4 フクロウになりたいアルマジロ

4 フクロウになりたいアルマジロ

 ―――僕はフクロウになりたいと思った。

 僕は謝罪の言葉を呟きながら、涙を零していた。強い罪悪感に眩暈がし、世界が回転する。霧がかったその景色がだんだんと遠のき、消え、それが悪夢であったと気がつくにはかなりの時間を要した。


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 悪い夢から醒めた日は良いことが起こるというのは割と真実なのだと僕は思っている。硬い背中を揺らし、家から出ると、眩しい朝日がそこにあった。今は地表で見上げるだけだが、いつかは一緒に空に飛べると思うと心に勇気が湧き出る。この勇気が夢を見る活力になるのだ。

 僕の朝は、家の入口まわりを二周する。これは一種の癖で、寝ている間に他の連中が僕の家を狙っていないかどうかの確認のためだ。他にあとひとつだけ理由があるのだが、今日も無意味に終わった。

 そしたらあとは捕食者に気をつけて歩くだけだ。気をつける、なんて言っても僕には硬い鎧があるからそんなに怖くない。僕は友達と合うため、西の大岩を目指した。

 僕の友達は僕より体が小さく、僕のように丸くなり体を守れない。生まれつきそういう体質なのだ。しかし、彼は聡明で、僕にはない発想と確かな知恵を持っている。それでいて彼の言葉には嘘がないのだ。そんな友達がいるのを僕は誇りに思っている。今日は久々に合うので少しばかり足取りが軽い。背の低い草むらをかき分けて進んでいると、鼻につく少しばかり懐かしい声がした。

「やぁ、今日もありえもしない夢をみているのかい?夢見団子さん」

「余計なお世話だよ。僕に構わないでおくれ」

 そう言ってくすんだ緑色の小さな彼を通りすぎようとした。だが、彼は小さな体を活かし僕の背中に乗ってきたのだ。多分今日も旅をするつもりなのだろう。その小さな体ではあまり遠くに行けない。だからこうやって他の足を使う。自分の足はいっぱいあるというのに、本当にずる賢いのだ。

「どうせ彼のところに行くのだろう?私も西へ運んでくれたまえ」

「君、そんなことしてると食べちゃうぞ。はやくチョウチョになればいいのに」

「そんなつれないことをいわないでくれ。私は君と違い、空には憧れがないのでな」

 彼はいつもそういって僕を笑う。

 本当は早く空へと羽ばたきたいのにそれが叶わないから君にあたるんだ、と友達が言っていた。そんな面倒なことをよく飽きずにできるものだと僕は感心した記憶がある。きっと彼は見栄っ張りなんだろう。

「僕はそんなんじゃないよ。ちっとも空に憧れてなんてないんだ。僕はフクロウになりたいんだ」

「それが不思議だ。なぜ君はフクロウになりたいのだ?」

「秘密だよ。これだけは」

 僕がそう言うとさすがに彼もそこから聞かなかった。あとは他愛もないお天気の話とか、最近増えてきた植物の話とか、そろそろ季節が変わりそうだなとか、あとは彼の見た珍しいものの自慢話に付き合わされもした。

 しばらくすると彼も僕も話題がなくなり、静かな時間が流れた。

 ふと、僕は彼になぜ旅をするのか尋ねた。彼はなんで旅をするのか、昔からずっと疑問に思っていた。

 初めて出会ったときも、旅をしていた彼と出くわしたのだ。

 僕は不思議と定期的に旅する彼と会う。出会った頃は綺麗で、空からの色をすべて透かすような緑だった。だが、今は見る影もない濃い緑となって光を通さなくなり、くたびれてしまっている。

