12/17 新入社員×課長【ジャスティス】

 タマキくんとヨシダくんの恋を見届けて半年。もうあんなデバガメをすることはないと思っていた。すっかり見かけることのなくなった二人の幸せを胸に生きていたのに――。


「山田、ここ数字間違ってる」

「あ、すっすみません!」

「気をつけろ。研修期間は過ぎたんだ、仕事に責任持て」


「はいっ、すぐ直します!」怒られても元気な新入社員の山田くんを、みんなが温かい目で迎える。彼は無邪気で陽キャで、うちの部署のアイドル。

「気にすんなよ」「どこ間違ったの……あぁ最初はみんな間違うのよね」ショタ系なのでお姉様方からの支持も厚い。男性職員も部活の後輩みたいだと可愛がっている。


「いえ、ミスはミスですから。課長のお叱りは当然です……でも、ありがとうございます!」


 みんなが山田くんを愛でている間、私はこっそり課長を観察する。


(かっ課長の耳が赤く……! しゃべれて嬉しかったんだね! 良かったね課長!!)


 私は半年前、タマキくんとヨシダくんという男子たちの恋を見守る背景モブだった。二人が外で会うときは必ず鉢合わせるという厄介で尊い役割を担った。不思議なことにどんなに近づいても顔は認識されず、安心してデバガ……応援することができたのだ。


 そして今度は――難波課長と新入社員の山田くんのモブ化している。同僚なのでモブと言っていいかは謎だけど、三十年間鍛えた腐女子としての表情筋の誇りに懸けて、今のところ誰にもバレていない。もちろん、当事者たちにも。


(ハッ! 山田くんの口の端がニヤついてる。ヤバっこれ後で課長がおしおきされちゃうやつじゃないの!?)


 キーボードを打ちながら斜め前の山田くんをチラ見する。すると今度は課長に動きが。


(あ、席を立った。トイレかな)


 ついっと部署を出て行った課長の気配を感じていると、隣の先輩から話し掛けられる。


「ねぇ、ごめん。これ総務課に持ってってくれない? 取引先から電話待っててさ」

「あ……うん、分かりました」


(……なるほど。これから『逢瀬』か)


 封書を抱えつつ、立ち聞きのための心の準備をする。すぅーはぁーと深呼吸しながらとりあえず総務課へ。


(仲直りイベントか……それともおしおきか)


 ――昨日の資料室での逢瀬には震えた。

 課長(40)を手玉にとる山田(25)くんの腹黒小悪魔ぶりに。そして課長のピュアァに……! いやまさか退勤後は食べ放題と噂される課長も、新入社員に転がされるとは思ってなかったよね。


(元はただの上司部下だったのに、残業がきっかけで距離が近づいて……)


 課長がちょっと弱音を吐いた瞬間――ロックオン。からの形勢逆転。(もちろん影で見ていた) 

 

 それで昨日は山田くんが闇深い冗談を言ってしまって課長が逃亡。ケンカ状態と捉えるのが自然ではあるけど。

 (もちろん)聞いてしまった、山田くんの漏らした呟きを。


「なにあの赤い顔。……かわよ」


 ――合掌ジーザス……!


 叫び出しそうになったけど、山田くんは課長を追いかけるようにして出て行ったので事無きを得た。


 そのあと通りかかった休憩室の隅。外の景色を眺めてるふうの課長の耳は、真っ赤で。


 ぶっ刺さるジャスティス……!


 手にしていた資料をぶちまけたけど、課長から気づかれることはなかった。

 でも少し心配なのだ。私、大丈夫か? 

 仕事もモブ役もなんて知力体力……まぁ腐力は無限だけどさ。

 さすがに同じ職場じゃ、っって、あぁぁぁぁ!!


「課長が『すぐ』って言ったからすぐ持ってきたんですよ……? くすくす、なんで後退るんですかぁ?」


(山田くんの反撃が始まってるタァァァン!!!! 課長、あぁそんな陥落寸前のネコ顔ォォォ!!!!)



 ――こうして今日も、私は推しの幸せを願いつつ楽しく生きるのだった。



(了)


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『推しの尊み モブのジャスティス』

 https://kakuyomu.jp/works/16816927862378848244/episodes/16817139554541679577

 板野かも さん主催 『#新匿名短編コンテスト・再会編』に寄稿したものです

 https://kakuyomu.jp/works/16816927862378848244

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