第79話 頑張って!

「ふふふ……や、やっと着いたわ……。ここが例の町……」

「ん。常冬の街……『雪幻せつげん』」


 俺たちが辿り着いた場所は、一面真っ白な銀世界だった。家々の屋根や木々はもちろんのこと、道にまで雪が積もっており、歩く度にザクザクという音が足元から聞こえてくる。


「千鶴……大丈夫? 顔真っ青だよ……?」

「べ、別に平気よ……」


 そう言うものの、彼女の顔色は死人のように青白い。鼻水を垂らして、体もガタガタと震えている。

 誰がどう見ても無理をしているようにしか見えない。しかし、強情な性格の彼女は一向に弱音を吐こうとしない。

 自分で宿なし宣言をした手前、今さら引き返すわけにもいかないのだろう。


「本当に? よかったら私の襟巻き貸そうか?」


 寒さに震えているのは人間の千鶴だけだった。

 厚着をしている琥珀も寒いのが嫌いなだけのようで、特に苦しそうな様子はない。もちろん、俺も全く寒くない。むしろ、琥珀がくっついてきて少し暑いくらいだ。

 視覚上の寒さは人間の頃なら間違いなく震えているほどのもの。

 しかし、寒くないと言うことは、おそらくこの体のおかげなのだろう。


「い、いらないわよ……」


 そう言いながらも、千鶴の足はガクガク震えており、今にも倒れてしまいそうだ。

 このまま放っておくと、こちらとしても心配で心配で仕方ない。


「そう言わずにさ、ほら」


 俺は自分の首に巻いてあった青い襟巻きをほどくと、それを彼女に差し出した。

 すると、千鶴は少し悩んだ後、渋々と言った様子でそれを受け取る。


「……ありがとう」

「どういたしまして」

「……温かい」


 受け取った襟巻きを早速首にかける千鶴だったが、すぐに後悔したような表情になった。


「どうしたの?」

「な、なんでもない……」

「……?」


 明らかに動揺している様子なのだが、理由がわからない。何か変なところでもあっただろうか?


「真白の……匂い……………すぅ……」


 小さく呟く声が聞こえたので見てみると、千鶴は俺の襟巻きの匂いを嗅いでいた。その表情はとても幸せそうだ……。

 まさか……俺の匂いを嗅いでいたり……しないよな……


「ん。あそこ見て」


 雲雀の指差す方向を見ると、木造の家屋に一枚の紙が貼られていた。


「雪幻祭伝統! 第16回! 一番熱いやつは誰だ! 氷上我慢比べ! 優勝者には金100枚! 参加登録は当日会場にて〜ですって」

「詳しい内容はここにも書かれてないけど、名前から察するに寒さを我慢する勝負なのかな?」

「だとしたら私はパス。さむいのは嫌だもん」


 琥珀は心底嫌そうに顔を歪める。


「自分もあまり自信はないですかね」

「わたしも嫌。真白。頑張って」


 全員から辞退を申し込まれた。しかも、雲雀に至っては俺に丸投げしてきやがった……。


「い、いや、私もできれば出たくないんだけど……」

「でも、千鶴はどう考えても無理。襟巻きがなくても平気そうだし真白が最適」

「うぅ……」


 まさか襟巻きを貸したのがこんな形で裏目に出るとは思いもしなかった。

 なんだか善意を利用された気分だ。


「真白が頑張らないと、一生宿なし。みんなのためだと思って、がんばって」

「そうだよ。お姉ちゃん。優勝したら、私がギュッてしてあげるから!」

「真白様! 頑張ってください! 私も応援しますので!」


 みんなからの期待の視線が痛い……。

 期待されることに慣れていない俺にとっては苦痛でしかないのだが……

 断れる雰囲気でもないし……

 クソ。誰か真っ当な手段で稼ごうとか思わないのか……!


「わ、わかったよ……。出ればいいんでしょ……」

「さすがお姉ちゃん! 話がわかる!」

「ヒューヒュー! 真白様最高ー!」

「……」


 他人事だからって好き放題言いやがって……こうなったら意地でも優勝してやる。

 そして、宿でぬくぬくしてやるんだ!

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