第8幕 家族の形
「ただいまー」
ある秋の日の昼下がり。
ダニエルが市街地にある塾から帰ってきた。
「え?また他の街に支店を出す?」
「そうだ。4店舗目を発展途上の"シアラット"の街に出せばもっと私の会社は大きく有名になる」
父と母が何やらリビングで話をしている。
「また子供2人を残して3年ぐらい帰って来ないつもり?ウィルソンの世話がどんなに大変か…」
「しょうがないだろう、仕事なんだから。この店舗拡大が成功すれば、今の生活も楽になる」
「そんなこと言ってまたあなた他の街で…-」
「お母さま?」
ダニエルがリビングに顔を出し、2人の会話を遮った。
「ー…ぁ、ダニエルおかえりなさい。ちょっとパパとお話していたの」
アリアは冷静を装いダニエルの方を向き話しかけた。
「お菓子が用意されているみたいだから手を洗って来てらっしゃい」
「…はい、お母さま」
ダニエルはリビングを出てバスルームに向かった。
ダグラスとアリアは子供の居る前で話すのはまずいと会話を一時中断した。
「あ、にぃちゃんおかえり」
ウィルソンと廊下ですれ違った。
「お父さまとお母さまがケンカしてた。今リビングに行かない方が良い。」
「あ…うん」
「原っぱ行こぜ。待ってろ」
ダニエルは階段を登って行った。
ウィルソンはリビング前の廊下で待つ。
しばらくしてダニエルが階段を降りてくる。
「これで遊ぼうぜ!」
ダニエルの手にはお手玉が2つ握られていた。
「うん!」
2人はこっそり勝手口を出た。
荷物を収納する用の空の木箱を階段の様に積み重ね、塀を登る。塀の反対側を縄で作られた梯子で降りる。
雑木林から原っぱへの道は直線上ではない。S字クランクのようにうねり、分かれ道もある複雑な構造をしている。昼間の明るい内でなければ迷子になる。
ダニエルとウィルソンは手をつないで雑木林の中を歩く。いつもひとりで先に行く兄が今日は手をつないで一緒に歩いてくれた。
「…お母さまがあんなに怒るの初めて見た…」
ダニエルがボソッとつぶやく。
先ほどの父と母のやり取りを聞いて不安になっていたのだ。
「大丈夫にぃちゃん?」
ウィルソンがダニエルの顔を覗き込む。
「…あぁ、なんでもない大丈夫だウィルソン。
行こう!」
2人は雑木林を抜け原っぱへ出た。
「よし、着いた!」
ダニエルはウィルソンの手を離す。
少し速足になり両手を上げる。
「よっ!」
身体をくの字に曲げ、両足で地面を勢いよく蹴り上げる。両手を地面に付き身体を支える。
「ふっ!…と」
少し身体がふらついたがバグ転が成功した。
「にぃちゃんすごい!」
ウィルソンがダニエルに駆け寄る。
ダニエルのズボンのポッケからお手玉の1つが落ちた。ウィルソンがお手玉を拾う。
「ぼくはサーカス団に入るのは諦められない!お父さまの言うことも分かるけど、ぼくはサーカス団のピエロになりたい!」
「にぃちゃんならなれるよ」
「ウィルソンにそのお手玉やるよ」
「え!いいの?ありがとうにぃちゃん!」
ウィルソンは跳ねて喜んだ。
このお手玉を触らせてもらうのが初めてだったウィルソンはとても嬉しそうに両手で包み込んだ。
「ウィルソンも一緒にサーカス団やろう!双子のピエロだ!」
「うん!ぼくも頑張って練習する!」
ダニエルは原っぱの端の方にある白樺の木の近くへ走った。
「ぁ、待ってにぃちゃん」
ウィルソンが追いかける。
ダニエルは一本の白樺の木に登り始めた。
「よっ、いしょ!」
「危ないよにぃちゃん」
あっという間にダニエルは白樺の木を登り、分かれた太い枝の上に立った。
「ほらウィルソンも登ってみろよ!すごい眺めだぞ!」
丘の上から観た景色は透き通り、隣の街や山まで見渡せるほど豊かな絶景が広がっていた。
「サーカス団に入ればいろんな街や国に行って、たくさんの笑顔に会えるかな!」
ダニエルは広がる景色を前にワクワクが止まらない様子だ。