「その質問はずるいな。これは私の生きる意味なんだよ。君の持つ夢とはまた違う。そうだな、わかりやすく言ってしまえば、私はこうしていないと死んでしまうのだ」

 僕はよくわからなかった。彼が何を言いたいのか。

 でも、わかったこともある。彼は僕と違うということだ。種族の違いじゃない。僕と彼の決定的な違い。

 それは、僕は夢を見続けてるだけ、ということだ。見続けて、おそらく終わってしまうのが今の僕なのだ。そこから先はないだろう。

 けれど、彼は違う。決して夢を見ているわけではない。だが、彼の一生は色鮮やかであろう。それは空舞うあの蝶の羽のように。

「そうか、そうなんだ。ふーん」

「君達は住処を作るだろうが、私にはそれがない。私が私である月日を考えるとそんなものに頼ってはダメなのさ。自分の存在を確かにつくらなきゃいけない」

 気がつくと僕は彼の話を漠然と聞いていた。彼は長く話していたようだが、そのほとんどを聞き流していた。僕は安い思いを抱いて夢を見ているつもりはなかった。だけど、あんな話を自慢気に聞かされたら僕も何かしなくては行けないと、焦燥感に駆られたのだ。

「なんか、難しいことを言って僕をからかっていないかい?」

「そうかもしれないね。」

 彼は中途半端に気持ちをかき混ぜてから、僕の背からぴょんと飛び降りてしまった。僕は誰もいない背中が少しさびしくなり、小さいその姿が消えてしまうまで見送った。彼との別れを名残惜しく思ったのは今日が初めてだった。なんとも言えない感情が渦巻いたがそれを丸めてどこかに投げた。

 これから友達に会うのだ。変な顔をしていたら楽しめない。気分を変えるため、次の一歩だけやけに強く出した。地面にできたえぐれが僕の爪の威力を示した。多分、今日はいいことが起こる、そんな気がする。朝の予感だけを信じて、歩き出した。

「やぁ、懐かしいね。相変わらず元気かい?」

 どこか深みのある友達の優しい声がした。久々に会ってもその知性や品格は決してくすんでいない。あのイモムシとは違うのだ。僕の友達は優しい声をしながら僕に近づいてきた。僕は気晴らしの乱雑な歩行をやめ、ゆっくり歩いた。西の大岩周辺の土は少し湿っていた。

「うん。元気だよ。君も元気そうじゃないか」

 そう言って見ると友達は少し顔を曇らせてから僕にこういった。それは驚くべきことだった。

「僕は元気だけど君はそうでもないね。なにか悪い夢でも見たのかい?」

 友達のすごいところはこういうところだ。たしかに僕は挨拶を返した時、今朝の目覚めを思い出した。その時の表情の僅かな違いも見逃していなかったのだろう。僕は昔から嘘が苦手だったのだが、それは多分友達がすぐ見抜いてしまうからだと思う。なんにしてもすごい特技だ。

 僕は今朝見た夢が悪い夢だったのを友達に言った。すると、わかっていたくせに当てたことを喜んだ。

「悪い夢は早く忘れてしまうのが一番。さ、行こうか」

「うん、そうしよう。僕はもうお腹ぺこぺこだよ」

 そうして僕らは西の大岩から少し離れたいつもの食事処である草原の端にある森へと向かった。この森の奥は見たことないが、友達が言うにはとても広いらしい。翼があればすぐだと友達が言っていた。その景色や姿をよく妄想し、話し合った。

「にしてもそろそろ春も終わるね」

「ふぃ?ああ、そうだね、そろそろまた暑くなるね」

「暑いと大変だしね。またあの子が派手に暴れるかな?」

「ああ、あいつなら暴れるね。あいつより暑さに弱いのは見たことがないよ」

「そうなのかい?フクロウはとても暑がりだと聞いたよ」

「ええ!?そうか、フクロウは暑がりなのか。確かに毛むくじゃらだって言っていたね」

「そうさ。それにね、彼らは僕達みたいに果実じゃなくて肉を食べるそうだ」

「そうなのか。うーん、フクロウになるのは大変そうだ。僕は肉も食べたことがないし、けむくじゃらでもないし」

「ははは、そうだね。でも君ならなれるさ。できることからやるんだよ」

 そんな会話をしていたらいつもの食事場に着いた。ここはいろんな果実が生えるので僕達はよく来る。先客がいることが多いのだが、今日はいなかった。

 僕らは熟して落ちた赤い果実を食べた。なかなかに美味しい果実だった。これを食べないフクロウを可哀想だとも思ったが、それでも憧れは消えず、むしろフクロウの食べている肉はこれより美味しいのではないかと胸が踊ったりもした。

