第27話 だるま七転び

 ということで転職に成功し、2021年2月から社会復帰を果たす。


 そして私は10年ぶりくらいに確定申告をした。

 年またぎで失業中だったのは、久しぶりのことだ。



 いちおう春先までの給与収入はある。

 それと、証券口座の株式譲渡益や配当益だ。


 念のためマネックスさんから確定申告に必要な上記データを取り寄せてみたものの、いろいろ考えて結局はやめた。

 これで所得が増えて住民税まで増えたら意味もない。

 私はその絶妙な収入ゾーンに居た。



 給与所得と異なり、株の配当や譲渡に関する所得には控除が無い。

 ここでいう控除とはいわゆる基礎控除、社会保険料や医療費、扶養や配偶者といった課税所得額が決定する前の控除とは違う。

 給与収入には年収に応じた給与所得控除が、公的年金収入には年金にかかる雑所得に応じて控除される額の計算式がある。


 もちろん厳密には株の配当金や投資信託の分配金にも控除があるのだが。


 企業が日夜営業活動を頑張り、法人税を納めたあとの剰余金が株主へ分配する原資であるのに、それを受け取った株主に対しても課税するのは、いわゆる二重課税になるのではないか、という指摘もある。ガソリン税への消費税加算と一緒だ。


 ちなみに株の配当控除は10%であるものの、配当の合計所得が一千万円を超えると、その控除は5%に減額される。

 配当所得999万円と1001万円では控除額が49万円も異なるので、利回り4%の配当収入でビリオネアを目指す個別株投資の皆さんは、総資産を25億円以下に留めた方が良い。


 まぁこれはあくまで一切の要素を排除した冗談のような例え話だが、リアルな労働外収入生活を目指すFIRE目標民はこのへんの詳細を各自、国税庁のホームページで確認されたし。

 世の中うまく出来ているもので、配当収入100万円くらいでFIREしたら各控除で所得税や住民税は非課税になるかもしれない。

 でも預貯金や有価証券保有額があると、健康保険や介護保険まで免除とはならないから、庶民から税を吸い上げるシステムは相当にキチンとしているのである。


 

 話を戻すと、もちろん私の年間の配当総額はまだ20万円程度と、大したものではない。

 コロナ禍で値下がりした銘柄をナンピンしたり、売却損を出したぶんの合計は年末には還付されていたので、徴収された源泉税はもっと少ない。

 費用対効果と手間暇を思うと、敢えて給与所得以外の配当益も申告する必要があるのだろうかと悩む。


 どうせ特別口座で源泉徴収はされているんだ。

 世間では「アベノマスクの予算ガー」とか「コロナによる生活困窮者ガー」と懸命に訴える憂国の士が大勢いらっしゃるようだ。

 そういう人々の熱い姿勢に胸を打たれた投資家の私は、無職であったが敢えて源泉税はそのまま国庫に納付することにした。




 そして2月。

 私はいまも在籍している会社へと初出社をした。


 それを記念した訳ではないのかもしれないが、私は調子に乗って新しい銘柄を村に招き入れた。


 菱電商事<8084>(現:RYODEN)。


 三菱電機系の最大手子会社。

 

 ビル空調設備、エレベーター、半導体まで手掛ける。

 優待は百株から、2千円のクオカードを貰える。

 これを3年以上保有していたら、同3千円まで増額する。

 久しぶりにカタログギフトではない、マツキヨさんで使えるクオカード銘柄だ。


 リョーデンさんを選んだ理由としては、利回りが良いこと。

 旧三菱財閥系の上場企業は総じて、配当が大きいのが特徴として挙げられる。

 どっかのイオnに聞かせてやりたいくらいだよ。


 加えてクオカードまで頂戴できるのならば、さらに利回りは上昇する。

 増配傾向も非常に顕著であり、私が購入した頃からは倍以上の配当を貰えるようになった。

 

