第85話 想像の限界
「フンッ……!!」
あれ……? 何も起きない? いや、もしかしてもう既に凍ってしまった後なのか? でも、誰か、俺と氷の男以外の声が側で聞こえたような……。
「う、うぅ……」
恐る恐る目を開けてみる。そこには目を丸くしたまま立ち尽くす男の姿が…………大きな背中越しに見えた。
「まったく……貴様のような悪党が参加しているとはな……。しかも、女に手を出すとは……思わず飛び出してしまったではないか」
「クククッ……。なんだぁでめぇ? クククッ……俺の術を布一枚で塞ぐとはなかなかやるじゃねぇか。クククッ……」
男の視線の方に目を向けると、そこにはカチカチに凍りついた布切れがあった。
その布切れには見覚えがある……。あぐらをかいたまま微動だにしない男が着ていたものだ……。
となると、今俺を守ってくれているのはあのあぐらの男……。
「クククッ……。でも、さっきのはなぁ、俺なりに手加減した一撃だったんだ。女は綺麗な氷像にしたいからな。だが、お前は別だ。全力をもって氷漬けにしてやる!」
男は再び手をかざした。先ほどよりも強い冷気を感じる。間違いなく次の攻撃はさっきの比じゃないだろう……。
「……貴様は術の使えない人間は雑魚だという言葉に同意していたな……」
「クククッ……それがどうした? 術の使えない雑魚は俺の術を前にどうすることもできないんだから、その通りだろぉ?」
氷の男は勝ち誇ったように笑う。彼の手の中では、どんどんと冷気が強くなっている……。
琥珀の術ほどではないにしろ、あんなのを喰らったらただでは済まない……。
「ふむ……確かに貴様が生きてきた中ではそうだったかもしれんな……しかし、世の中には貴様の想像を超える人間もいるのだ……貴様が凍らせた人間が貴様の存在を想像できなかったように……」
「クククッ……俺の想像できない存在? そんなのはいない。少なくともこの場にはな! 見ただけでわかるさ! お前らが全員大したことないってなぁ!!」
「ふむ……ならば、試してみるといい。貴様の眼に映るものが真実かどうかを……」
顔は見えない。けれど、彼の大きな背中からは確かな自信のようなものが感じられた。まるで負ける気がしないというようなそんな力強さがあるのだ……。
「クククッ……! いいだろう! なら見せてやるよ! 俺の力を!!」
氷の男の周りにあった冷気が凝縮されていく……。
あれはもはや、凍らせるなんて次元の話じゃない……確実に命を奪えるほどの力が集まっている。
それに対して、あぐらの男は氷に強く根を張り、冷気を手で押し返そうというような姿勢で待ち受けていた。
空気ごとあれを押し返そうとでもいうのか……。無謀すぎる。
生身の人間の力では、せいぜい起こせても微風程度だ……。あれを押し返すなんて無理に決まってる。
「クククッ! あばよ!」
男の手の先から放たれたそれは、真っ直ぐにこちらに向かってくる。
「くっ……」
少しづつ、少しづつ……冷気が体を包み込んでいく……。
目を開けていたら、瞳が凍ってしまうのではないかと思えるほどに冷え切った空気だ……。
今度こそ、もうダメだ。そう思い、瞼をギュッと閉じたその時……
「フンッ!!!!」
俺を包み込んでいた冷気が、どこかへ離れて行った。
節那、けたたましい鳴き声が氷上に響く。
「ぐぁぁあぁぁぅぁぁがぁあぁぁ!! ぎぇぇぁびぁぁぁあぁ! あ……が……く……く……くっ…………」
次第にその声は小さくなり、やがて聞こえなくなった。代わりに聞こえてくるのはピキピキという氷の割れる音だけ……。
「ふん……哀れな……」
目を開けると、完全に凍りついた氷の男が見えた。ものすごくマヌケな顔をしている。最後まで生に縋り付くような、そんな顔だ。
これは俺よりもマヌケだな……。
「大丈夫か? 娘よ」
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