第43話 祝福
「エルウッド、フィーさん、申し訳ありません。わたくしは王女として相応しいよう、貞淑で自己主張せず、殿方や親を立てるように教育されましたの。本心では納得のいかない思いを抱えていましたが、王女に生まれた者のさだめだと受け入れていましたわ。ですが今回の件ではっきりと、自分で意思表示しなければならないと悟りました。あなた方お二人のおかげですわ」
「そ、そうでしたか」
アイリスの言葉に気圧されたように、エルウッドは返事をした。フィーは思わず笑ってしまう。
「ふふっ、素敵な王女様じゃない。この子、いいえ、この方が女王陛下になってくださるならこの国も安泰でしょうね」
「ありがとうございます、フィーさん」
アイリスもフィーを見つめて優しく微笑む。
「お見苦しいところをお見せしました」
「いいえ、とても立派だったわ」
フィーが褒めるとアイリスは頬を赤く染めて俯いた。
「自分でも、あんなに怒るなんて思いませんでした。知らずに溜め込んでいた不満が爆発するなんて、ちょっとびっくりしてしまいましたわ」
「以前と比べて随分とお変わりになりましたね」
「ええ、エルウッド。黙っていても良いことはないと、あなたとの婚約破棄で学びましたもの」
「アイリス様はあの時も反対なさってくださいましたね」
「結局止められませんでしたけどね」
「そのお気持ちだけで十分です」
「そう……そうでしょうね」
アイリスはどこか寂しそうに笑うと、エルウッドとフィーを交互に見比べた。
「これからは次期国王としてふさわしくなるべく、頑張らないと。フィーさんにも改めてお礼を申し上げます。あなたもサンドラ王国の恩人の一人です。王国の永住権と王都の市民権、それから報奨金と家を用意させていただきます。もちろん調合師としての活動に支障が出ないよう配慮いたします」
「ええ!? そんなの悪いわよ!」
「いいえ、あなたには感謝してもしきれません。それに……エルウッドとフィーさんは恋人同士なのでしょう? 騎士団長と結婚なさるのなら、それぐらい差し上げないと釣り合いが取れませんもの」
「……へっ!?」
「わたくしさっきから聞いていましたのよ。エルウッドがあなたにプロポーズしていらっしゃるのを。拒絶の理由がわたくしだと言うのなら、もう何も問題はありませんわ。あとはフィーさんのお気持ち次第ですわね」
アイリス王女はにっこり微笑む。天使のような笑顔だが、有無を言わせない迫力がある。あのダメな両親の影で爪を磨いていたようだ。これは傑物、女傑として歴史に名を残しそうだなと、フィーは場違いなことを考えた。
「わたくしは両親がエルウッドを侮辱した時に、庇い通すことができませんでした。その後も彼に手を差し伸べることができず、今日という日を迎えました。エルウッドに相応しいのはわたくしではありません。彼の側で支え、再起を支えたフィーさんですわ」
「……私は別に、そんなつもりじゃなかったんだけど……」
最初は同情心が始まりだった。けれど王都で一緒に暮らすようになり、エルウッドの新たな一面を知るたびに惹かれていった。
今では彼に恋をしていると、はっきり自覚できる。それなのにエルウッドを拒んだ理由は、自分が不老長寿の魔女だから。生きる時間が違うから。それに王女のことがあるから、エルウッドに応えてはいけないと自制していた。
しかし今では、それらの問題はすべて解決している。
「……私は……」
顔に熱が集まるのを感じて、フィーは俯いた。こんな状態ではとてもアイリスの顔を見てはいられない。そんな彼女を愛おしそうに見つめて、エルウッドは口を開く。
「フィーさん、もう一度言います。俺の妻になっていただけませんか? 俺はあなたを愛しています。一生大切にします。だから、どうか俺の側にいてください」
フィーはこくりと唾を飲み込むと、エルウッドの瞳を真っ直ぐに見た。彼は真摯に自分のことを求めてくれている。それがわかる。だからこそフィーは応えなければならない。たとえどんな結果になろうとも。
「……うん。喜んで」
フィーが答えると、アイリスは嬉しそうな表情を浮かべ、エルウッドは満面の笑みでフィーを抱き締めた。
「ありがとう、フィーさん! 俺を選んでくれたこと、絶対に後悔させないと誓います!」
「や、エルウッド!? いきなり何するのよ!」
「愛しているんです、誰よりもあなたが愛しくてたまらない。これからはもう誰に遠慮する必要もないでしょう?」
「あーもう、わかったから! 離しなさいよ、王女様の目の前なのよっ!?」
「あらあらまあまあ、素晴らしい光景を目にすることができましたわ!」
アイリスは嬉々として拍手をする。フィーはますます顔を赤らめた。
「おめでとうございます、エルウッド、フィーさん。幸せになってくださいね」
「はい、必ず」
「う、うん、ありがと……」
エルウッドはフィーを抱き寄せてキスをした。
「……んんっ! んんーーっ!?」
フィーは思わず変な声を出してしまうが、エルウッドはまったく気にしていない。アイリス王女は笑顔を崩さず、あらあら~と微笑ましく見守っていた。
「フィーさん、あなたはわたくしの命の恩人です。エルウッドと結婚しても、何かあった時にはわたくしを頼ってくださいね? いつでも駆けつけますわ」
「っぷは……! は、はいぃ……っ」
「エルウッドも、フィーさんのことをよろしくお願いしますね」
「はい、喜んで!!」
フィーはエルウッドの胸に顔を埋めながら返事を返した。
すっかり脱力するフィーとは対照的に、エルウッドはこれ以上ない良い顔でアイリスに返事をするのだった。
こうしてエルウッドは王女の婚約者を正式に辞退し、汚名返上も果たし、晴れて自由の身となった。
***
後日、アイリス王女は宣言通り女王に即位することになる。
「それではお父様、お母様、これからは離宮でごゆるりと隠居生活をお楽しみくださいましね」
「は、はいぃ!」
「うぅっ、どうしてこんなことに……」
アイリス女王は即位すると、即座に両親を隠居させた。国王夫妻はすべての権限を剥奪され、すっかり萎縮していた。
主力の貴族や騎士はアイリス女王の支持者となり、王宮はアイリス派が牛耳ることになる。
そしてアイリス女王の治世下で、サンドラ王国は世界史でも語り継がれる平和と繁栄の時代を築くことになるのだが、それはもう少し未来の話である。
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