第87話 首飾り

 なんだ? どういう状況だ? 勝ったの? なんで?


『優勝は! 狐少女だ! 今、彼女は何を思っているのでしょうか! 嬉しさ? 恥ずかしさ? はたまた別の感情なのかぁ? 彼女の表情からは読み取れません! しかし、その頬には一筋の涙が流れているのが確認できます! どうしたのでしょうか? 泣いているように見えますが……』

「……うれし泣きだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 俺は叫んだ。精一杯の声で、全身全霊を込めて……。


 ☆★☆


「やったわね! 真白!」

「う、うん」


 金百枚。あれほどの危険に見合う金額なのかはわからないが、とりあえず、この世界で初めて自分の力で得たお金だ。


「でも、正直見ていて気が気じゃなかったわ……」


 千鶴が呆れたようにため息をつく。


「氷の男に目をつけられたところもそうだけど、最後の脱衣なんて、本当に脱いじゃうのかと思った」

「はは……ごめん……」

「でも、よく頑張ったわね。これで、今日から宿をとれるわ」

「うん……」


 このお金で、やっとみんなに恩を返せる。きっと全然足りないけれど、それでも少しづつ返していける。


「ねぇ、せっかくだからお祭りを回らない?」

「え、でもお金が……」

「そこにたくさんあるじゃない。少しくらいなら大丈夫よ」

「そうかな……」


 これからどれほど旅が続くかわからない。それなら、なるべく無駄使いは避けるべきなのだが……


「ほら、行くわよ!」

「あ、ちょっ……」


 千鶴が強引に俺の手を掴む。そのまま引っ張られるようにして、俺たちは祭りの中を歩いていった。


「いろんな店があるわね。うちの祭りほどじゃないけど、見たことないものも多いわ」

「そ、そうだね……千鶴は何か興味あるものとかある?」

「んー、そうね……露店の食べ物は割高だし、くじ引きとかもお金の無駄なのよね」

「あはは……」


 祭りでも変わらず、千鶴は倹約家らしい……。


「あ! あれはなにかしら」

「どれのこと?」


 それは小さな露店だった。暖簾には大きく「小物屋」と書かれている。


「小物?」

「ええ。ちょっと見てみましょ」

「え? あ、うん」


 特に断る理由もなかったので、俺は素直に彼女の後を着いていく。


「へぇ……色々置いてるのね」

「そうだね」


 確かに、そこには様々な商品が並んでいる。どれも、これも、精巧に作られているようだ。


「あ、これ……」


 千鶴は一つの首飾りを手に取る。緑色の宝石がついた首飾りだ。


「それはこの町の神器を模して作ったものですよ……。綺麗でしょう……。金一枚でお売りしますよ」


 店主の女が、不気味な声で話しかけてきた。店内は暗くて、その顔はよく見えない。


「金一枚……高いわね……」

「買ってあげるよ」

「え……」


 わかりやすく、千鶴は動揺する。そこに困惑の色も混ざり合って、彼女の顔はぐちゃぐちゃに引き攣って行った。


「そ、そんな……悪いわ」

「いいんだよ。今までずっと助けられてばっかりで、何もしてあげられてないんだ。たまには私にも格好つけさせてほしいな」

「い、いや……私だっていつも助けられて……」

「すみません。これ、ください」

「まいど……」


 店主から首飾りを受け取ると、有無を言わさず彼女の首にそれをかけた。


「え? え? ええええ!?」

「うん……似合ってる」

「うぅ……」


 せっかく可愛くなったのに、彼女の顔は俯いてしまって、よく見えない。

 けれど、その唸り声から喜びだけは伝わってきた。


「あ、ありがとう……」

「う、うん……」


 なんだかこっちまで、照れ臭い……。


「わ、割高だけどさ、何か食べない? どうせ食べ物は買うんだし……」

「そ、そうね」


 自然と二人の手が絡み合う。そしてそのまま、屋台が並ぶ通りへと向かって歩き出した。


「や、焼き鳥なんてどうかな……」

「い、いいわね」


 お互いに緊張しているのがわかる。ぎこちなく、手だけが動く。


「まいどあり」


 店主の声を聞きながら、俺は慣れない左手で串を受け取った。


「はい」

「ありがとう……」


 会話が続かない。なにか話題はないだろうか……。


「あ、あそことか座れそうじゃない?」


 適当に目についたベンチを指差す。それは雪をかぶっていて、座ったらお尻が冷えてしまうだろう。けれど、今の俺にはそんなこと気にならなかった。


「……」

「千鶴?」


 返事がない。どうしたのだろうと横を見てみると、彼女はもじもじと内股を擦らせていた。


「その……トイレに行きたいんだけど……」

「あ、ああ……じゃあ、行っておいで」

「ええ……」

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