12/12 赤い雫【白と黒】
今日も雨が降る。雪ではなく、雨が。
生まれた村では冬は雪が降ったから、どこの村でも町でも同じだと思っていた。でもこの村では違うのだと、知った。部屋に飾った花も細々と咲き続けて、私の生きる意味を与え続ける。
青みがかった曇天の雫が窓を叩いた。
降ったりやんだりを繰り返す夜、あの男は決して帰ってこない。降りやまない強さが夜を支配するほどでなければ――。
稲妻が走って、居間が白く照らされた。追って轟音が村を揺らす。
それでようやく私は窓から離れた。
彼はきっと今夜、外套のまま夜に濡れて、血に濡れて帰ってくる。
きっと、帰ってくる。
◇
どうして、雨の日?
私は一度、彼に尋ねた。ここに来たばかりの何度目かの雨の日。
帰ってきた彼に何の構いもなく、窓の下に寄り掛かり脚を投げ出して。与えられた服を一枚着ただけ、何日も水を浴びてない顔で。
彼は私の言いたいことが分かったようだった。
「そう決めている」
感慨のない瞳が私を見下ろした。
広い帽子のつばから水滴が落ちて、床を濡らした。真っ黒な長い髪からも外套からも雨は滴った。彼が帽子を外した瞬間、その飛沫が私まで飛んできた。服はかすか、赤く染みた。
「お前もそうだろう」
私は意味が分からず、私は彼を見詰め返した。
「生きると決めたのだろう」
彼の指は私の足元を指した。枯れ果てた
そして外套の中から小さな鉢を出し、私の足元に置いた。
「枯らすな。俺がお前の仇を殺すまでは」
白い花弁が赤い雫を受け止めた。
かすかな物音に私はうたた寝から寝覚めた。目を瞬いている間に、重く湿った足音が居間を通り過ぎていった。
返り血が酷い日はまっすぐ水屋へ行くのだ、今夜はたくさん殺してきたのだろう。
あれから私はそれなりに暮らすようになった。帰ってくる家主をもてなそうと思うほどには。
残り火を熾し、スープを温めパンを火であぶった。拙い味だけど生きるには充分の糧。
「お前の村を焼いた残党を、見つけた」
盆にスープがこぼれた。驚きに私は振り返る。
轟く雷鳴――。
白く縁取られた逆光は男の影。
「盗賊業は順調らしい」
震える手で盆を持った。コトコトと木匙が音を立てるほど、私の鼓動は逸る。
また外が光った、彼は近づく。
「さすがに目に余ると、報奨金が掛けられるそうだ」
報奨金? 問い返すと同時、盆を奪われ底の見えない黒が私を覗きこんだ。
「捕らえられ刑に罰せられるのを願うか。それとも、一刻も早く息を止めるのを願うか」
息を止めて――今すぐ!
私は彼の服を掴んだ。冷えたスープの飛沫が散って、私の頬を掠めた。
あなたが私を生かしたんでしょう!?
意味を為さない唸り声はかき消され、雷鳴が私の叫びに代わる。
一刻も早く、あなたが――!
「うぅぁぁ」と声が出て、私はずるりと彼の足元に座り込んだ。
彼はしばらく私をただ見下ろし、「明日の内に出る」と言った。
そしてそれから私は何度、雨の夜を待ったか知れない。
◇
彼はきっと今夜、外套のまま夜に濡れて、血に濡れて帰ってくる。
――きっと、帰ってくる。
(了)
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『白い花、黒い外套』
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