常冬なんて言葉あったっけ?

第75話 寒す

 しんしんと降り注ぐ白い埃。遠くに見える山々はまるでホワイトチョコレートがかかったケーキの様……。


「あばばばばばっ……ちょ、ちょっと、こ、こんなに寒い……ところだなんて……聞いてないわよ!」


 ガタガタと震えながら、千鶴は叫ぶ。しかし、寒さにばかり気を取られて、彼女は足元の氷に気がつかない。ツルッと滑った拍子に、彼女の身体は宙を舞う。


「危ない!!」


 咄嵯に伸ばした手は虚しく空を切る。彼女の顔面は地面に打ち付けられ、見事に氷とのキスを果たした。


「うっ……うぇぇぇえぇん!」


 地面に伏せたまま大声で泣き始める千鶴。

 彼女が移動するたびに転んでは泣いているわけだが、こちらもこの現象には慣れてきていた。


「千鶴。泣かないで」


 慣れた手つきで俺は千鶴の体を起こす…………はずだったのだが……。


「あ、あれ……」


 腕に力を入れるも一向に起き上がる気配がない……。まるで地面に張り付いているみたいな……。


「どうかしたんですか?」


 心配そうに見つめてくる依狛。俺はそれに返事をする代わりに目線を下げることで答えを示した。

 そこには氷とキスをしたまま動かない少女の姿がある。


「何やってるんですか。いつもみたいに起こしてあげてくださいよ」

「それが、何故か体が動かせなくて……」

「そんなわけないじゃないですか。ちょっとどいてください」


 依狛がこちらを押し退けると、「よいしょっと」というかけ声とともに千鶴の肩を思いっきり引っ張った。すると……


「んぅうぅうぅぅう!!!!」


 ドンドンドンドン!!


 とてつもない悲鳴をあげて、千鶴は暴れ始めた。泣き虫の千鶴とはいえ、こんな野獣のような悲鳴は上げたことがないのだが……。


「うーん。本当に動きませんね」


 依狛の怪力でもダメなのか……。なんかメリメリって、やばそうな音も聞こえるし、もしかしてこれは……。


「張り付いてる」

「わっ……」


 横から割り込むように雲雀が言った。その言葉に、依狛は慌てて手を離す。

 だが時すでに遅し、依狛の怪力と氷の接着力に綱引きをされた千鶴は雪を被ったまま動かない。


「あわわわ! ごめんなさい! すみません! 申し訳ありません! でも、自分は悪くありません!! マシロ様がやれって言いました!!!!」

「ちょっ! 私は動かないって言っただけで……」

「じゃあ真白様も証拠隠滅を手伝って下さいよ! あ、そうだ! このまま雪に埋めれば!」


 必死に謝る依狛に、焦る俺。そんな俺たちを尻目に、雲雀は冷静に口を開いた。


「なんで殺した前提で話してるの。血も出ていないし、今は痛みで気絶しているだけ」


 そう言いながら、雲雀は千鶴の頭についた雪を払ってあげる。


「……本当だ。よかったです……」


 ほっと胸を撫で下ろす依狛。だが、まだ安心できない。


「けど、このままじゃ本当に死ぬ。寒さで凍死するか、呼吸ができなくて窒息してしまう」


 雲雀の言葉を聞いた瞬間、俺たち二人の顔が青ざめる。

 雲雀の言う通りだ。氷とキスをしたままでは、息もできるわけがないし、体温も奪われていくだろう。

「ど、どうすれば……」

「無理やり剥がすと、顔の皮膚が全部持っていかれる」

「顔の……皮膚が……全部……」


 想像しただけで悪寒が全身を駆け巡った。

 ダメだ……それはあまりにグロテスクすぎる!


「だから、地面の氷を溶かしてから、ゆっくりと顔から剥がせばいい」

「なるほど……」


 通常ならば地面の氷をすぐに溶かすことは難しい。だが、俺たちには彼女がいる。


「こはっ! ………………く?」


 しかし、俺たちの目に映った彼女の姿はとても頼りないものだった……。


「あーさむさむ……。ん? なに? お姉ちゃん。そっちの方寒いから、こっちにきて話してくれない?」

「いや、その前に聞きたいことがあるんだけど……」

「なになに〜? スリーサイズとか?」

「違う。どうしてそんなに厚着なの……」


 幾重にも重ねられた防寒着。それだけでは飽き足らず、襟巻きを十回転以上巻いて、五人分の手袋を身につけている。

 見ているだけで暑くなりそうだ……。


「そりゃ、寒いからだよ」

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