12/18 ダグ【エト】
雪の合間、俺はロウの様子を見に行く。もう食料もなくなる頃だ。
(全く手がかかるよなぁ)
まるで子ども。それがロウと初めて会ったときの印象で、少しはマシになった今でも手がかかることには変わりない。
(寒ぃ……霧が出そうだ、急がねぇと)
百年前、毒を含む霧が立つようになって、人間の一生は群れる虫みたいな生活になった。どこに行っても
楽しいことなんかない。昼間だって夜だって、警報が聞こえれば狭い部屋に籠もるしかない。何処にも行けない、生まれたところで死ぬだけ。
――だけどロウは
文句はない、そのお陰で俺もアイツも食いっぱぐれなくて済む金が持てる。
正直金なんてもんも価値があるのかどうか怪しい世の中――でもアイツの絵は高く売れる。
(ちゃんとシャワー浴びてっかなぁ……)
ロウは汚いし臭い。生活能力がないのだ。
特に今年の夏は酷かった。生きてるのか死んでるのか分からないときもあった。排気もぶっ壊れてるのか、外から解錠した瞬間にうっかり吸い込んで嘔吐いたときもある。
髭も髪も伸び放題で、俺とそう変わらない年のはずなのに年寄りに見える。
(生きてりゃいいけど)
雪の薄く積もる先、シェルターの赤い扉が見えた。
***
「俺はダグってんだ。あんたの絵は上手いって聞いたぜ」
「……紙がもうない」
ロウは『腕はいいが偏屈』と聞いていた通りの男だった。
――商売を持ち掛けようと初めてシェルターに訪ねたものの、一度はその面倒な性質に呆れた。言葉も栄養も足りてない。
仲介屋は必要か、という問いにもはっきりしない。
「紙なんてあんなすぐダメになるもの、この辺にある訳ねぇだろ」
「なら書けない。帰ってくれ」
「言われなくてもな!」
でもやっぱり気になって、隣の隣のデカいビル群まで行った。
俺のひと月分の売り上げを使って小さなカンヴァスを手に入れた。そこの仕入屋と話をつけて依頼も紹介してくれと頼んだ。一日掛かるから来るだけで命懸けなのに。
布を使うカンヴァスは高価だったから絵の値段も上がったが、需要はあった。「写真は無理でも絵なら欲しい」「言い値で払う」そう考える奴は腐るほどいた。
その内にカンヴァスだけでなく珍しい絵の具も手に入るようになった。
ロウの絵は評判になっていく。まるで写真のように上手い、と。
***
俺は凍りかけた赤い扉に力を込めた。重たく軋む音が響いて、お馴染みの匂いが俺の顔をくしゃくしゃにした。
「おぉい、ロウ! なんだ寝てんのか?」
冬の陽光がロウのベッドまで差した。横たわるアイツの顔が眩しげに歪んだのが見えて、俺はホッとした。遠慮なく中へ入ると、怠そうに起き上がる。一応、歓迎する気はあるようだ。
俺は鼻を摘まみつつ、
(すごい)
今にも体が揺れて、カンヴァスの中で踊り出しそうに見えた。
目の前の一瞬を切り取ったかのような、
そう、まるで――。
(……生きてる、みたいだ)
微笑んでいた。
ぶかぶかのワンピースを着た、痩せっぽちの少女。
「いいな……元気そうだ」
「あぁ」
「良い出来だ。ここに飾っとけよ、ロウ」
返事はない。でも答えは分かっていた。
俺たちはしばらく一緒に少女を眺めた。すぐに売れちまうだろう、目に焼きつける。
「依頼のやつはそっちにある」
「どれどれ。おぉこっちもいいじゃねぇか! この曲線美」
「全部持ってってくれ……眠い」
すぐに寝入ってしまったロウをそのままに、俺は食料を運び込んだ。依頼の写真と、カンヴァスも多めに。
これでまたふた月は持つはずだ。
「じゃあな。また春に来るぜ」
依頼の絵を荷台に、彼女の絵は助手席に乗せた。
高値がつくと思った。写真なんかよりも、ずっと。
俺はまた重い扉を閉め、外から施錠した。
――決して霧が入らないように。
(夜になっちまう、急げ)
恐ろしいほど冴え渡る青が紫に深まる狭間。
小さな星が光った。
(了)
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シャワー浴びろって言うの忘れた
『エトの見た星』
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