第4話 魔法少女に変身して撃退! 生徒会長の願いは……え? 私と百合百合するってなに?

 近くの教室に隠れて、黒茨くろいばらの少女をやり過ごす。

『どこにいった……!? 出てきなさいっ!?』

 壁や窓を叩き壊すような派手な音が響いてくる。見つかるのも時間の問題か。


 リユさんは壁に背を預け、座り込んでいる。逃げ回ったせいで激しくなった呼吸を、ゆっくりと整えていた。

 彼女の顔の高さに合わせて、蝶の羽を羽ばたかせながら浮遊する私。今更ながら、人に蝶の羽が付いたような姿で飛べるのが不思議だ。いくら小さいからって飛べるものだろうか。使い魔って凄いなー。役には立ってないけど。


 手で汗を拭い、リユさんが顔を上げる。

「それで、魔法少女になるにはどうすればいいんですか?」

「これを使います」

 妖精サイズの小さな両手を掲げて、小さく念じる。むむむー。

 すると、ポンッと軽快な音を立て、ダイヤに似た輝きを放つ花のつぼみを模した宝石の指輪が出現した。


 お母さんに教わった魔法だ。遠くの物を呼び出せるとかなんとか。魔法すげーと思うけど、この指輪、学園内に置き去りにされている私のバックの中にあったものだ。実際には、そこまで遠くなかったりする。便利だけど。

 ちっこい手で指輪を渡すと、輝きに魅入られたように指先で摘み、宝石を眺めている。


「これで、魔法少女になれるの?」

「えぇっと……たぶん?」

「自信ないんですね」

 苦笑される。だって仕方ないじゃないか。お母さんに説明されただけで、実際に変身したところなんて見たことないし。


『リユ様……! どこにっ、どこに……!!』

 とはいえ、今更出来ませんとも言えない。破壊音はすぐそこまで迫っていて、間もなく黒茨くろいばらの少女と対峙することになるのだから。


 リユさんは指輪を右手の薬指にはめる。

「ここからどうすればいいんですか?」

「指輪に向けて強く念じて。あなたの願いを」

「願い?」

「そう!」

 蕾を模した宝石は、その実、本物の花の蕾だ。契約者の強い感情によって花が咲き、魔法少女としての力を与える。自然界には存在しない、魔法によって生まれた不思議な花。

「あなたの願いが、魔法の花を咲かせる……はず!」

「最後まで憶測なんですね」


 おかしそうに笑うリユさんは、目を閉じると指輪の蕾を唇に触れさせる。

「私の願い……それは――」

 

 深く、己の心と向き合うような姿。

 その真剣な表情に一瞬見惚れていると、教室のドアが吹き飛んだ。

「見つけたわぁ……今度は絶対に逃さないっ!」

 まだ変身できてないのにぃ!

 どろりと狂気を宿した瞳が、私とリユさんを捕らえる。ゆらりと、茨の先端が私たちに向けられ、私は血の気が引く。


(リユさんはまだ目を閉じたままだし……あぁもう!)

 しょうがない。

 私はリユさんと黒茨の少女の間に飛ぶと、両手を広げて立ち塞がる。

 壁というには小さすぎるが、やらないよりマシだろう。


「リユ様にたかる虫……穴だらけにしてあげる」

「うぇっ……めっちゃやだぁ」

 正直、逃げ出したい。

 けど、これが魔法少女に関することならば、私が巻き込んだとも言えなくはない。そのつもりは全くないし、そもそも私自身が巻き込まれているようなものだけど。


 だからといって、私以上に関係ないはずなのに、魔法少女になんてわけわかんないモノになる決意をしてくれて、今も頑張ってくれているのだ。私一人逃げるわけにはいかない。

「そう簡単に捕まえられると思わないでね!

 ハエみたいにぶんぶん逃げ回ってやる!

