第86話 初恋
「大丈夫か? 娘よ」
振り向いた男の顔は前世を含めた俺の人生の中で一番カッコよく見えた。
決して美形ではない。けれど、どうしてもカッコよく見えてしまうのだ。
「は、はひ……」
男の声が鼓膜を震わせるたびに、胸の奥がきゅっと締め付けられる。顔が熱くなり、心臓の音がうるさいくらいに鳴っている……。
「本当に大丈夫か?」
「だ、だ、だ、だいじょうぶですっ!」
心配そうに俺の体に触れようとする男。しかし、恥ずかしさから俺は反射的にそれを払いのけてしまった……。
「あ……ご、ごめんなさい……」
「いや、こちらこそすまん。気安く女性に触れるべきではなかったな……」
これは……いままでの恥ずかしさとは少し違う……。もっとこう、体がムズムズするような……。嬉しいような……。
「とりあえず、悪は去った。これで正々堂々、我慢比べができる」
「そ、そうでしゅね……」
唇がブルブルと震えて上手く喋れない……。
別に寒いわけでもないのに……。
「ここにいさせてもらってもよいか? 別に一人であろうと、二人であろうと寒さは変わらんが、相手の顔が見えるとやる気が出るものでな」
「え、えっと……」
ま、まずい……完全におかしくなってる。
心は……心は男のはずなのに!? こんな……こんなのって……。
「迷惑であれば去るが……」
「いえ! そんなことないでしゅ!」
「……そうか、ありがとう」
男は俺の前であぐらを組み直すと、静かに瞑想を始めた。
さっきまではその姿になにも感じなかったのに、今はもう、その一挙手一投足に目が離せない……。
「……」
ああ……だめだ。この男の前では、なぜか女の子になってしまう……。もしかして、俺ってチョロインなのか?
それとも、これが男の魅力というものなのか……?。
『氷の男の脅威が去って、残りは三人! ここからは正々堂々我慢比べです! 一体誰が勝ち残るのか!?』
実況の声で我に帰る。
そうだ。俺は頭になるためにここに来たんじゃない! 勝者になるためにここに来たんだ!
『しかし! このままでは勝負がつかなそうなので、脱衣をしてもらいます! 今回も四枚です!』
「なっ……」
俺は激しく後悔した。そうだ。そういえばそんなルールがあったじゃないか……。なのに、なのにどうして……この人を前に置いてしまったんだ!
「ふんっ……」
彼はもう脱衣を済ませていて、その肉体を惜しげもなく晒していた。
「うぅ……」
思わず目を背ける。直視したら、きっと俺はどうにかなってしまう……。
とりあえず、俺も脱がないと……失格に……
けれど、残りの衣類は上着と袴、半着、そして……二枚の下着のみ。
四枚脱いだら、上か下の下着は脱がなくてはならない。
「あ、ああ……」
まずは、上着だ……。これは脱いでもなんの問題もない。けれど、これ以上脱いだら下着が見えてしまう。
「あぅぅ……」
ここまで来て、諦めるわけには……
そっと袴に手をかける。下着は半着に隠れて、ギリギリ見えない。
けれど、少しでも油断たら見えてしまいそうだ……。
「うぅ……」
ああ……やっぱりダメだ……。恥ずかしい……。
けれど、もう後には引けない。早く終わらせてしまおう……
そうだ……半着を脱がずに、下着を脱いでしまえば、まだ裸を見られなくて済む……。
「あっ……」
下着に手をかけて、ゆっくりと下ろしていく。氷の鏡に映る自分の姿に羞恥心を煽られながら……。
「うぅぅぅ……」
やばい……。恥ずかしくて死にそうだ……。というかこれ、氷に反射して中が見えちゃうんじゃ……。
こんなにピカピカに磨かれてるのって、もしかしてそういう意図で……。
「くぅぅぅ……」
こんなのもう耐えられない……。
そう思った時だった。
「私はもう我慢できなさそうだ」
背後から男の立ち去る足音が聞こえた。
「え?」
見れば、彼は氷上から立ち去り、どこかへと消えてしまっていた……。
『お、おおっと!? ここでまさかの脱落者! 一体何があったのかわかりませんが、とにかく残るはニ名となりました! さぁ! いよいよ大詰めです! 皆さん! 盛り上がっていきましょう!!』
「な、なんで……」
俺が困惑していると、続いて特徴のない男が立ち上がった。
「お、俺ももう耐えられん!」
男もまた、氷上を駆け足で去っていく。
『な、なんということだぁぁぁ! 特徴のない男も脱落し、残ったのはただ一人! 狐耳の少女だぁぁぁぁぁ!!!!』
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