第10幕 サーカス団本拠地

ウィルソンを取り囲むオオカミの群れから声がする。

(血の匂い…うまそうだな)

(そうか?まだ子供だぞ?)

「ぼくを…食べるの?」

(ぉ?なんだ?話しかけてきたぞ)

(俺たちが何言っているのかわかるのか?)

昨日の夕方、雑木林で聞こえた声のようにウィルソンの耳にオオカミたちの声が分かるのだ。

「なんとなくだけど…わかるよ」

屋敷にあった動物図鑑でしか見たことの無い茶毛のオオカミの群れに話しかける。

(へぇ~おもしれぇガキだな)

(なぁ俺我慢できないぜ?食べて良いだろ)

「やだ!やめてよ!」

よだれを垂らすオオカミたちがウィルソンに詰め寄る。

(待て!)

林の奥からまた声がする。

ウィルソンを囲うオオカミたちの動きが止まる。

ウィルソンの前にいる2匹のオオカミより2周りほど身体の大きなオオカミが奥から現れた。

(人の子供。こんなところで何をしている…)

身体の奥に響く低い声がウィルソンの耳に届く。

「ぁ…あの……」

ウィルソンは恐怖で足がすくんで声がでない。

(怪我をしているな…)

大柄な白銀のオオカミはウィルソンの足の怪我に目をやる。

「ガゥ!」(おい!)

白銀オオカミが吠えた。

林の中から小さな茶毛のオオカミが飛び出してきた。口には白鈴のような花のついた"イチヤクソウ"が咥えられていた。

(この植物の葉を傷口に貼れ。血が止まるだろう)

「…ぁ…うん…」

ウィルソンは白銀オオカミに言われた通り、渡された植物の葉をちぎり、膝の傷口に貼った。

「!冷た…」

雨に濡れた葉っぱが傷口に貼り付いた。

(それで…こんなところで何をしている?)

白銀オオカミが聞く。


ウィルソンは立ち上がりズボンに付いた土を払う。

「この道の先の街にある…サーカス団に会いに行くんだ」

(サーカス団?まさか…"リズワルド"か?)

「そう!そのリズワルドサーカスに行くために歩いてるの」

(こんな子供がリズワルドに?)

茶色オオカミの一匹が鼻で笑った。

(リズワルドサーカスには俺たちの"兄貴"が居るんだ。名前は"レオン"だ)

白銀オオカミはサーカス団について話してくれた。

「レオン?」

(そうだ。リズワルドサーカスでは有名なクロヒョウだ。俺たちが小さい頃世話になった先輩だ)

「サーカス団に入れば会える?にぃちゃんが言ってた。背中に乗ってお手玉するんだって」

(兄貴の背中に乗るか。おもしろい。よし!人間の子。俺が街まで連れて行ってやる。背中に乗れ)

白銀オオカミは首を横に振り、背中に乗れと指示した。

「え!いいの?」

(あぁ。兄貴に世話の返しだ。お前が兄貴に認められるかは別だがな…。乗れ!)

「うん!ぼくもにぃちゃんが目指すピエロになるんだから!」

ウィルソンは白銀オオカミの背中に乗った。

艶々した毛並みがくすぐったい。


(いくぞっ!)「バゥ!」と短く吠えた。

「うわっ!」

勢い良く走り出した白銀オオカミ。

ウィルソンはビックリしてのけ反った。

体制を戻し必死に掴まる。

「ふわ~、速い速い!」

ウィルソンは興奮を抑えながら周りを見渡す。

あっという間に林道を抜け、草原へ出た。

ビュービュー、と風を切る音が耳に響く。

白銀オオカミの後ろを茶色オオカミが2匹、少し後ろで並走する。

いつの間にか雨が上がり、月が雲間から草原を照らす。

(人間の子。名前は)

白銀オオカミが聞く。

「ぼくの名前はウィルソン!」

向かい風に対抗しようと大声になる。

「オオカミさんの名前は!」

(俺たちに名前は無い。兄貴の"レオン"はサーカス団での名だ)

「そっか!」

牧場を囲う柵も楽々飛び越える。

人が通ることのない、森の中の赤土のトンネルをくぐり抜ける。

(そういやウィルソン。さっきにぃちゃんみたいなピエロとか言っていたな。お前の兄貴はサーカス団に居るのか?)

「…ぁ…」

急に元気が無くなるウィルソン。

うつむきながら夜空を指差す。

「…にぃちゃんはね…木から落ちて死んじゃった…」

ウィルソンはダニエルがもうこの世には居ないことは解っていた。

ここ数日の母の元気が無いことを子供ながらに気を遣い、明るく振る舞っていただけだった。

白銀の毛束を強く握る。

「…だから…ぼくがにぃちゃんの代わりにサーカス団のピエロに…なるんだから…、強く…なるんだから…」

(…そうか…)

耳に届いたオオカミの声は優しかった。


白銀オオカミは3m程の幅の川を飛び越えた。

オオカミたちの足が止まる。

(よし!着いたぞウィルソン)

目の前には"サンクパレス"と書かれた看板が目に入る。

(俺たちが行けるのはここまでだ。後はお前の足で歩け)

白銀オオカミは頭を地面に付け、ウィルソンが降りやすいようにする。

「うん…ありがとうオオカミさん!」

(おう。レオンの兄貴に会ったらよろしく頼む)