 ……でも、見逃してくれるなら嬉しいなぁって」

「死んで」

 私の命乞いなんて通じるわけもなく。

 真っ黒な茨の群れが私目掛けて殺到する。月光に輝く、無数の棘。アイアン・メイデンに閉じ込められる気持ちが今ならわかりそうだ……。


 なんて、人生最後に思うことにしては、くだらないことを考えていると、

「――ありがとう、小さな妖精さん」

 耳元で囁くような声。

 同時に、眼前まで迫っていた黒い茨がバラバラに切り裂かれた。


「なに……っ!?」

 驚愕する黒茨の少女。

 同じように驚き、目を見開く私の眼の前には、赤いフードを被り、ドレスを纏う少女が月光に照らされていた。手には背丈ほどもある大きな金色のはさみを持ち佇んでいる。

 まるでおとぎ話から飛び出してきたような姿だ。


「なんでなんでなんでっ! 私を拒絶するんですか……!? 私はこんなにもあなたのことを愛しているのに!?」

 茨が切られ、出で立ちの変わったリユさんに慄く黒茨の少女。再び茨を出現させると、感情のままに赤いフードの少女へと差し向ける。


 集う茨に、リユさんは恐れる様子もなく、自ら茨に向けて駆け出す。

「ひっ……!?」

 悲鳴のような声を上げ、少女は後ずさる。

「来ないで!?」

 自らを守るように、がむしゃらに茨を生み出しては全てを拒絶するように周囲の物を薙ぎ払う。


 荒れ狂う茨の嵐の中、金色こんじきの鋏をクルクルと回し、まるで身体の一部のように巧みに操る。殺到する茨を次々に切断し、障害などないように黒茨の少女へと飛ぶように走る。

 黒茨の少女を囲う茨の檻を鋏で断ち、閉じた刃のきっさきを少女の喉元へと突きつけた。

「いやぁ……どうして、わたしは、わたしは……」

「ごめんね」

 泣き崩れる少女に、リユさんが謝る。

 刹那、

「なにして……!?」

 ――金色の鋏を黒茨の少女の胸へと突き刺した。


 目を剥く私の前で、少女がリユさんに倒れ込む。

「リユ、様……」

 涙で濡れた瞳をゆるやかに閉じ、眠るように少女は瞼を閉じた。

 少女を抱きとめたリユさんは、物悲しそうに意識のない少女を見下ろしている。

 リユさんは丁寧に少女を寝かせると、刀を鞘から抜くように、ゆっくりと鋏を刃を少女の胸元から引き抜いた。


 言葉を失くし、呆然と見つめるしかなかった私は、この時ようやく意識を取り戻し、リユさんに詰め寄る。

「い、いくら殺されかかったからって、なにも殺す必要は……!」

「? 生きてますよ」

「……なんて?」

 目をパチクリさせてキョトンっとするリユさん。

 え? いや、生きてるって、明らかに刺してたし……。


 半信半疑で寝かされた少女を確認すると、小さく胸が上下していた。しかも、先程鋏の刃が刺さっていたであろう胸に傷跡はない。どころか、服にすら穴一つ空いていなかった。

 えー。なして。

 驚きすぎて、もはや言葉もない。呆けるばかりの私に、リユさんが鋏を突きつけてきてビックリした。


「な、なにっ?」

「こうすることで、彼女に宿っていた元凶を抜き出せるって、なんとなくわかったので」

 突きつけられた鋏の先端には、一輪の花が淡く輝いていた。

「……ハートブルーム」

 人の心を苗床に育つ花。

 集めると願いが叶うと言われる、不思議なモノ。


 私はその一輪を鋏から抜き取る。

 不思議なことに花に傷はなく、私の手の中で淡く輝き続けている。

 これが集まれば、私は元に戻れるんだ……。

 呆然とする私に、リユさんがクスクスと笑う。


「ど、どうしたの?」

「いえ。私を魔法少女に誘ったわりに、なんにも知らないんだなーって、おかしくなっちゃって」

「それはそのー……ごめんなさい。使い魔なりたてなもので」

 なんだか気恥ずかしい。この羞恥心は良くないものだ。

 目を合わせられず、視線を逸らしていると、リユさんが両手をお椀の形にして、私を下から持ち上げる。


「私も魔法少女になるのは初めてなの」

「でしょうね」

 ベテラン魔法少女と言われても反応に困る。

 私と目線を合わせた赤ずきんのような姿に変身したリユさんは、ニッコリと笑う。

「初めて同士、これから宜しくね?

