第三十三話 本当の婚約破棄

 みんなに囲まれ、見守られる中。

 私とビリアンは婚約破棄の正式な書類にサインをした。

 これで……これで本当に私達の関係は終わったんだ。


「私にこんな恥をかかせて……絶対に復讐してやるからな!」

「もうやめましょう、ビリアン様……」


 今まで黙ったままだったエレオノールが彼をさとそうとする。でもそんな言葉もやはりビビアンには届かない。彼の怒りは収まることはなかった。


「ビリアン……」


 彼のこの性格は、きっと治らないのだろう。いや、もしかしたらなにかのきっかけで変わることもあるかもしれない。でもそれはきっとずっと先のこと。

 今の彼は、また私に、そして私の大切なみんなになにかをしでかしかねない。

 そうなる前に……私は、彼にカードを突きつけた。


「ビリアン、引いて」

「?」

「引いて」


 彼の目を見て、力強く言いつける。

 私の迫力におののいたのか、一瞬驚いたビリアンは、恐る恐るカードを引いた。


「……これで、満足か」

 

 ビリアンが引いたカードを受け取り、それを確認する。

 

「私が占いで使うタロットカードはね、心を映し出すものなの」

「?」

「貴方が心の中に描いたことを、このタロットカードが映し出してくれるの、だから私の前で隠し事なんて出来ないわよ」


 そこに描かれていたのは白馬の上で笑う子供と赤い旗。四つの向日葵の上には祝福の黄色で塗られた力強く輝く太陽。

 カードナンバー19――《太陽》のカード、その逆位置だ。


「ビリアン、貴方が私や私の大切な人達に手を出そうとするなら、私も相手になる。でも覚えておいて。占いで貴方の心の内はもう見透かしていることを」

「な、なにを言って……?」

「分からない?」


 特になにかをしたわけじゃない。

 ただ私はビリアンの目を見つめ、十分に間を置き淡々とした口調でこう言っただけだ。


「私は――あのことを知っていると言っているの」

「ッッッ!?」


 途端に彼は走り出していた。

 以前屋敷で知られてはならないことを言い当てられたこともあるビリアンだ。ハッタリとはいえ、あんなことを言われれば気が気じゃないだろう。


「ま、待ってくださいビリアン様」


 店を後にしたビリアンを追うように、エレオノールもついていく。

 思えば彼女もかわいそうなものだ。でも彼女はずっと、ビリアンの傍にいた。

 きっと彼の汚い部分も、辛い日々も見てきたはずだ。それでも彼についていくエレオノール。ビリアン、私なんかに復讐することを考えず、彼女のことを考えてあげなさいな。


「さて、と」


 これで本当に決着だ。

 私は振り返り、みんなにお礼を言う。

 

「みんな、本当にありがとう」

「やったー! 大勝利だ」


 深々とお辞儀をすると、キリエちゃんが声を上げ抱きついてくる。

 他のみんなも声を上げ、結果に喜んでくれていた。

 なによりも、一番お礼を言いたい相手がいた。みんなをこうして集めてくれたの、ウィルだ。


「ウィル、本当にありがとう」

「言っただろ、君には恩があるって。君のためならなんだってするさ。君が望まずともね」

「さあさあ勝利の祝いだ、一杯やってけ!」


 マスターが叫び、店内はますます騒がしくなる。

 今日は一日、楽しくなりそうだ。





 見事一件落着、かに思えた今回の騒動……でも一つ大きな問題が残ってた。

 

「占い小屋、どうしよう……」


 切り株亭でみんなとどんちゃん騒ぎをしているなか、唐突に思い出したそれ。

 そう、占い小屋は壊されたままなのだ。

 占いに必要なタロットカードは持っているし、売上金も残っている。やろうと思えばどこでも占いは出来るけど……どうしたものかと思案していると、思いがけない人から声が上がった。


「それならば、今度こそ私の賃貸を使う時だろ」


 今の占い小屋を開く時にも、場所を貸してくれた団長さんが今度こそはと名乗りを上げてくれたのだ。

 しかし――


「待ちたまえ。彼女の店は私が出資させてもらう」


 と、今度はレックスさんが名乗りを上げた。

 

「彼女の腕前と人気なら、賃貸といわず専用の店舗を建ててもいいぞ」


 せ、専用の店舗!?

