第二十二話「自由に生きるために」



 翌日の朝。市役所の前で早朝の修練を続けていた。

 とはいっても一向に成功の兆しは見えない。今日も駄目かと思いながら最後の石を取り出す。

 込められていく霊気。やがてそれはー-破綻することなく収束した。


「はは、成功しちゃったよ」


 掌の上で白く淡い光を発する石。

 その効果は実際に使ってみないと分からないが、術が破綻しなかったということはつまり僕が思い描いた通りの能力が込められていることを意味する。

 

 これでもう先延ばしにはできなくなった。


 決めなければいけない、どちらに進むのか。

 胸に巣食う感情に従うのか、それとも高屋敷さんが言ってくれたように全てを放り投げてるのかを。






「……情報はなしか」


 安否情報などが克明に記された伝言板。その一角に貼られた、の情報提供を呼び掛けた紙を見て、思わず落胆が零れる。

 あの帽子位しか手がかりがないとやはり探すのは難しいみたいだ。そもそも遭遇した時には彼は被っていなかったし、彼の口ぶりからして目撃者が残っていない可能性も高い。

 それに5年ほど前にいた場所からここに移動しよう思ったら、あのを越える必要があるのだ。変異前に運よく転勤してきていた等の理由がない限り、彼を知る人は存在しないだろう。

 ー-少なくとも、今はまだ。


「お、こんなに所にいた。おはよう篤史」


「うん? ああ。おはよう、司」


 背後からの声にふり向くと、そこにいたのはジャージ姿の司。

 時刻は朝六時前。起きるにはまだ早い。


「どうしたの、何か用事?」


「それはオレのセリフだぜ。

 毎日毎日夜に抜け出して何やってんだと思ったら、一人で修行してるとはな。

 全く、気負うなって言ってくれたのは篤史の方だってのに」


「……気づいていたんだ」


 三井田さんの言う通り意外と見透かされているものらしい。

 これじゃあ僕もクゥを笑えないな。


「そんなに奴のことが気になるのか?」


「まあね。……でも全部僕が決めたことだから」


 二人で伝言板の前に立つ。司も一緒に戦っていたのだ。思うところはあるだろう。

 司まで重荷を背負わなくてもいいんだよ。

 そんな意味を込めていった言葉も特に効いている様子はない。ただ深刻そうな表情で紙を見つめていた。


 司は彼のことをどう受け止めているんだろう?

 そんな疑問が湧き上がってくる。

 僕が決意を伝えた時もやめるよう言ってきただけで、特に自分がどうこうという話はなかった。勿論思い詰めていないのであればそれに越したことはない。ただもし――。


「そういえば言ってなかったよな。 

 オレの家族、みんな死んだってさ」


「え?」


 急な発言に思考を中断されるも何とか司の言葉を理解する。

 家族の安否は初日の手続きが終わった後、司一人で聞きに行ったはずだ。

 やはり最悪の事態だったか。


 視界に映る行方不明者リスト。そこに彼らの名前があるのは賀老井という特徴的な名字から知っていた。死体が見つからない限り死亡にならないことも。

 ただ一縷の希望を信じたかったし、何より司がなかなか言い出さなかったから聞けずにいたのだ。


「そう、なんだ」


「ああ。最期を見ていた人がいてな、その人に話を聞いたんだ。

 逃げる途中でモンスターに殺されたらしいぜ。怜ーー弟を助けようとして家族全員一緒にな。

 ……正直そこまでショックはないんだ。無人の街をずっと見てきて、先を手伝って覚悟はできてた。胸にすとんと落ちたんだよ。あーそうかって」


「……」


「でもさ夢に見るんだ、あいつらのこと。しかもそれが覚えていてすらいなかったような昔の、楽しい記憶なわけよ。

 不思議なもんだよなあ。生きてた頃は良い感情なんてなかったのに、なんで今更……」


「……」


 迷子になった子供のように話す司に、口をつぐむ。

 なんて声をかければいいんだろう?

