16.浅田という男

雨親神社に到着すると邦継はこれからのことを伝えた。




「ドロシー」




「何?」




「俺はこの後、バイトがある」




「知っているわよ。それがどうしたの?」




「……神様は先見とか読心とかできるものだと思い込んでいた……」




「神性が下がっているのだからしかたないじゃない。しかも依代の中にいるのだから必然的に元のステータスよりは劣るわ」




どこか訝しそうにする邦継はためらいながらも開口した。




「バイト先には連れていけないってことだ」




「えええ!じゃあ、どうするのよ!一人で怯えて社務所で待ってろってことかしら?」




元女神は邦継にまくしたてる。




「……俺が帰ってくるまで本殿の中にいてほしい」




「それで?」




「それだけだ」




その言葉にあっけにとられたのか元女神は目と口を大きく開いたまま固まった。




「あそこは境内の中でも一番の聖域なんだ。念のため祓っておくからじっとしていてくれ」




「あなたが帰ってくるまでの数時間、エアコンもテレビもないあそこでかしら?」




「あとでお菓子とかタブレット端末を渡すからそれで我慢してくれ」




文句の絶えない元女神を諌めながら、本殿に押し込み、やや早い時間ではあったが本殿の入り口の木戸を閉めてアルバイト先であるカンファバーへと向かった。




「邦継、あんた何かあったの?」




 邦継がフロアに出ると開口一番、絵麻は彼にそう言葉をかけた。




「いや……なにもないですよ……」




「顔色があんまりよくないっていうか……」




「いや大したことはしてなくて、今日は大学のサークル活動があったからそれでちょっとつかれている……ような気がする」




元女神の存在を悟られないように言葉を選びながら絵麻に応える。




「そう……あまり無理しないでね。フロアで倒られたらそれこそ」




「……そこまで調子悪くない……ですよ」




絵麻は納得したのかその場を後にして、元の仕事に戻った。




午後からの出勤ではあったがゴールデンウイーク中ということもあり帰省や旅行などで客足はそう多くはなかった。




まばらに来る来客に対応していると外はとっぷりと暮れていた。




「邦継、夜用にメニュー、変えておいて」




「はいはい」




「……いつも通りね……心配して損した」




ナイトメニューに差し替えていると浅田が現れた。




「おう、邦継。お疲れさん。いつもの頂戴」




「いらっしゃいませ。カウンター席一名様、生ビールとナッツ、お願いします」




「はーい、浅田さん、いらっしゃい」




「お疲れさん、お互い連休中にご苦労だな」




「本当にね。いつものお客さんもいるし東京に観光に来るお客さんもいるから連休中、閉めるのも悪いしね」




「おっさんの相手してくれんのはキャバクラとここのメンツだけだよ」




話しながらも作業をする絵麻はすぐさま浅田が注文したものをカウンター越しに配膳した。


「はい。どうぞ」




「お!サンキュー。……ここのビールはいつ来てもうまいな……」




「どこも同じよ」




他愛無い会話をしている浅田がフロアで作業をしている邦継に目をやる。




「邦継……元気か?」




「この間、あったばっかじゃないですか?変わらないですよ」




「そうか?……今日は静かじゃねーか」




「……酒が回るにしては早いですね?浅田さんの方が疲れているんじゃないですか?」




「その軽口を叩けるうちは心配ないな」




はっはっはっと豪快に笑った。




ナイトメニューに差し替えた邦継はカウンターに向かった。




「そういえば最近、春日井さんの姿を見てないっすね」




「ああ、四つ木の方で大捕り物があったろ?そのせいでごたごたしてたんだよ。なんか困りごとか?」




「この頃、顔を見てないなって思っただけです」




「そうか。もう通常業務は再開しているから顔出すように言っておく」




「忙しいのであれば、急かさなくて大丈夫ですよ」




ジョッキに口をつけようとした浅田が止まった。




「……その言い草だとやっぱりなんかあるんじゃねーか?」




浅田は三境会の比較的、荒事に対応する部署に席を置いているため、他者の一挙手一投足に敏感になりやすく、この指摘も的を射ていた。




「そうなのよ。この子最近ちょっと様子がおかしくて……先日だってメモがあったなかったって……」




「あれは本当に見間違いだから……」




浅田はじろっと邦継を一瞥すると気が変わったのか酒を再びあおり始めた。




「……まぁ、そういうときもあるわな。すまなかった。詮索しすぎだな」




「ええ……浅田さん……」




「こういう仕事してると気が抜けねぇけど一般人まで窺い始めたら御役おやく御免だ」




あぶねーと邦継が心の中でささやいているとほかの客が入店してきた。




「いらっしゃいませー」




邦継がこの機を逃さんとばかりに駆け足で来客に対応しに行った。




絵麻は邦継に対する違和感がぬぐい切れない様子だった。








「帰り道、気を付けるのよ」




「もう大学生なので……そういう心配は……」




「弟みたいなものなのだから心配ぐらいするわよ。何かあったら野子さん達に顔向けできない」




「本当に大丈夫だよ。サークルで疲れただけだから」




「そう……」




退勤時間を迎えたため、絵麻に帰る旨を伝えると執拗に心配された邦継だったが内心、元女神を本殿に置きっぱなしにしているため早々に帰宅したい一心だった。

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元女神ですがなにか? 日下部素 @kusakabe_moto

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