第77話 とけちゃう!
「はいは〜い」
気の抜けた返事をするや否や、彼女は周囲に複数の小さな炎を生み出した。
それらは氷の表面に触れない程度まで近づくと、ジワリジワリ氷を溶かし始める。
「…………遅くない?」
「仕方がないじゃん。あんまり熱くすると、火傷させるかもしれないし」
「な、なるほど……」
てっきり、己の欲を満たすためにわざと長引かせているのかと……。
それにしても、こんな厚着の上から抱き締めたくらいで本当にあったかくなるのか?
こっちは汗をかくくらいには暑いけれど、向こうにも熱が伝わっているとは考えにくいのだが……。
「ね、ねぇ琥珀。これ、本当にあったかいの?」
「うん! とってもとってもポカポカだよ!」
「私にはそうは思えないけど……」
「えっとね、たとえお姉ちゃんの体が氷みたいに冷たくても、心はいつも暖かいから。お姉ちゃんにくっついていると、私も温かさを分けてもらえてる気がするんだ!」
「へ、へ〜そうなんだ……」
興味のないフリをしたものの、内心かなり動揺していた。
まさか、ここまでストレートに言われるなんて思ってもみなかった。正直、顔から火が出るくらい恥ずかしい。
でも、そう言ってもらえることが素直に嬉しくもあった。思わずニヤけてしまいそうだ。
「お姉ちゃん顔が真っ赤だよ」
「ち、ちがっ! これは琥珀の体温が熱いからであって、決して照れてるとかじゃ……」
慌てて否定したが、それが余計に恥ずかしさを増幅させた。
「私は照れてるなんて言ってないよ? もしかして、図星だったのかな?」
「うぅ……違う違う違う! 照れてなんかない!」
必死になって首を横に振る。だが、琥珀は意地悪な笑みを浮かべたまま、こちらを見つめていた。
クソッ! 完全にからかわれている!
「え〜否定するところが余計に怪しいな〜」
頭を撫でながら、微笑む琥珀。その笑顔には悪戯心も優しさも感じ取れる。
「う……うるさい……バカ……」
「えへへ。お姉ちゃん本当に可愛い。ねえねえ、キスしてもいい?」
「ダメに決まってるでしょ! 絶対にダメ!」
「うーん。そこまで拒否するなら、キスはやめとこうかな〜。その代わりに……えい!」
むぎゅー
突如、頬がほのかな温もりに覆われた。何が起きたのかと視線を前に向けてみれば、琥珀の両腕が俺の頬に向かって伸びていた。
この温もりの正体は琥珀の両手だ。
先程までつけていたはずの手袋はいつの間にか外されており、その手は俺の顔を包み込んでいる。
「な、なに!?」
「えへへ〜これならお姉ちゃんの真っ赤なほっぺたも隠せて、暖かい! これぞ一石二鳥だね!」
確かに俺の頬は隠れているけれど……
「こ、琥珀は手袋がない分、寒いんじゃ……」
「ううん。私もあったかいよ。手袋なんかより、お姉ちゃんのほっぺたの方が心も体もぽっかぽかになるもん」
「い、意味わからないよ……」
恥ずかしい……! なんなんだこの妹……! 天然なのか計算高いのか……。
いや! 琥珀は腹黒! これは罠だ! 冷静になれ俺!
「うぅ! そ、そんなことより! 早く千鶴を助けてあげなよ! 琥珀は氷を溶かすことに集中して!」
「え〜私はこれでも集中してるんだよ? 心が乱れちゃってるのはお姉ちゃんの方なんじゃない?」
「うぅ〜!」
「私をあっためてくれるんでしょ? だったら、氷が溶けるまでこうしていようね!」
「う〜……」
顔を見られないように俯きながら、ただひたすら時間が過ぎるのを待つ。
その時間は、俺の心臓が爆発するのには十分な時間なほど長くて……。氷が溶けるよりも早く、俺の方が溶けて消えてしまいうんじゃないかと思えるほどだった……。
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