第11幕 湖の畔で

昔話に夢中になり、気づけば朝になっていた。

「ぁ…おはよーウィル…」

とろーんとした顔でアリシアが目を覚ます。

「アリシアちゃん湖に着いたわよ」

シエルが優しく話す。


山の間から太陽が覗き、朝日が草原を照らす。

サーカス団の馬車は湖に掛かる桟橋の上で停まっていた。

客車の中ではネルソンが腕を組み、いびきをかいて眠っている。

マイルが静かに客車のドアを開ける。

「リーガル、お疲れさま。交代するから中で休んで」

「おぉ、ありがとうマイル」

リーガルが操縦席から降り、客車に入る。


サーカス団の馬車が休憩のために停まったのは

"リモエイド湖"。

リーガルはマイルと話し合い、予定とは違う道を走って来た。

それは少しでも早くウィルの足の怪我を直すためである。

このリモエイド湖には怪我や病気を回復させる力がある。

3年ほど前、ネルソンが毒蛇に足を噛まれた時。前団長のゴードンがこの場所を教えてくれた。

この湖に浸かると蛇の毒が消え、体調も回復した。

そのことを思い出したリーガルは、この場所を目指すことをマイルに話していた。


アリシアが飼育小屋のカーテンを開ける。

「うわー!綺麗なみずうみー!」

雲が1つもない快晴の空。太陽が湖をシャンパンのようにキラキラ輝かせる。

「近くに行ってもいい?」

「えぇ」

わくわくが止まらないアリシアはシエルに聞いた。

「行こう!ウィル!」

「うん」

アリシアがウィルの手を取る。怪我をした右足を使わないようアリシアの肩を借りる。

飼育小屋から地面に伸びる木製のタラップをアリシアの手を借りゆっくり降りる。

「ゆっくりねウィル」

「ありがとう」

ウィルは申し訳なさそうに礼を言う。

「もう立派に彼女ね!」

シエルがアリシアに目線を合わせ話しかけ、ふふっと笑う。

「…か…かの…っ」

アリシアは顔が真っ赤になってウィルの手を離す。

「ここの湖かぁ…、懐かしいな…」

ウィルが湖を見渡す。

「ゆっくりしている時間は無いわ。ネルソンが起きる前に早く浸かっちゃいなさい」

「ありがとう」


湖へは石の階段が続いている。

アリシアはウィルの手を取りゆっくり降り、湖の畔に着いた。

ウィルはしゃがみ込み足に巻かれた包帯を取る。

ズボンの裾を膝まで捲り両足を湖に浸けた。

「…痛い?」

アリシアが聞く。

「切り傷とかは無いから大丈夫だよ」

ウィルは優しく答えた。

アリシアは湖の水を手で触る。

「ぁ…しゅわしゅわする」

湖に入れた足から気泡が立つ。

35℃ほどの人肌温度で温泉のような湖だ。

ウィルは静かにため息をつく。


ウィルは遠くの山を眺める。

「……僕は…ほんと情けない…」

ウィルがボソッとつぶやく。

「ウィル?」

「僕は…ちゃんと人を笑顔に…出来てるんだろうか…」

ウィルはズボンのポッケからアリシアに返してもらったお手玉を出し、手に取る。

あの頃は白くて手からはみ出るぐらい大きかったお手玉。今では茶色くくすんでこんなに小さい。

「にぃさんが目指すピエロには…なれているんだろうか…」

もうこの世には居ない兄から答えたを教わることはない。

「にぃさんが見たい景色は…みれて…」

「ウィル!」

アリシアが強く呼ぶ。ウィルはハッとした。

「そんなことない!お母さんもジニーも、港街の皆だって。ウィルのマジックは凄いって笑顔で観ていたわ!」

ワンピースの裾をギュッと握る。

「…そぅ…だね…」

「サーカス団の皆だってウィルの事はちゃんと必要としてる!全然悲しむことなんてない!あなたのお兄さんの見たい景色を私もあなたと一緒にみたい!だから…私もサーカス団に付いてきたの」

アリシアは少し冷静を取り戻す。

「…あなたはあなたのままでいい…。サーカス団のピエロとしても…、美味しいお菓子を作る腕も…、心優しい私の王子さまとしても…。あなたはとっても素敵な人…。"3つ星"をあげるわ。

あなたにはあなたの良いところがあるの。それはサーカス団の皆だってちゃんと解っているんでしょ」

かつて聞いた懐かしい言葉が、目の前の出会って間もない少女から発せられる。

でも心温かく、優しく包んでくれた気がした。

「…そう…だね。ありがとうアリシアちゃん…元気になったよ」

ウィルはアリシアの顔を見てにこっと微笑む。

アリシアがウィルの頭を撫でた。

「よくできました!はなまる120点!」

アリシアもウィルの笑顔を見てホッとした。


馬車の客車の窓を開け、マイルとリーガルが顔を出し、湖に居る2人を眺める。

「ウィルって…強いよな」

「あぁ、俺っちもあいつが入団した時から見ているが、あいつは団員で一番強い心を持っている」

ウィルが湖から足を出し、アリシアとこちらに歩いてくるのが見えた。

「おっと」

マイルとリーガルは「別に見てない」と知らん顔してそっぽを向いた。

シエルもウィルの手助けに向かう。

「ちょっと楽になったよ。ありがとうシエル」

「そう。良かったわ。早く行きましょ」

ウィルとアリシアが飼育小屋に入る。

シエルが客車に向かう。

「ほーら、次はあんたが運転手!」

「はーぃ」

シエルは客車の中へ、マイルは操縦席へ移動した。

________


小さな少女が仲間に加わったリズワルドサーカス団。次の街を目指してサーカス団の馬車は走り出す。


第1章 終 第2章へ 続

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3つ星ピエロ 第1章 悠山 優 @keiponi

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