 家族を失った人と接するのは陽菜ちゃんに次いで二人目だ。でも正解が分からない。どんな言葉をかけても傷つけてしまう気がする。


「って、こんなことを言いたいわけじゃないんだ。

 家族の安否もわかって、もうここにいる理由もなくなかったわけだろ。

 だから篤史が望むなら探しに行ってもいいんだぜ。知り合いかもしれないんだろ?」


「……そっか」


 今更ながら当初の目的が達成されたことを思い出す。

 そもそも司の家族の状況が気になって市役所に来たのだった。


 ここが学園から始まった旅の終着点。一つの終わり。

 感慨深い気分になりながら、司の提案を心の中で否定する。


 司は知らないからそんなことが言えるのだ。

 地方単位で周辺を覆う、無数のモンスター・・・・・による巨大な帯を。

 そして躊躇したことで分かってしまった、世界を救える・・・・・・かもしれない方法を。


「ねえ司。

 もし、こんな状況になったのは全部僕のせいだって言ったらどうする?」


 僕の言葉に大きく瞳を開かせる司。

 結局の所、恐れているのはそれ・・なのだ。

 僕が知る限りステータスの中に知識を授ける系統のスキルは存在しない。

 そんな中で、ただの一般人が突然この状況の説明と解決方法を話し始めたらーー周りの人はどう思うか?

 当然怪しむだろう。僕が犯人だと考える人も出てくるかもしれないし、そうまでいかなくても何らかの関係者だと思うのが自然だ。


 その時に今はまだ行き所のない被災者たちの憎しみが、僕に向けられるんじゃないか。それがどうしようもなく怖い。

 なにせ僕はそれを否定するだけの論拠を持っていない。むしろ自分自身がその元凶なのかもしれないと思っているのだから。


「どういうことだよ? 

 篤史が陰陽術で世界をおかしくしたっていうのか?」


「いや、主犯は僕じゃない。僕の父さんだ。

 分かったんだよ。モンスターは陰陽術によって生まれたものだって」


「陰陽師がこれを引き起こしたってことか?

 だとしても他のーーってそうか。篤史の家系で最後だったな」


「うん。こんな術を使えるのはもう僕と行方不明の父さんしかいない。

 それにさ、愛する妻を蘇らせるために禁呪に手を染めるなんて如何にもありそうな話じゃない?」


「……篤史の母親は……」


「そう。僕が産んだ時に死んでる。

 だから僕が生まれなかーー」


「その先はいい、もうわかったからっ」


 司は苦しそうに声を荒げて俯く。


 どんな結論に至るだろう?

 恨まれやしないかという不安の方が正直大きかった。旅館ではどうでもいいと言っていたとはいえ、さっきの様子を見ても少なくないショックを受けているようだった。想像するのと実際に体験するのは大きく違う。考えが変わっても不思議じゃない。


 やがて、ふっと寂しげな笑みを浮かべて話始めた。


「ひどい話だよな、全く。

 自分のエゴで産んでおきながらその後もオレ達の人生を縛り続けるんだぜ?

 オレたちには親を選ぶことも、生まれてこないこともできやしないのにさ」


「……そうかもしれないね」


 思うところがあって司の感情を肯定する。

 確かにどちらも親のエゴに苦しめられた人生だった。


 司は続ける。その表情に、かつてあったような憎しみの色は感じられない。


「だからずっと好きになれなくて……そんで怜を命がけで助けようとしたって、もう二度と会えないって知ったときに思ったんだよ。

 もっと色々なことを話してみたかったなって。

 今思うと多分親も必死だったんだと思う。だって他人の人生を初めて背負うことになるんだぜ? そりゃあ自分の普通に押し込めようとするさ。なにせ自分はずっとそれで生きてきて、それしか知らないんだから。


 で思うわけだ。オレは親のことを知ろうとしたかなあって。

 ただ親ってだけで、無条件で分かってもらおうとしてたのかもしれない。オレらはお互いのエゴをぶつけ合っていただけだったのかも」


「そうかな?」


「そうなんだよきっと。

 だからさ、もし篤史の話が本当で親父さんが真犯人なら、直談判しに行けばいいんだよ。それなら誰も篤史を責めやしないさ」


「えぇ、話聞いてくるかな?

