第76話 ぷぎゃあぁぁあ!

「そりゃ、寒いからだよ」

「でも、それはちょっとやりすぎなんじゃ……」

「いやいや、これでもまだ足りないくらいだよ。お姉ちゃんこそ、そんな薄着だとまた風邪ひいちゃうよ。私があっためてあげようか?」

「いや……遠慮しておく……」


 琥珀のがロクなものであるはずがない。どうせ、俺の身体に抱きついてくるとかそういう類のことだろう。


「ってそうじゃなくて……。千鶴が死にかけているんだよ! それで琥珀の力が必要なんだ!」

「え〜。私寒いから働きたくない」


 両手を擦り合わせながら、琥珀は唇を尖らせる。

 クソッ……ここは少し媚びてでも動かすしかないか……。


「琥珀…………おねがい……」


 上目遣いで、出来るだけ瞳を潤ませながらお願いをしてみる。

 女の子としての可愛さを最大限に使った奥義。さすがの琥珀もこれには耐えられまい……。


「……」

「……」


 しかし、この奥義は心へのダメージも大きい。

 なにせ、ものすごく女の子らしい仕草をしているのだ。

 恥ずかしさのあまり、こちらの方が赤面してしまいそうになる。


「…………」


 早く何か言ってくれ! でないと、俺の男としてのプライドがぁ! あ、ヤバい……ミシミシと、音を立てて……。


「も〜しょうがないな〜。お姉ちゃんの頼みだし〜」


 琥珀はやれやれといった様子で立ち上がった。

 だが、俺の方は……


「うぐ……はあ……はあ……」


 プライドがグシャグシャになり、立ち上がることができなかった。

 膝に手を当てたまま肩を大きく上下させる。

 これが男としての威厳を失った者の末路か……。もう二度と使わないようにしよう……。


「なにしてるの? 寒いんだから、早く済ませようよ」

「う、うん……」


 どうにかプライドを再形成すると、俺は事件現場へと足を進めた。


「それで、どうかしたの?」

「千鶴の顔面が氷と同化している。おそらく涙が凍って、接着剤のように固まっているのだと思う。だから琥珀の炎で溶かして欲しい」


 雲雀は千鶴に積もった雪を払いながら、冷静に状況を説明していく。


「ぷはっ! 雲雀様もギャグとか言うんですね! どうかしたの? 同化どうかしてる。って、ぷぎゃあぁぁあ!」

「ふんっ……」


 腹を抱えて笑う依狛に強烈な肘打ちが炸裂する。

 あまりにも早すぎて見えなかったが、隣の琥珀がお見舞いしたものだろう。


「うっ…………あっ……ちょ……これ……腹、やば……」


 さっきとは別の理由で腹をおさえる依狛。

 自業自得だ。同情の余地はない。


「あ、が……はん、にんは……こは……うっ……」


 雪の上になにか言葉を描きかけたところで依狛は動かなくなった。まあ、あの程度で死ぬやつではないので放っておいてもいいだろう。


「それで、この氷を溶かせばいいの?」

「んっ」

「まぁ、やってもいいんだけど、一つだけ条件がある」


 マズイ。嫌な予感がする。


「……何」

「氷が溶けるまで、私のことをあっためて! お姉ちゃん!!」


 琥珀がガバッと勢いよく飛びかかってきた。その動きはまさに電光石火の如く、一瞬で間合いを詰めてきた。

 そしてそのまま、俺は彼女の腕の中にすっぽりと収まる。

 その身体は温かい……というか、もはや熱い。


「別にいいけど……そのままでも十分あったかくない……」


 予想よりマシな要求だったが、何故暖める必要があるのか、疑問を抱かずにはいられなかった。


「ダメダメ! もっとギュッてしてくれないと! 今は狐火で体を温めているんだけど、氷を溶かしている間は体は温められないし、体力も消耗しちゃう。だから、私が満足するまで、しっかりと抱きしめて!」

「え……狐火ってそんな使い方できるの……?」

「ふっ……舐めないで欲しいな。私は狐の神様だよ。体の中でも操れるのさ!」

「へ、へぇ〜」


 自信満々に胸を張る琥珀。

 いや、ドヤ顔で言われても……。術のない世界で生きてきた俺にとっては、いまいちピンと来ないんだよな……。

 ともあれ、彼女が納得いくまで抱き締めていればいいのなら楽勝だ。


「まあ、そう言うことなら、いくらでも温めてあげるよ。だから、早く千鶴を助けてあげて」

「はいは〜い」

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