第44話 騎士団長は引きこもり魔女を溺愛するようです
アイリス女王杯――王配決定戦から一ヶ月の時が経過した。フィーには約束通り、サンドラ王国民の市民証書が発行された。それと同時に王都のメインストリートの近くに専用の工房を貰う。フィーは調合師として、新たにお店を開くことになった。
「はぁー。アイテムボックスにはチャージしておいた魔力があるから、まだ辛うじて使えて良かったわ。とはいえ、一度に収納できる量は限られるから搬送が大変だったわね」
フィーは大量の荷物を店の中に収め、ぐったりとしていた。北の森にある魔女の家から必要な家具や道具、調合素材を運んできたから、疲れてしまった。
「お疲れ様です、フィーさん」
「エルウッドもご苦労さま。まさかここまでの大仕事になるとは思わなかったわ」
「ははは、確かに」
エルウッドは店内の様子を見回す。内装はシンプルだが、品揃えは豊富だ。フィーの調合するポーションは高品質なものばかりなので需要は多いだろう。
「設備の設置などは俺に任せてください。日頃から鍛えてありますから、こういう時にこそ使ってください!」
「ふふ、頼りにしてるわよ。騎士団長さん」
フィーは楽しそうに微笑むと、さっそくアイリス王女から貰った店の中を見て回る。
「えーっと、調合釜や遠心分離機や濾過器とかの設備は奥の部屋に設置して。入ってすぐの通りに面した部屋はお店にするのね。二階は常温保存可能な素材や作ったアイテムの保管庫にして。地下には氷室箱を設置して冷蔵保存が必要な物を置くわ」
「了解しました」
エルウッドはフィーの指示に従って、テキパキと作業を進める。
そんな彼の様子を眺めながら、フィーは感心していた。エルウッドは手際が良い。普段から訓練しているだけあって力もある。これなら安心して力仕事を任せられそうだ。
フィーはエルウッドのことを信頼している。今では、彼のことを誰よりも頼もしく思っている。
騎士団長は休日返上で愛しい魔女の為労働に励む。フィーはそんなエルウッドの傍らで、ああでもないこうでもないと指示を出していた。
やがて店舗の内装も一通り終わり、フィーの新たな城が完成した。
「フィーさん、終わりました」
「ええ、ありがとう。これもエルウッドのおかげだわ」
「来週から営業開始ですね」
「そうね、楽しみだわ!」
「……ところでさっきから気になっていたのですが、その格好は何なのですか?」
エルウッドはフィーの姿を見て首を傾げた。彼女はいつの間にか着替えていた。魔女のローブ姿ではなく、屋敷で着るワンピースとも違う。清楚で可愛らしいが、動きやすそうな服に身を包んでいる。
「何って、お店の制服よ。お客さんの応対する時はこの格好じゃないと」
「それは分かりますが、なんでエプロンドレスなんですか?」
「可愛いからに決まってるでしょう?それにこっちの方がやる気が出るじゃない」
フィーはスカートの裾をつまんで得意そうに胸を張る。白いブラウスに、ハイウエストの黒のエプロンドレス。サスペンダーがただでさえ大きな胸を強調しているようだ。
首元には赤いリボンが飾られている。シックな雰囲気がフィーの真紅の髪とアメジストの瞳によく似合う。
「変な男の客が寄り付かないか心配だな……」
「ん、何か言った?」
「いいえ、何も」
エルウッドは適当にはぐらかすことにした。しかしフィーはにやっと笑う。
「心配しなくても、国の英雄で騎士団長の婚約者に手を出そうとする怖いもの知らずなんて、この王都にはいないでしょ?」
「聞こえていたならそう言ってください……フィーさんは人が悪いですね」
「ふふ、からかい甲斐のある婚約者で嬉しいわ」
フィーは楽しそうにクスクスと笑った。エルウッドもつられて微笑んだ。フィーはエルウッドの胸に顔を埋めた。エルウッドもフィーを抱き締め返すと、優しく頭を撫でる。
「これからもずっと一緒にいてよね。私の騎士様」
「もちろんですよ。これから先も、いつまでもあなたを守り続けますよ」
エルウッドは改めてそう誓い、愛する人を抱き締めた。
彼女はますます魅力的になっていく。初めて会った時から美しかったが、日を追うごとにエルウッドはさらにフィーに魅了されていた。もう彼女なしでは生きていけないほどに。
「どうしたの、エルウッド?」
「……やっぱりその格好は可愛すぎませんか? フィーさんが選んだのですか?」
「ううん、アイちゃんが選んでくれたのよ」
「アイちゃん?」
「アイリスちゃん」
「この国広しと言えども、女王陛下をちゃん付けで呼べる国民はフィーさんだけでしょうね」
エルウッドは苦笑を浮かべる。
「いいじゃない別に。あの子がそう呼んでいいって言ったんだもの。私たち、あれからお友達になったのよ」
あの大会の後、フィーの王国永住権や王都市民権を発行する為にアイリスと何度か会った。その中でフィーとアイリスは意気投合して、今ではすっかり仲良くなっている。
「今度一緒に買い物に行く約束をしたの」
「へぇ、それはよかったじゃないですか」
「ええ。私、ずっとお洒落に興味なかったんだけど、こんなことになってから着飾る楽しさが分かってきたわ。女の子としての楽しみがまた一つ増えちゃった」
「あ、ただ一つ心配事が。仲が良いのは結構ですが、人前で陛下を今のように呼ばないようにしてくださいね。とんでもない目で見られますよ」
「私だってそれぐらい分かってますよー」
フィーは頬を膨らませる。分かっていればいいと、エルウッドはフィーの頭を撫でた。彼女は気持ち良さそうに目を細める。
「さてと、来週から開店するから商品の準備しないとね。主力商品はポーションと解毒薬と麻痺解除薬とスタミナ回復剤かな?あとは各種材料も揃えないと」
「営業や材料の仕入れは大丈夫ですか?」
「もちろん、どっちも問題なしよ」
フィーはにっこりと笑う。が、すぐに胸の前でぽんと両手を叩いた。
「あ、でも手が空いてる時はエルウッドも手伝ってくれるなら嬉しいんだけど」
「俺は接客なんて出来ませんが、それでも良ければ……」
「それは期待してませんとも。エルウッドには騎士団の仕事だってあるしね。時々採取に付き合ったり力仕事を請け負ってくれると助かるわ」
「それぐらいで良ければ、休日ならいつでも同行しますよ」
「ふふ、ありがと」
フィーは嬉しそうに微笑むと、エルウッドの手を取った。
「さぁて、それじゃあさっそくお店を開く準備を始めましょうか!今日から忙しくなるわよー」
「ええ、頑張りましょう!」
こうして婚約破棄された騎士団長は、200年間引きこもりだった魔女に竜の呪いを解いてもらい、二人は結ばれた。
エルウッドは騎士団長としての名声を盤石の物として、ますます強くなって名声を高めていく。
フィーは王都一の調合師となり、彼女の店は連日客が途切れることのないほど繁盛することになる。
数奇な運命の果てに出会って結ばれた二人。
しかし二人はこれからもずっと幸せに暮らし続けるだろう。
そしていつまでも末永く、愛を育むのだった――。
「子作りできないから」と婚約破棄された騎士は引きこもり魔女を溺愛するようです 沙寺絃@『追放された薬師~』12/22発 @satellite007
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