 クゥいわく母さんのことをすごく大切に思ってたみたいだよ?」


「駄目だったら、オレが親父さんを殴ってやるよ。

 息子さんはこんなに立派になったのに、どうして見ようとしないんだって」


 今の状況がまるで親子喧嘩に過ぎないかのように解決方法を語る司。

 その言葉に心が軽くなるのを感じていた。


 ずっと恐れてきた。

 真実を教えたら恨まれるんじゃないかと。事態を進めたら最悪な事実を知ることになるんじゃないかと。

 でも司の言うような結末になるのであれば、悪くはないのかもしれない。


「ー-ねえ司。僕は世界を救ってみようと思うんだ」


 だから前に進むことを決意する。

 僕が殺してしまったあの人を探せる世界にするために。望んでもない役割から下りるために。僕を縛る全てから解放されて、本当の意味で自由になれるように。


 実際に出来るのかはわからない。

 これはただの宣誓だ。決して傍観者になりはしないという。

 新しい鎖だ。どんな結末が待っていようと逃げやしないと。


「それで言った通りの展開だったとして、司は殴らなくても大丈夫だよ。

 父さんを止めるのは僕の役目だ」


 明るくなる視界。気が付けば地平線から登った太陽が昇ってきていた。

 窓から差し込む朝日に照らされ、司はからからと笑う。


「うん、そっちの方が篤史らしくていいんじゃないか」


「僕らしい、かな?」


「ああ。篤史が自分のことをどう思ってるかは知らないけどさ、篤史は良いやつなんだよ。

 ムラサキのことを助けて、咲や霧島さんたちの願いに必死に応えようとして、なによりあの時一人でいたオレに声をかけてくれた。

 そんな奴が世界を救おうって言っても不思議じゃないさ。

 まあ、ちとスケールが大きくなりすぎだとは思うけどな」


「……自分でもそう思うよ。

 前までは授業内容に一喜一憂してたのにね」


「違いないな。

 世界の命運を話し合うとはオレたちも大きくなったもんだ」


 かつてを思い出して司と一緒に笑いあう。

 司の言葉全てに納得したわけじゃない。ただもしそう見えるのだとしたら、それはきっとーー。


「なーに二人で通じ合ってるんスか。

 私との約束、忘れてたわけじゃないっスよね?」


「うむ、女子をほっぽって男子で密会とは難儀なやつらよのお」


 突如乱入してくる咲とクゥ。

 さっきの話を聞いていたのか、クゥまでもが茶化してきた。


「全く油断も隙もないっスね。

 私の篤史さんを親友ムーブで奪うとするとは」


「は? 二人ってそういう関係だったのか?」


「ええ、そうっスよ。死ぬまで一緒にいようって誓い合った仲っス」


「ちょっと、咲。さすがにそれは誤解が過ぎるんじゃない?

 って司もそんな顔しないでよ。前に言ったー-」


「……うむ、これが修羅場というやつじゃな」


 各々好き勝手に話を始め、エントランスがにわかに騒がしくなる。遠くでムラサキの泣き声が響いた気さえする。

 もっと重い空気になると思っていたからなんだか拍子抜けだ。でもどこかでほっとしている自分もいた。


 そうだよ。こんな僕にも一緒に笑いあえる友達ができたんだ。

 だからきっと大丈夫。世界だって救えるさ。


 たとえ、どんな最悪が待っていようと。


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【一章完結】現代妖怪騒乱譚~落ちこぼれ陰陽師は、モンスターの現れた世界で自由に生きたい~ 水品 奏多 @mizusina

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