「ぁ…ぼくには無理だよにぃちゃん…」
隣の白樺の木に登ろうとしていたウィルソンが弱音を吐いた。
「なんだよ…こんなに良い景色なのにもったいねぇ」
ウィルソンは登るのを諦め、その場でお手玉で遊び始めた。
「見ててよぉ、ぼくだってサーカス団に…」
手に持っていたお手玉を両手で上に投げ、両手でキャッチする。
「こう…かな?」
もう一度両手で上に投げた。
「サーカス団のピエロに…」
ダニエルはお手玉をポッケから出し、ぽーん、と上に投げた。
投げたお手玉が太陽と重なり目が眩む。
ウィルソンは投げたお手玉が手からこぼれ落ち、地面に落ちたお手玉に手を伸ばす。
次の瞬間、目が眩みお手玉を取り損ねたダニエルがバランスを崩し…。
「ぁ…」
ドササッ、と頭から崖に転げ落ちた。
「ぁれ……にぃちゃん?…」
地面のお手玉を手に取り、木の上を見るがダニエルの姿が無い。
辺りを見回してもダニエルの姿が無い。
「にぃ…ちゃん?…お母さまとお父さま呼んで来なきゃ…お母さまぁ!」
ウィルソンは急いで雑木林を抜け屋敷に戻った。
ウィルソンは屋敷の勝手口のドアに手をかけた。
いつもは親の目を気にしながら中に入るが、ためらわずドアを開け屋敷に入る。
「お母さま…お父さま…」
廊下でマリーとすれ違う。
「…ウィルソン坊っちゃま…?」
リビングに父と母が居た。
「お母さま!お父さま!にぃちゃんが居なくなった!」
「なんだと!?」
「どういうこと?!ダニエルはどこ!」
「こっちだよ!」
ウィルソンは2人を案内する。
走るウィルソンの後を父と母が追いかける。
「勝手口?あれほどここから出るなと言っておいたのに…」
父の言葉には反応せず、ウィルソンは勝手口のドアを開け、木箱を登り塀を越える。
「こんなところ…。どうして」
辺りはもう夕暮れ。
雑木林の中はもう真っ暗だ。
ウィルソンは暗くなった雑木林に入っていく。
「おい、大丈夫なのか!」
「ウィルソン!」
林の中は暗く、どこが地面でどこが木なのかも分からない程だった。
ウィルソンは迷ってしまった。
「どこ…だっけ…。にぃちゃ…」
呼び掛けても兄は居ない。
(…こっちだよ…)
「だれ?!」
(…君のお兄さんはこっちに居る…)
兄の声ではない聞いたことの無い声が林の奥からウィルソンの耳に届く。
「だれ?どこいるの?」
(…こっち…、こっちだよ…)
声のする方へ向かうことにした。
「おいウィルソン!居るか!」
父の声がする。
「お父さま、お母さま。こっちだよ!」
ウィルソンは声の囁く方へ必死に走った。
(…こっちだよ…)
「うん!」
雑木林を抜けることが出来た。
「にぃちゃん!どこ!」
ウィルソンはダニエルを呼ぶ。
が、返事は無い。
ウィルソンの後を追い、父と母が雑木林を抜けた。
「こんなところに…こんな場所が」
ダグラスは辺りを見渡す。
「ダニエル!どこなの!」
アリアは叫ぶ。
ウィルソンはさっきまで居た白樺の木の方へ向かった。
「そんな…まさか!」
ダグラスは察した。
「ダメだウィルソン!行くな!」
ウィルソンはビクッとなってその場に立ち止まる。
アリアはウィルソンの肩を抱き寄せる。
ダグラスが白樺の木に近づき崖の下を見る。
「!…そんな…、くそ…ダニエル…」
ダグラスが見た光景は悲惨な物だった。
崖の下は枯れた木が無数にある。
崖から5m下の枯れ木にダニエルは仰向けの状態で引っ掛かっていた。
木の枝がダニエルの腹部と首を貫通、ピクリとも動かない。
「お父さまにぃちゃんは…」
「来るな!」
ウィルソンの動きが止まる
「ダメよ…行っちゃ…。…ダニエル…」
アリアは息を殺して泣いた。
その後、救急隊の協力によりダニエルは運び出された。
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