第9幕 たとえ離れても

ダニエルが病院に搬送された2日後。

病院でダニエルの死亡が確認された。

母のアリアとウィルソンは屋敷で待機。

父のダグラスは病院で手続きを行っている。


アリアがリビングの椅子に腰掛け、手で顔を覆い、うなだれている。

「…お母さま?」

ウィルソンが恐る恐る母へ話しかける。

「…あぁ、ウィルソン…。ごめんね…ママちょっと疲れちゃった…」

アリアはダニエルが亡くなったことをウィルソンにはまだ伝えられないでいた。

「お父さまはにぃちゃんの病院に行ってるの?

にぃちゃんはいつ帰ってくる?」

「……」

「またにぃちゃんと元気に遊べるよね?お手玉もいっぱい教えて欲しい」

ダニエルが病院に入院していると思っているウィルソンは残酷にも楽しそうな声でアリアに話しかける。

「………」

「…お母さま?」

ウィルソンが母に近づく。

「………あんたが……じゃなぃ…」

「どうしたの?」

「うるさい!あんたがあんな所に行かなければダニエルは無事で済んだのに!」

アリアは声を荒らげた。

「あんたなんか居なきゃ良かった!あんたの顔なんかもう見たくない!」

睨み付けてウィルソンに怒鳴る。

母のこんなに怒ったところを見たことがない。

「ぉか…さま…」

恐怖で声が震える。

「今すぐ出て行って!ここはもうあんたの家じゃない!マリー!居る?」

「はい、奥様」

廊下で話を聞いていたマリーがリビングに顔を出す。

「今すぐこいつを外に放り出して!」

アリアはマリーを呼び、玄関を指差す。

「はい、奥様」

「そんな…お母さま…やだ…」

ウィルソンは抵抗した。

「うるさい!お母さまって呼ぶな!そもそもあんたは私の子供じゃない!血なんか繋がっていないのよ!」

「……ぇ…」

ぼくがお母さまの子供じゃない?じゃぁにぃちゃんは本当のお兄ちゃんじゃないってこと?

初めて聞かされる真実に身体が固まる。

「行きましょう坊っちゃま」

マリーはウィルソンを脇に抱え、玄関へ向う。

「やだっ!行きたくないっ!お母さま!」

必死に叫ぶが母の反応が無い。


ウィルソンはダグラスの連れ子である。

6年前、2店舗目の支店拡大のため、出張で滞在していた"キルト"の街で出会った女性との間に産まれた子供である。

ダグラスがウィルソンを引き取り、この屋敷に連れて来たのは4年前のこと。

アリアも最初は受け入れるのに時間がかかった。

一緒に過すに連れ、可愛い表情で甘えてくるウィルソンに愛情が沸いた。

ダニエルもウィルソンもこの4年間本当の家族として過ごしてきた。


マリーがウィルソンを抱き抱え玄関を出る。

「やだ!やだよマリー!」

「良く聞いてください坊っちゃま」

マリーは表情を変えず淡々と話す。

「この街から20km程離れた"サンクパレス"という街に"リズワルドサーカス"の本拠地があります。その街を目指して歩いてください」

「サーカス団に会えるの?」

「おそらく。私はお手伝い出来ませんが1人で行けますか?」

マリーは変わらず優しい声だった。

「行く!ぼくもサーカスのピエロになるんだから!」

「そうですか…。どうか…お身体に気を付けて」

マリーはにこっと微笑んだ。

「さぁ、行ってください。奥様にバレる前に」

マリーはウィルソンの背中を押す。

「うん!」

ウィルソンは正面の門へ走って行った。

外は小雨が降り始めていた。


マリーが屋敷に入りリビングに居るアリアの元へ向かった。

「…ウィルソンは?」

「指示通り、林の中へ捨てて来ました」

マリーは淡々とアリアに話す。

「…そぅ…。…ごめんなさいウィルソン…」

血の繋がりが無いとはいえ、愛情を持って接していたことに変わりはない。私の子供ではないと告げた時のウィルソンの愕然とした顔が頭から離れない。"最愛の息子"に対し口にした言葉に後悔した。


マリーがこの屋敷にメイドとして仕え始めたのは2年前。その頃には本当の家族の様な姿で出迎えてくれた。ダニエルとウィルソンが腹違いの兄弟であることはマリーにも知らされていなかった。

ダニエルはやんちゃで甘えん坊。

ウィルソンはお菓子作りが大好きで心優しい。

この屋敷で暮らす"双子の兄弟"はマリーにとっても心の支えになっていた。

(どうかご無事で居てください坊っちゃま…)


外は雨が強くなってきていた。

傘を持っていないウィルソンは身体が濡れて震えている。

リザベートの市街地を抜け、街の入り口の看板が目に入る。

「この先にサーカス団の街がある…」

ウィルソンは自分に言い聞かせるようにつぶやく。

ズボンのポッケからお手玉を出す。持っている物はこれだけだ。

「にぃちゃんみたいに強く…。人を笑顔に…」

お手玉を握りしめひたすら歩く。

リザベートと書かれた看板を抜けた。

身体の弱いウィルソンはこの街から出たことがない。初めて見る景色、街灯もない薄暗い林道へ差し掛かる。

ガガガン!ゴゴゴッ!と背後で音がする。

ウィルソンは振り向いた。

すると馬車が街から出てくるところだった。

馬車はウィルソンの横スレスレを通り過ぎる。

「うわっ!」

ウィルソンはビックリして地面に倒れ込んだ。

「あぶねぇなガキ!気を付けろ!」

馬車の操縦士のおじさんが怒鳴った。

「ごめん…なさい」

泣きそうになるのを必死で堪えた。

再び馬車は走り出す。

ウィルソンは立ち上がり歩き出す。

擦りむいた膝から血が冷たく流れる。

ウィルソンは右足を引きずりながら歩く。

頭がクラクラする。息が上がってきた。

(なんだ?血の匂いがするぞ)

(人間のガキだな)

(1人で歩いてる)

林の奥から声が聞こえる。

その声は1つではない。

「だ…れ…?」

林の中を覗くと赤く光るものが4つ…8つと増えていく。

「ぁ…ぁ」

ウィルソンは足を止めた。

オオカミの群れに囲まれていた。

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