小説家になりたい男

みちづきシモン

小説家になりたい男

 小説家。皆さんはこの職業の事をどう思っているだろうか?

 小難しい本を書く者。壮大なファンタジーを描く者。時代や歴史を紡ぐ者。難解な謎に挑む作品を書く者。子供に読み聞かせるために書く者。自分の人生を書く者。

 色んな小説家がいるが、どれも文章に長けている者がなると思うのではないだろうか? だが、最近では簡単にアマチュア作家になれる、無料で読める事から昔より多くの人に目指す対象として見られているのではないだろうか?

 文章が書ければなれる。だがそれだけ飽和状態の中で、プロ作家になれるのは一部の者のみ。そんな現状が時々SNSに負の連鎖として流れている。ここから先の話はフィクションだが、それでも有り得た未来だろう。覚悟して読んで欲しい。そして、そうならないための努力を忘れてはいけない。では、始めよう。一人の青年の話を。


 俺は高校を卒業後、大学に落ちて就職した。高卒で入れる会社なんて限られてる。勿論大卒ならいいというわけではないが、資格も何も無く入社した先は所謂ブラック。サービス残業お手の物、早めに来て遅くに帰る、なのに給料は最低賃金と残業手当が法に触れないようにある程度。いつも疲れて帰って、食欲だけはあるのでとにかく食べる。

 そんな日が続いてもなにも気にしなかったが、昔から夢見ていた職業がある。小説家だ。俺は高校卒業までは国語の成績が良く、本も好きだったので文章で食っていきたいと思っていた。

 本当は漫画家でも良かったんだが、如何せん俺には絵心がなかった。絵なら簡単に伝えれるのにとどれだけ思ったか。それがどれだけ大変な作業かも思い知った後には何も残らない。せめて文字ならと自分の世界を綴る。流行りの物を書くことは出来なかった。というかあまり肌に合わないというか、それを書いて一体何になるのか? と思ってしまう。

 仕事は忙しい。だが、自分の世界に浸っている間は楽に思えた。少ない時間で書く、それが苦痛だった。誰かに養ってもらってる間はいいが、自分の力で生きなければならない今はそれどころじゃなかった。

 苦しい。そう思い始めたのは、三十歳を超えた頃。今のブラック企業にいながら小説を書くには、時間があまりにも足りなさすぎた。相談する人もいない。弱みすら言える人がいなかった。友達に小説を書いてることを伝えると、応援はしてくれる。だが、皆返事が曖昧だ。やはり「努力」が足りないのだろう。時間だけが過ぎていくのが辛かった。

 賞にも受賞しない。投稿サイトに投稿し、SNSを利用してもほとんど読まれることはなかった。必死で宣伝した。だがあまり読まれない。

 俺はこのまま一生を終えるのか。そう思った時、涙が溢れた。酒に酔い潰れた。いつまでこんなところにいるつもりだ? 辞めてやる、そう思った。

 本格的に小説家になりたいと願ったのだ。もっと勉強したかった。どうすればなれるのかも分からずにただ流れるままにいるのが悔しかった。

 読書量も執筆量も足りない。時間が足りないのだ。もっと時間が欲しい。そう思い、今の仕事を辞めようと決意した。

 その思いを止めたのは両親だった。今の職場は確かに大変かもしれない、だけど辞めてしまっては生活費がなくなってしまう。今の両親に俺を養うだけの余裕はない。世の中っていうのは厳しいもんだ。どこもお金がなくなる。俺は辞めるわけにはいかなくなってしまった。

「大丈夫、続けてれば成るように成るよ」

 両親はそう言うが、苦しい事には変わりなかった。友達は一縷の砂を掴むようなものだから、中々上手くいかないものだよと言っていた。どうしても歯がゆい、俺を抜け出させてくれるのは小説家という職業だけだと妄信的になっていた。実際そうだろう。勿論小説というより、本を出すという意味で、作家という広い範囲に目を向けるべきだ。

 俺は本を出したかった。売れたかった。生きていくのに、本を出すという名目が欲しかった。甘い考えかもしれない、今よりもっと苦しいかもしれない、それでも俺は夢を追いかけた。いつもいつも時間が足りない。賞を取れば、本を出せるかもしれない。でも狭き道に嵌る気がしなかった。悔しい、悔しい、悔しい! なんで俺はこんなに駄目なんだ。

 いつもいつもこれで受賞しなかったら諦めて別の道を探そう、そう思っていた。だが、物語がいつもいつも思い浮かんでは消え、書かなくては思ってしまうのだ。

 流行りの物語を書ければ人気は出るかもしれない。寧ろ本を書いて生活していくなら、そういうものも大切だ。だが、ありきたり過ぎて、どうにも筆が進まない。自分らしさの本を書くこと、それがどれだけ大変か……、打ちのめされていた。

 読む量も徐々に減ってくる。読まなくてはいけないと思っていても時間がそれを許さない。書く量も減ってくる時間があまりにも足りない。

 どうしたらいい? どうしたらこの現実を変えられる? 思い悩んだ。いつだって自信作を出していた。いつだって……、いつだって諦めずに働いた。

 働いても働いてもプラスにならない人生を、どうしたらいい? 俺はどうすれば現実を変えられる?

 四十歳を超えた時、何かが弾けんとんだ。俺はいつだって言っていた、六十歳を超えても、七十歳を超えても、例え八十歳になろうとも、幸せな生活を掴んでやる、成功してやると。

 だが、先の見えない真っ暗闇に足を突っ込んでいると感じた時、どうにもならない感覚に陥って、川に飛び込んだ。遺書には、

「書きたい。書けない。許される時間が無いなら、命など捨ててやる」

 こう書き込んだ。流されるままに来たんだ、もう流されきってもいいだろう? だが、俺は幸いなことと言うべきか? 命が助かった。俺は救助されて目を覚ました時、両親の顔を見て泣いた。両親は、何でこんなことをしたんだと嘆いていた。俺は、俺は、

「俺だって本当は死にたくないし、死のうとしたくないんだ! でも、俺はもうどうしたらいいかわからないんだ!」

 それが俺の叫びだった。結果として両親は俺を扶養家族とし、会社を辞めさせてくれて、療養するように言ってくれた。俺は精神科に通院し、なんとか社会復帰に向けて動き出した。

 小説家になれる日が来るだろうか? もしかすると来ないかもしれない。でもいつかどこかで本になると信じて、今も執筆を続けている。書かなければ、なれるわけがないからだ。

 比較的生活は楽になったが、今もお金の足りない生活を両親と続けている。執筆という孤独な戦いを望んでしまった以上、もう避けられない。「死」すら許してもらえないなら、成功するまで書き続けるだけだ。

 バイトを始め、無理のない程度に働きつつ、小説を書いている。今も少しずつ読まれる中で、本にはならないだろうかと苦しみ続けている。だが今は、「時間」がある。それだけでも救いになったと言えるだろう。今は思う。生きよう、と。頭の中に生まれ続ける物語を、データという名の海に流して。

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