 よし、これで更に生活費の削減ができる。

 この時は素直にそう思っていたんだなぁ。




 ところが4月。

 私は平日にも関わらず家に居た。


 勤務中にちょっとヘマをした私は、前職のトラウマに近いものがフラッシュバックしてしまったんだ。

 そこから狼狽して心拍が乱れて、感情も激しく掻き乱されて、涙が止まらず、平静を保てる状態ではなかった。


 さっそく入社したばかりの会社で休職である。

 これほどまでメンタルの奥深くに棘が刺さっていたとは知らなかった。

 もう自分は前向きになれたと勘違いしていただけだった。

 やはり精神的な類の病は根が深い。

 メンタルが良くなったと思っても、全然良くなっていないのだ。



 まだ入社から時間を置かない試用期間の身であった私は、自分の有り様と情けなさに激しく落ち込んだ。

 当時の上司に「僕はこのまま試用期間満了としてクビですか?」と素直に尋ねてしまう程であった。


 そういう人事判断がされなかったのは幸いか否か。

 私は別の配属先に回されて、以来3年以上をそこで過ごすことになる。



 つーわけで、5月。

 その別の配属先で初出社をする。


 もはや心機一転という単純な話じゃない。

 すっかり落ち込み、自信を無くした私は、この頃から急激にFIREを切望するようになっていった。

 もう頼れるのは自分の村だけだ。

 自分の身体も心も世間も会社も頼れるものでは無い。

 だったら早く村づくりを完了して、引退してしまおう。


 2019年の母の死や翌年のメンタル崩壊を踏まえて私は最高に絶不調でネガティブな状態に陥っていった。

『四十は不惑の歳』だなんて誰の発言だ。

 言った奴でてこい。

 現にこうして惑わされてばかりじゃないか。


 実際に2021~2023年の三年間に関する記憶はあまり無い。

 おクスリ飲みながら日々の仕事に食らいついて、帰宅したら疲れて眠るといった具合であった。



 ちなみに面接で内定が出てから就業までの合間に、カクヨムさんを始めたのがこの年でもある。

 しかし、私のような地味でマイナーでインディーズな者が、そうそう評価を得られるものではない。


 それでも応援を頂くと嬉しかったのは間違いない。

 だって公募に出すってのは、せいぜいが編集さん数名か下読みさん一名くらいにしか読まれないのだから。

 こうやって私なりの作品を世に披露できるのは楽しかった。


 とはいえ、やはり評価やPVも上を見ればキリがない世界だ。

 メンタルも病み続けていたので、せめて書籍化でもワンチャンあればと願っていたものの、私のような地味(以下略――)ではそう容易い話ではない。

 


 

 創作に関しては一個だけ嬉しい知らせがあった。

 前年から推敲していた長編第五作『あの娘に「すき」と言えないワケで』。

 https://kakuyomu.jp/works/16816700428502371673


 第28回電撃大賞さんで四次選考までいった。


 でも蓋を開けてみればそれだけって話なのよ。

 しかも私の長編作品では一番カクヨムで伸びない作品だった。

 最終選考でも一次選考でも、落ちたら所詮それはアマチュアの世界なのさ。


 そりゃ悔しいよ。

 四次選考まで行ったら相当気持ちが浮わつくし。

 私の代表作は『おやきエッセイ』なわけ無いじゃないのよ。

 当然『あのすき』なの。

 電撃さんの四次選考で、しかもカクヨムから並行応募できずハートやフォロー数も関係ない時代に、原稿だけで編集さんにガチ選考して貰えたなんて、いわば名刺代わりのものだと言えない?



 でも今は、この結果がどうとでも構わない。

 この作品は私の先祖供養のようなものだったから。


 本作に登場する主人公の家の蔵に住む座敷童で高祖父の妹『ふみちゃん』は、実在した私の祖父の妹をモデルにしている。

 祖父の妹は相当幼くして亡くなったみたいだ。

 家系図を見ても名前も生年月日もわからない。 

 没年月日と戒名だけが残っている。


 私は幼い頃、祖父と一緒に風呂に入っていた時にこの話を聞かされて憶えていた。


 しかし父や叔父叔母も、誰もふみちゃんの事を知らない。

 私は過去の祖父の記録を引っ張り出して、これが事実だと邑楽家に知らしめた。


 名前もつけられたか分からず赤ん坊の頃に亡くなって、一族からその記憶も消えていた大叔母だが、私は彼女にふみちゃんという名を与えて、作品の中で蘇らせた。

(もちろん座敷童なので、彼女も若くして亡くなった設定だけど)。

 作中ではもう少し大きくなった5~6歳にした。

 そういう意味では亡き大叔母が作中で活躍して、しかも外部の公募で三次選考通過とまで言わせたのだから。

 私にしてみれば、これ以上ないくらいありがたい話だ。


 生前は病気がちで本を読むのが好きな座敷童、ふみちゃん。

 大叔母の戒名も『夢本童女』である。


 

 一方、カクヨムさんでは同年のゴールデンウィークにエッセイを投稿した。

 私が過去に実際に行った旅の記録として、

『長野県にいる間はとにかく「おやき」しか食べてはいけない旅行の話』

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219865589346

 を掲載する。


 この時に蒔いた種が伏線になり、6年半後(本作公開からは2年後)に続編となる旅をしたことで、私はカクヨムで『おやきの人』になってしまったのである。


 それも世の常、もうどうなっても構わないよ。

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