第82話 場違い

『お待たせしました。衣類の確認が終了しましたので、これより第16回【一番熱いやつは誰だ!】を開催いたしまーす!』


 開始宣言と共に、観客から歓声が上がる。


「うぅ……」


 周りは筋骨隆々の屈強な男ばかり……。そんな中にいる自分はひどく場違いな存在に思える……。


「おい、女。観客席はあっちだぞ」「え……?」


 ふと声をかけられ振り向くと、そこには大柄な男が一人立っていた。熊を思わせるほどの巨体を持ったその男は、まだ開始前だというのに、既に上裸であった。

 おそらくそれが、この場における実力の示し方なのだろう。

 彼の筋肉ははちきれんばかりに膨れ上がっており、そのたくましさたるやまさに圧巻だ。並大抵のことであれば跳ね除けてしまいそうな力強さを感じることができる。


「えっと……」

「だから、観客席は向こうだと言っているだろ。言葉を理解できないのか?」

「あ……」


 なるほど……。男の言いたいことがやっとわかった。どうやら彼は俺のことを迷子だと思っているらしい。

 女が参加するとは思っていないのだろう。


「いえ、大丈夫です。私、参加者なので……」

「は? 参加者? 冗談はよせ」

「冗談ではなく……」


 理解不能とばかりに眉をひそめる男。

 その眉のまま俺の体を舐め回すように見ると、彼は途端に大声で笑い出した。


「ぶわっはっはっはっはっ!! おいおい、笑わせてくれるなよ!」


 腹を抱えて笑う男に釣られるように、他の参加者たちもクスクスと笑い声を漏らす。


「おまえのような、可憐な女子おなごがこの催しに参加だと? ぶわっはっはっ!」

「べ、別にいいじゃないですか……」

「我慢強さはまだ良いとして、脱ぐのだぞ? 大衆の面前に肌を晒すのだぞ?」


 わかってるよ……それくらい……。けど、もうやるって決めたんだ。それくらい覚悟の上でここに立ってるんだよ……。


「わかってますよ……そんなこと……!」

「わかっているのなら何故参加したのだ? ああ、もしかしてあれか? お前は痴女なのか? そんな幼い身体で既に淫乱とは……なんとも恐ろしい娘だ。ぶわっはっは!」

「…………」


 挑発するように嘲笑してくる男に対して、苛立ちを覚える。けれど、ここで感情的になっても仕方がない。


「くすくす……くすくす……」


 あちこちから聞こえる小さな嗤笑の声。それらが耳に入ってくる度に頬が紅潮していくのがわかる。


「まあ、せいぜい俺たちを楽しませてくれよ。淫乱娘」


 威圧するように肩をドンッと叩くと、男は背を向けて去っていった。

 肩に残る鈍い痛みが心に深く突き刺さる……。

 嫌でも湧いてくる男への嫌悪感。

 前世で女性経験がなかったのは、かなり後悔していた。しかし、こんな最低男になるぐらいなら、童貞のままで良かったのかもしれないとさえ思ってしまう……。


「すぅ……はぁ……」


 落ち着け……落ち着くんだ俺……。

 勝って賞金を得る。その目的さえ達成できれば過程なんて気にする必要はない。

 たとえ恥ずかしい思いをしたとしても、それでみんなの生活が楽になるなら安いものだ。


『それではそろそろいきますよー! 第16回【一番熱いやつは誰だ!】開始!』


 司会者による開始の合図。しかし、会場の雰囲気は先ほどまでとさほど変わらない。


「……」


 それもそのはず、この催し、最初に脱ぐまではどう考えても盛り上がりに欠ける。

 氷上に参加者が立っているだけなのだから……。


『おーーっと!?」


 しかし、唐突に司会者の叫び声が響いたかと思うと、会場全体がざわつき始めた。何事かと思い、周りを見渡してみると、激しく運動を始めた男たちが目に飛び込んできた。


『一体どういうことだ!? 男たちが激しく動き始めたぞ! これはどういった意図なのでしょうか? 解説の氷室さんお願いします!』

『これは運動をすることにより、体温を上昇させているのでしょう』

『なるほどぉ〜!』

『しかし、疲れて運動をやめた時に一気に体温が下がる危険性も考えられますね。序盤からやるのは愚策かもしれません』


 な、なるほど……。運動による体温上昇か……。確かに理にかなっている気がする。

 けれど、もう少し動きがどうにかならないものか……。

 走るのは氷上だから危ないとして……ただ適当に体をウネウネ動かす者。腕を大きく振り回す者。熱くなるのはわかるが、明らかにまずい腰の振り方をしている者……。

 どれもこれも珍妙すぎて目を覆いたくなる光景だ……。


「わはははっ!!!!」


 観客うけはいいらしい……。彼らが場を保たせてくれるようだし、俺は静観させてもらおう……。


『ところで、既に上半身が裸の方が散見されますが、彼らはどういった意図で脱衣を行っているのでしょうか?』

『そうですね……』


 司会の問いかけに考え込む素振りを見せる氷室だったが、すぐにこう答えた。


『おそらくですが、更なる寒さに備えて、あらかじめ体を馴染ませておこうとしているのではないでしょうか?』

『しかし、それでは体温を奪われてしまうのでは?』

『彼らはあの程度の寒さでは、体温を奪われないんですよ。すでに上裸になっているのは強者の証ですね。注目していきましょう』


 いや、どういう注目の仕方だよそれ……。全然かっこよくないし……そもそもあんな変態みたいな動きをする奴、視界の片隅にも入れたくないだろうに……。


『では、そろそろ最初の脱衣といきましょうか! じゃあみなさん! 一枚脱いでくださーい!』

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