 心の底で悪い夢が疼いたのには、まだ気が付かなかった。

「あれ、もうないね」

 思ったより果実の数が少なかった。上を見上げれば実っている果実はある。だが、僕らにはどうしようもなかった。しかも運が無いことに空が曇り始めたのだ。いままで生きてきて、こんなについてないことはあったのだろうか。

 とりあえず僕らは足早にそこから離れ、近くの丘の大樹の下に避難した。ここなら雨のあとの増水の被害を受けないと、友達が言った。

「これはかなり降りそうだね。今日は僕の家に泊まるといい」

 そういって僕の友達は玄関を見せる。僕はそれを一瞥し、曇り空を見た。確かにこれは降りそうだ。どんよりした空を瞳に反射させる。すると、僕の友達が話しかけてきた。

「なにか悩みでも?」

「毎日が悩みごとだよ」

「そう、じゃあ気晴らしに面白い話でもしようか」

「これは北にある程度行くと会えるらしいんだけどね。そこにいるネコたちはなんと料理をするらしい」

「りょうり、ってのはなんだい?」

「今日食べた果実があるだろう。あれを焼いたりとか、凍らせたりとか、とにかく加工してから食べることさ」

「そんなことができるのか、ネコってのはすごいね。どんなやつだい?」

「さぁ?見たことがないからわからないけど多分賢い奴らさ。きっと爪があるね。それにビョウビョウと鳴くと思う」

「それは面白い!賢いのは君よりも?」

「あぁ、もちろんさ」

「すごいなぁ」

 僕は僕の友達の話に興奮した。彼の話はあのイモムシよりも楽しい。少しばかり、その料理というものをするネコを想像する。なんだか面白くなってきて笑ってしまった。僕の友達もつられて笑っていた。そうやって丘の上で過ごしていた。

 しばらくして空も風も次第に雨の湿気を運んできた。僕は満たされていない食欲の解決方法とフクロウにどうしたらなれるのかを漠然と考えていた。ただ雨雲を見上げるだけの草原を見つめ、友達との久々の再開も忘れていた。友達を忘れていたことに気がついたのは僕の視線に雨の中飛ぶ小鳥が入ってからだった。小鳥は雨に打たれながら飛び、森の中へと消えた。ぽとりと大樹の葉から雫が垂れ、僕の鎧を濡らした。

 友達はずっと隣にいた。

 振り返り、彼を見た。

 眠っていた。深く眠っていた。

「………寝ているのかい?」

 僕は震える小さな声を発した。これで彼が目覚めてほしい。でないと早朝の悪い考えが僕を包み込んでしまう。小刻みに自分の体が震えるのがわかる。恐れからか、好奇心からか、それとも僕には言い表せない未知の感情からか。

 獲物、として見ると彼はなんと食べやすい肉なのだろうか。猛禽であるフクロウなら一撃だろう。その柔い鎧、その下の肉。邪な魅力がそこに詰まっている。

「僕はなんてことを………」

 僕は自分の爪が彼の喉元に届きそうなのを見て唖然とした。まだ、湿った土が付いている爪だ。

 肉もえぐれるアルマジロの爪だ。

 雷鳴が激しく轟いた。それを皮切りに雨は豪雨となり、丘を草原から孤立させた。そうして誰も来れない孤島へと変貌していった。

 僕は夢の中でも寝ているように横たわっている彼を見下ろしていたのだ。

 そして硬い甲羅を避けて、死肉となった彼の肉をかじる。その姿はフクロウとは程遠いケダモノのようであったろう。恐ろしく響く咀嚼音だけが妙に現実味を帯びていた。まるで、本当に友だったものを貪っているかのように。


 僕はその時、確かにフクロウになった。なった気でいた。僕はフクロウになりたいんだ。アルマジロではいられなかったんだ。


 僕はフクロウになりたいんだよ。

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ナチュラルに4時なんですけど。 絵 具丈夫 @tanitanishi

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