 たしかに、評判が上がってくれたおかげで、あの小さなテントで対応するには難しくもなってきたところだけれど、さすがに……それは……。


「まあまあ、それなら~私も立候補しますわ~」

「あ、僕も」


 と、ヴィヴィオさんにラステルさんまで手を上げ始めた。

 誰が占い小屋を新しく建てるか、私を置いて四人が睨み合い。今にも新たな抗争勃発かという一発触発の雰囲気の中、私は一つの提案をした。


「そ、それなら……共同出資にしましょう!」


 共同出資。

 つまり、一人が全額を出すのではなく複数人で少しずつお金を出す。

 これなら喧嘩も起こらないだろう。


「ふむ、それならば」

「私も文句はない」

「これは、いいですね~」

「うん、いいかも」


 四人も納得の様子だ。


「それならうちも噛ませてもらおうか」

「マスター」

「うちじゃ店舗を建ててやる、なんてことできないが、一口くらないならなんとかなるしな」

「無理しなくても」

「なに言ってんだ、ちゃーんとお前の占い小屋にうちの名前乗せてもって宣伝してもらうからな」


 と、こんな感じで占い小屋はそう遠くない未来、新しい形で出発できそうだ。


「よかったな、マリー」


 私のテーブルに、ウィルがお酒を片手にやってきて、私の前へと座る。


「これで、ほんとうに万事解決だな」

「ええ、そうね」


 思い返せば色んな事があった。

 初めて来た街で襲われそうになって、ウィルに救われて。

 ひょんなことから占いをして、なるつもりがなかった、本当になりたかった占い師になって。

 そして、みんなと出会った。


「ふふっ」

「どうした?」

「ううん、なんだか楽しいなっておもって」


 それもこれも、二十二枚の大アルカナと、六枚の小アルカナ達のおかげ。

 そしてなにより、ここにウィルのおかげだ。


「そうだ、彼の帰り際、ずいぶんと恐ろしいことを言っていたけど、あのカードは一体どういう意味があるんだ?」


 さっき私がビリアンに引かせたカードのことか。

 引いたカードは《太陽》の逆位置。その意味は――


「《太陽》の逆位置は、成果は出ない、って意味」


 太陽という力ある輝きから日陰に入ってしまい、手に入るはずだった成果を得られない状況のことを指し示している。


「なるほど、彼にはお似合いかもしれんな」

「うーん、それはどうかな。いつも言っているように所詮は占いだし」


 絶対に占いが当たるとは限らない。それに仮に当たっていたとしても、《太陽》のカード、その逆位置には本来持っている力を発揮できてない、という意味もある。


「そうか。それもそうだな」


 もしかしたら、ビリアンが真に力を発揮出る場に出れば、今よりももっとすごい成功を収めるかもしれない。そう、所詮占い。ウラがないのだから根拠に根ざした絶対的な力もないのだ。

 彼の今後は、誰にも分からない。

 そして、私の未来も。


「そうだ、こんな機会になってすまないが……」

「ん?」


 そう言って、ウィルが懐から小さな紙袋を取り出した。

 綺麗に包装がされていて、なんだかウィルが持つには似合わないものだけど……


「これを君に」

「私に?」


 なんだろう。そ思いながら丁寧に包装を解くと、中から出てきたの見覚えのあるものだった。


「これ……あの時の、犬の置物?」


 ラステルさんのお店に初めて行ったときに、ウィルが買おうとしていた犬の置き物。私も気になっていたものだけど、どうして……。


「あー……あの時は騒動があって買うことが出来なかったら、後日改めて買いに行ったんだ。大変だったよ、今度は私一人だったから。敵地への単身突入よりよっぽど勇気がいった」


 そっか、ウィル一人でラステルさんのお店に買いに行ったんだ。


「でも、どうして……? 誰か渡したい人がいたんじゃ」

「ああ、いるよ――目の前に」


 突然だった。

 突然、ウィルからそう切り出された。

 周りではどんちゃん騒ぎは続いている。みんながお酒や料理を手にして、嬉しそうに声を声を上げ、むしろ騒がしく、うるさいくらいだ。

 それなのに、それなのに――

 私とウィルの間だけに静寂が包んでいた。まるでここだけが別世界のように。


「え、と……その……」


 彼の放った言葉の意味。それが分からない程、私も子供ではない。今にして思えばラステルさんのお店でのウィルの狼狽も、キリエちゃんの信じられないと言いたげだった顔も、そういう意味だったのかとようやく気付く。

 どうしよう。どうしたらいいんだろう。

 全く想定していなかった、どう答えたらいいんだろう。

 顔が熱い、お酒のせい? ううん違う。これはきっと――


「こらぁ、ウィル! そんなとこでなにぼさっとしてんだぁ!」

「だ、団長……!?」

 

 お酒片手に顔を真っ赤にした団長が突然、私達のテーブルにやってきた。

 あのダンディな団長さんの足取りもフラフラで、どう見ても既にできあがっているようだ。


「団長……飲み過ぎですって」

「おぉう? なーんだ偉そうに、え? 単騎駆けでも命じてやるぞぃ」

「……まったく、もう」

「はは……」


 ウィルが足取りのおぼつかない団長を手近な椅子へと座らせる。

 突然のことに私も驚きだった。彼の気持ちになんて答えていいのか、分からない。

 でも、今は――


「ありがとうウィル。これ、大切にするね」

「ああ」

「さ、今日はトコトコン飲みましょう」

「ああ、そうだな」


 今この時を、楽しもうと思う。





 

 数日後のある日――

 そこは、厳かな場所だった。

 鏡のように綺麗な大理石に囲まれ、足音一つ響かせるのも躊躇われる。

 それもそうだ、なにせその中央にはこの国を治める王の玉座が鎮座し、薄いカーテンでその姿を隠している。

 人前に簡単に姿をさらさぬ玉座の前で、誰しもが言葉をなくしてしまうのも、無理からぬ事。

 そんな玉座の前に一人の男性がいた。

 跪くように、頭を垂れ微動だにしない。

 ウィルだ。彼は交易都市ダグワーズから離れ、この国の中心であるミモリア城へと参内していた。


「調子はどうか」


 玉座から、声が響く。

 でもその声は、男のものではない女性。

 この国の女王のものだ。


「はっ、おかげさまで」

「ダグワーズに行って、もうどれくらいになる?」

「もうすぐ、一年になります」

「一年か」


 その期間に対して、女王は感嘆の声を上げていた。


「たった一年で、あの評判の悪かった騎士団をよくまとめ上げたもの。街も雰囲気がかなり良くなったようだな。なにかあったのか?」

「いえ、とくには……ただ」

「ただ?」


 俯いていたウィルの顔が、僅かに上がる。


「良い出会いを、致しました」


 キラリと爽やかな顔が女王へと向けられる。


「出会いか。なるほど出会いか。出会いは人を変えるもの。お前も変わったな。それもいい方向に」

「ありがとうございます」

「引き続き、その街で尽力し様々なものを見て、多くの人と関われ。いずれこの国を背負う者として」

「はっ」

「我が息子、ウィルナンドよ」



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令嬢マリーの占いにウラはない 碧崎つばさ @Librae_Y

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