 私の使い魔さん」

 その表情は、黒茨の少女が惚れてしまうのも理解できるほどに、同性でも見惚れてしまうような可憐な笑顔だった。



 ■■


 学校を後にした私は、リユさんに連れられ彼女の住むマンションを訪れていた。

 この辺では2つの意味でもっとも高い、高級高層マンション。

「……夜景きれぇ」

 壁面全てガラス張り。街全体が一望できる部屋で、現実逃避気味に外を眺めていた。


 お嬢様学園の生徒会長を務めるぐらいだからお金持ちだとは思っていたけど、私の貧弱な想像力を軽く超える豪邸だった。しかも、一室どころか、フロア全部リユさんの持ち物とかもはや意味不明。しかも、最上階……。


 そんな想像を超えるお金持ちのリユさんは、絶賛シャワー中。

 走り回って汗をかいたから、流してしまいたいのだそうだ。

「実際、大変だったからなぁ……」

 明らかに説明不足なお母さんは後で問い詰めるとして。


 まずは、リユさんと情報のすり合わせを行う。

 魔法少女になったことで、ハートブルームの回収方法とかを理解しているみたいだし、他にもそういった知識があるかもしれない。


 それに、宜しくとは言ったけど、リユさんが魔法少女を続けてくれるかもわからないし。

 あくまで、黒茨の少女の暴走を止めるため、一時的な契約を結んだにすぎない。あんな危ない目にあって、これからも魔法少女として私と戦ってくれるかはわからなかった。

 もし、私だったら絶対嫌だし。怖いもの。


 私みたいな臆病者じゃないといいなぁ。

 そう思っていると、脱衣所の扉が開く音がした。どうやら、出てきたらしい。

 頑張って説得しよう。両拳を握り、決意を抱く。ここはメリット願い事が叶うを中心に説明してやる気にさせるのがいいだろう。

 一つ頷き、まずは牽制のジャブから攻める。


「リユさんってなにか願い事があったり――うへぇ!?」

 振り返って、変な声が出た。

 全裸だった。バスタオルを肩にかけ、水が滴る美しい銀髪。水を弾く白い肌は、工芸品のように作り物めいた美しさがあった。


 けれど、私が驚いたのは裸だったからじゃない。いや、裸にも十分驚いているけど。

 問題なのは、ぺたんとした胸。膨らみなど僅かもない。正に板のように真っ平ら。ただ、そこまでならば、無乳で収まる範囲だ。ただ、そのまま視線を下ろすと、生えているのだ。棒が。まず女性には生えない男性の象徴が。


 ど、どどど、どういうこと!? え!? 生徒会長が男!? お嬢様学校で最も美しいとされる高嶺の花が……男!? え、ちょ……意味がわからないんですけど。だって、魔法少女、えぇ……。

 鯉のように口をパクパクさせて、息も絶え絶え。声すら出せずにいると、リユさんが微笑みながら言う。


「私、女になりたいんです」

 頬に手を添え、告白するように頬を赤らめる。 

「――ユミルさんと百合百合するために」


 私……と?

 もはや脳が理解するのを拒否していた。

 ただただ逃げたいと本能が訴えているが、それも叶わない。なぜなら、私が元に戻るためには、リユの協力が必要だからだ。けれど、彼女(?)の願いは女になって私と百合百合することで……。行くも地獄、戻るも地獄。

 己の運のなさを、この日初めて呪った。




========

短編完結!

魔法少女モノを書いてみたかったので挑戦してみたのですが、

おいおいお前少女って言葉の意味わかってる? という結末に。


私の中で男の娘も少女も似たようなものだから。

人気投票で1位掻っ攫う子もいるし。男の娘はかわいい。


また、なにか思いついたら短編書くので、その時は宜しくお願いします!

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魔法少女の使い魔にさせられた私。元の身体に戻るため、お嬢様学園で憧れの的であるお姉様と契約したはずだったのに、実は男で、私と百合百合するため女になりたいそうです。 ななよ廻る @nanayoMeguru

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