12/15 おやすみ【引きこもりより金と銀】

 なぁ、もう寝てんの?

 狭い寝台がギィと音を立てた。

 なぁ、ジーン。

 密やかなけれど有無を言わせぬ調子で、レオンは彼の髪をすくって口づけた。ジーンはそれについ耐えきれず、「ぅぁ……」と声を漏らした。背後で笑みを深めた気配――。

 ジーンは魔術師だ。魔力の通う体の部位ならば、どんな場所でも感覚は明瞭。特に月光の祝福を織込んだようなその髪は、毛先まで強い魔力を宿している。それを知ってレオンはわざと髪に口づけるのだ。

「やめてください。明日の出立も早い……僕は貴方みたいな体力お化けじゃないんです」

「別に腰が立たないなら、俺が運んでやるぞ?」

「バカも休み休み言え」

 えぇなんで怒る? と、レオンはその厚い胸板をジーンの背に押し付けた。触れた体温の高さに震えかけたのを抑え、ジーンは「寝ましょう」と頑なに離れようとした。

「やだ」

 今夜の宿は不運にも一部屋しかとれず、彼らは同衾する羽目になっている。そうでなくても同衾したがるレオンを振り切ろうとジーンは頭を悩ませているのだが、部屋がなければ仕方がなかった。逃げられるはずも、力の差で抵抗できるはずもない。

「なぁ、ジーン」

 今度はすり、と頭に鼻先が押し付けられ、名を呼ばれる。ついでに腕もジーンの首と枕の隙間から入り込み、気づけばそれは少々雑な抱擁の形。

「だめです、寝ます」

 ジーンは不穏にまさぐり始めた無骨な手を、懸命に払いのけながら拒否した。声はいつになく厳しく響き、さすがのレオンも動きを止めた。

「ホントに寝るのか」

「寝ますってば!」

「どうしても?」

「どうしてもです。明日の宿はこのままでは野宿でしょうから、僕は消耗するでしょう?」

 そっか、と服を捲りかけていた手が撤退し始める。

 レオンのペースに合わせていた旅の序盤、ジーンが熱を出して予定が大幅に狂ったことは未だ記憶に新しい。さすがのレオンもこれ以上の遅延はまずいと思っているようだ。

 とはいえ、ジーンは僅かに離れた体に少しの寂しさを禁じ得ず、小さなため息をこぼした。レオンの体はどこもかしこも熱く、少しくっついただけですぐに熱が移される。相性がいいのも色々と支障があるものだ。


 ――魔力枯渇の緊急事態だったといえ、長い旅の随伴者と親密な口づけを行ったのは軽率だった。特にレオン相手には、とジーンは深く反省していた。身が持たない。

 だから「ジーン」と甘えた声がしてするり、と指先が名残惜しそうに脇腹を撫でたのにも平静を装い、目を瞑った。

「いい加減にして下さい。おやす……ぁ、ちょ、」

「ジーンがおやすみって言い切ったら俺も寝る」

「は……なにを……やめっ」

 離れたはずの熱は、再び彼を後ろから覆った。

「あぁ髪は……ぁ」

「ほらジーン『おやすみ』だろ?」

 口づけは髪にも項にも、捲り上げた背にも好きに落とされ、彼は『おやすみ』どころか意味のある言葉も言えなくなる。

「早く言えよ、ジーン」「なぁまだ寝ないの?」と繰り返す愉しげな舌先が、ジーンの肌を濡らして彼の背は何度も反った。



(了)


 ──────────────────────

で、朝になる。


『引きこもり令嬢と結婚する方法』より

 https://kakuyomu.jp/works/16816700426929071512

 おやすみ辞典

『金の騎士と銀の魔術師』続巻から、比較的ぬるい箇所を引用

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