまま背負ったようにして、よたよたベッドに連れて行ってあげた。

 ごろりと寝転がった貧乏神は私の枕を抱えて「あーだるいー」とか言っている。私のベッドで枕なのに……。


 コイツには何言っても仕方ない……


 ハァ、とあきらめのため息を吐き出しつつ、私はローテーブルの前に座り直した。仕事を持ち帰ってきているのだ。神様――あまつさえ御利益のない相手を構っている時間はない。資料を捲りながらPCに文字を打ち込んでいく。


「ねぇ、最近そればっかりやってるけど……なんで?」

「それって何?」

「なんか、テレビみたいなのに字がでてくるやつ?」


 あぁPCのことか、と分かって「仕事だよ」と答えた。


「お金ないから、できるだけ査定が上がるように頑張ってんの」

「それやると、お金になるの?」

「たぶんね」


 元は残業でやっていた作業を家に持ち込むことにしたのは、家の外にいるとトラブルに巻き込まれると分かってきたからだ。貧乏神が来てから、財布やなけなしの現金を落とすのは日常で、服が汚れて着られなくなったりスマホや会社のPCが不具合を起こしたりする。

 結果、外にいればいるほどお金がかかるのだ。

 それに気づくまで、貧乏神のいる家になんて絶対に帰りたくなくて、友達の家や仲良くなった男の人の家に転がり込んだりしていた。でもケンカになったり追い出されたり――すごすごと家に戻ると笑顔でコイツが待っているループ。耐えられなくて、荒れた時期もあった。比例するようにお金は減った。


 ――それで秋までは「貧乏神が何だってのよ!」と、反発してたけど、貯蓄の桁が遂に七桁を切って考えを改めた。

 ネットの厄年解説にも必ず書いてあるのだ。


『いつもより慎重に生活しましょう』

 使った分は戻って来ない。減らないようにしなければ、本当に困る日が来る。


 そう観念した私は、定時で帰り仕事を持ち帰ることに決めたのだ。これが意外にうまくいっている。それに貧乏神には内緒だけど、現金を持ち歩かず全てキャッシュレス決済に変えたら、お金のトラブルも減った。

 さすがの神様も、銀行口座の数字まで操作できないらしい。


 このまま大人しくしていれば、厄が終わればきっと……。貧乏神とは縁が切れる……


 ふぅん、と眠たそうな声が返事をしたっきり貧乏神が黙ったので、私は作業に集中した。



(了)


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お題小説『「青い鳥が羽ばたいて消えた」から始まり「だから君がいい」で終わる物語』

https://novelup.plus/story/342572125

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