ウィルソンはオオカミたちに手を振り、サンクパレスのゲートをくぐる。


サンクパレスに入ると中心部の広場の噴水が目に止まる。

その広場を丸く囲うように民家やショップが並ぶ。すべての建物の壁にアーチ状に電飾が吊るされ、とてもきらびやかな街である。

ウィルソンは噴水の石段に手を付き、「サーカス団の街に着いたんだ…」と胸を撫で下ろした。

右の路地の方に視線を向けると白い馬が2頭、こちらを見ていた。

「…お馬さん?」

ウィルソンは2頭の馬の居る方に歩く。

2頭の馬は建物から伸びるチェーンに繋がれていた。

その建物の看板には"RIZWALD"の文字。

建物の前には車輪の付いた小さな家のような乗り物が置いてある。

「リズ…ワルド?」

ウィルソンは馬車に書かれた文字を読む。

すると馬車の中から人が降りてきた。

「…ん?」

「…ぁ…あの」

降りてきた男性にはウィルソンの発した言葉が聞こえなかった。男性は建物へ入っていった。

するともう1人、馬車から男性が降りてきた。

「あ、すいません!」

ウィルソンはさっきより大きな声で男性を呼び止めた。

「…ん?やぁ、どうしたぼく。こんな夜中に…、この建物にご用?」

シルクハットを被った細身の男性はウィルソンに目線を合わせ話す。

「あ…あの、サーカス団に入りたくて…来ました」

「え!うちのサーカス団に?まだ子供じゃん…」

男性は頭をポリポリ掻いた。

「お願いします!」

ウィルソンは頭を下げた。

「あー、わかったよ…、中に案内する。君の名前は?」

「ウィルソン•ウィンターズ!6歳です!」

「そうか、俺っちはリーガル•バレット17歳。このサーカス団でマジシャンをしてる。付いて来て!」

リーガルという男性はウィルソンをサーカス団の建物の中に案内した。

「うわ!」

建物の玄関を入ると正面の壁にライオンの頭の剥製が飾られていた。

「あはは、ビックリしたか」

リーガルは笑った。

「…うん」

ウィルソンはリーガルの後を付いて行く。

廊下を少し進んで階段を上がる。

奥から1人の少年が歩いてきた

「ん?」

その少年とウィルソンは目が合ったが何も言わず

階段を上った。


階段を上がり2階の廊下で立ち止まる。

「ここが団長の部屋だよ。あとは君が話すんだ」

「はい」

リーガルは団長室の扉を少し開けてくれた。

「じゃぁね」

リーガルは階段を降りて行った。

ウィルソンは団長室に入る。

扉が閉まった。ビクっとなった。


階段下にいた少年とリーガルがすれ違う。

「やぁマイル…夜更かしはダメだよ」

「…うん」

リーガルは少年の頭をポンと叩き、廊下の奥へ歩いて行った。

少年は自分の居た部屋へ戻る。

「姉さん!なんか小っこいのが団長の部屋に入っていったよ!」

「なにそれ?見たい!」

2人して部屋を飛び出したのは当時9歳の双子姉弟、シエルとマイルだ。


バタンと扉が閉まる。

団長室の奥で革製のロッキングチェアを揺らしながら暖炉にあたる大柄な男性が見えた。

「んぁ?」

大柄な男性は扉の音に気がつき、椅子ごとこちらへ振り返る。

「あ…あの…」

「なんだ?知らないガキだな。誰が入れた?」

「ぁ…リーガルって人が…」

ウィルソンは恐る恐る話す。

「あぁリーガルか…。で?お前は?」

椅子に深く腰掛け話をする大柄な男性。

ウィルソンは腰が抜けその場にへたり込む。

ごくん、と息を飲む。

「ぼくはウィルソン•ウィンターズ!このサーカス団にぼくを入れてください!」

今まで出したことの無いような大きな声が出た。

「まだ小せぇガキじゃねえか。何ができる」

低い声が身体の奥に響く。


「ぼくはピエロになりたい!にぃちゃんみたいに!病気にも負けません!足も速くなります!強くなります!ピエロになればにぃちゃんみたいになれるから!にぃちゃんの見たい景色をぼくが代わりに見るんだから!にぃちゃんに会える気がするから!お願いします!人を笑顔にするピエロになります!お願いします!」


気づけば目から涙がぼろぼろ溢れていた。

「ほぉ~、人を笑顔するピエロか…。気に入った!お前をサーカス団に入れてやる!だかサーカスの稽古は甘くはないぞ。わんわん泣きわめくようならすぐ追い出すからな!覚悟できるか?」


ウィルソンは立ち上がり、服の袖で涙を拭く。

「はい!」

「よし!俺はこのサーカス団の団長。"ゴードン•ジルガ"だ。よろしく坊主!」


ウィルソンのリズワルド入団が決定した。

双子姉弟が扉を少し開け、覗き込む。

(入団だって!)

(おもしろくなりそう)


外は大きな満月が輝く。

遠くでオオカミの遠吠えが聞こえた。


______________。



「_____それで僕のサーカス団の入団が…ぁ」

ウィルは隣のアリシアに目をやる。

「寝ちゃったか…」

アリシアは隣ですやすや寝息をたて眠っていた。

飼育小屋の小窓から朝日が差す。

気が付けば昨晩から夜通し昔話に夢中になっていたウィル。

アリシアがウィルの方に身体を向けうずくまる。

「ちょっと寒いかな…」

ウィルは畳んであったブランケットを広げアリシアの足元に掛け___。


バサー!!

「おっはよーウィルー!湖に着いたわ……よ?」

ウィルの手がピタッと止まる。

シエルと顔を見合せる。

•••••••••••••。

「あんたこんな小さい子の寝込みを襲うなんて気は確かか!」

「しー!静かにしないとネルソンにバレるだろ!てかそんなことしてないし!」

「…ほぇ…もぅあさぁ?」

アリシアが起きた。

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