第18話 国東くんと佐伯師範



 国東くんは「こんにちは! 失礼します! 」と大きな声で挨拶すると臼杵くんの背中をドンと叩いて臼杵くんもか弱く「こんにちは。失礼します。」と挨拶をした。私も流れのままに挨拶をして靴を脱ぎ道場へ上がってしまった。


 国東くんから


佐伯さえき師範に話してくるからここに座っちょって。道場では正座か胡座あぐらやからな。」


そう言うと国東くんは小学生達が練習している道場の奥に置いてある一人がけソファーに座っている黒帯の強そうな人の所へ行き、正座をして礼をすると何やら話しだした。私はきっとあの人が佐伯師範なのだと理解した。すると佐伯師範は懐からスマートフォンを取り出し誰かと電話して、また国東くんへ話し掛けると立ち上がり私達の方へと歩いてきた。


 近くへ来ると大きな身体で黒帯姿の佐伯師範が私に顔を近付けて


「君はなかなか強そうだな。筋肉もしっかりしとるし。」


「ソイツやなかです。隣の男んこです。」


と国東くんが慌てて止めると


「冗談や(笑)おりゃ師範やっとる佐伯ち言うが君の名前はなんて言うんや。」


「う、臼杵泰地です。」


佐伯師範は髭の生えた顎をさすりながら上を見上げ考えだし、数秒後に


「臼杵くん、君のお父さんはもしかして泰介さんやないか? 」


そう訊ねると臼杵くんは目を見開いて佐伯師範を見た。そしていつもよりハッキリと言った。


「はい。幼い時に亡くなった父が臼杵泰介です。」


「そうか。泰介先輩は俺が高校ん時の一級上の先輩やった。強いが優しい先輩やった。」


そう言って佐伯師範は遠い目をしながら


「先輩。こりゃ運命かもしらんですね。」


そう涙ぐむと道着の袖で目を擦り、臼杵くんを更衣室へ案内して柔道着の着方から教えているようだった。時折、更衣室の中から


「えっ!? パンツも脱ぐんですか!? 」


「そや、パンツなんか履いとったらビリビリん破くるぞ。ほれ見てみぃ。」


「いや見せなくていいです! 」


と何か怪し気な会話も聞こえてきた。そして柔道着に白帯を締めた臼杵くんと佐伯師範が出てくると、道場の入り口にはさっきの廣井達が息を切らして立っていた。それを見付けた佐伯師範は


「こんバカタレ共が道場へ上がれい。」


と言うと、三人は靴を脱いで恐る恐る佐伯師範の下へ行き頭を下げていた。それから佐伯師範は三人を正座させて淡々と説教を始め、廣井達は言葉の度に頭を下げた。それを見ていた国東くんは腕組みをして笑いながら


「これにて一件落着や。川村、もう大丈夫やから帰っていいぞ。それともまだ居るか? 」


と他人事のように言ったが、時計を見ると19時を回っていたので首を横に振り


「親が心配するから私は帰るよ。」


そう言うと


「ほうか、気を付けち帰れよ。」


と笑顔で私を見送った。それから帰り際に道場の下の窓から中を覗いたら、臼杵くんは国東くんから正座から礼のやり方を教えてもらっていた。なんとなく緊張しながらも嬉しそうに教わる臼杵くんを見て私も


「これにて一件落着や。」


と独り言を言って家へと帰った。




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去年の君は、来年の私が嫌い 橘 六六六 @tachibana666

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