第71話 おやすみ

「なんで息を荒げてるの?」

「ひゃぁぁぁあぁ!?」


 背後から突然声をかけられた。完全に油断していた俺は情けない叫びを上げてしまう。

 慌てて振り返ると、そこには心底不思議そうにこちらを見つめる七色の鳥の姿があった。


「ひ、雲雀!? いつからそこに!? というかどうやってここに?」

「ん。最初からずっといた。押入れの中に。病人の真白を一人にするのはあぶないと思って」

「さ、最初からって……琥珀とのやりとりも?」

「ん」

「な……」


 なんてことだ……。琥珀に辱められただけならまだしも、それを見られていた……だと……。

 やばい……体がとてつもなく熱い……。おへそぐりぐりで気持ち良くなっているところを、人に見られるなんて……この世の考えうる全ての恥ずかしい事象よりも恥ずかしい!

 恥ずかしすぎて死ねる! 穴があったら入りたいどころか、自分で穴を掘って埋まってしまいたい気分だ。いっそ殺してくれ!


「あびゃあああ!」


 もうダメだぁ。おしまいだあ。

 死ぬしかない! あんな姿を見られていたなんて、死ぬしかないよぉ! もう立ち直れないよ! 


「大丈夫。そんなに恥ずかしいことじゃない。おへそが気持ちいいのは正常ではないかもしれないけど、それも君の個性だ。見られていたのだって、肯定的に考えよう」

「肯定的?」

「そうだ。見られていたのだって思うと興奮しない? 少なくとも私は……はぁ……興奮する……」


 息を荒げて、雲雀は顔を赤らめる。

 それは雲雀の場合であって、俺は別に興奮しない! いや、想像したら体が熱くなったけれど、これは興奮ではない。羞恥だ。

 そもそも、それは何も肯定的ではない!


「それにしても、すっかり女の子らしくなったね」

「な、なってない! これは演じているのであって……」

「でも、さっきの声は完全に女の子だったよ? おへそぐりぐりされてた時も、可愛らしい声をあげていたし、必死に身を捩っているところなんて、本当に女の子そのもので……」

「や、やめてぇ……それ以上は言わないで……」


 死にたくなる……。

 いや、もうすでに死んいると言っても過言ではない。

 男としての俺は……もう……。


「別に女の子でいいと思うよ。私は」

「うぅ……でも……」

「どうせ男には戻れないんだし、もう開き直った方が楽だと思うよ?」

「それは……そうだけど……」


 確かに、もう戻れないのだから、心も女の子になった方が楽だというのはわかる。しかし、男として三十年間生きてきた俺にとって、そう簡単に割り切れるものではないのだ。


「それにほら、女の子の方が色々とお得だし。楽しんだ方がいいよ」

「たとえば?」

「うーん……穴が一つ多いとか? いや、真白の場合はおへその穴も使えるから二つ分お得だね」

「最低だよ!」

「えぇ?」


 なぜ自分が怒られているのかわからないといった様子だ。

 コイツ……思考回路がぶっ飛んでいやがる……。少なくとも常人のそれじゃない……


「もしかして照れてるの? 大声で叫ぶというこは照れてるよね?」

「ち、違うよ……! ただ、えっちなことは良くないと思っただけ!」

「ふーん……まあ、そういうことにしておこう」


 納得していない様子だが、これ以上追及してくるつもりはないようだ。

 ドSの琥珀を相手した後に、ドMの雲雀の相手をさせられるなんて、俺はボスラッシュでもやらされているのか?


「それで、なんでわざわざ押入れから出てきたの?」


 軌道修正をするべく俺が尋ねると、雲雀はハッとした表情を浮かべる。

 どうやら本来の目的を忘れていたようだ。


「そういえば、私はママとしての義務を果たしに来たんだった」

「ま、ママとしての義務?」


 ここまで狂った発言をしてきたのに、急にママの話が出てくるのか……。もはや意味不明すぎる……。


「そう。真白が眠れるように、子守唄を歌おうと思って」

「へ、へぇ……」


 思ったよりマシは発言に少しだけ安心した。

 しかし、俺は精神年齢三十歳の身である……子守唄を歌ってもらっても、眠れる年ではない。

 とはいえ、せっかくの子守唄を断るのも悪い気がする。ここは素直に聞いておくべきだろう。


「じゃあ、お願いしようかな……」

「任せて。ちゃんと歌詞を覚えてきた」

「うん」


 小さく深呼吸すると、雲雀はゆっくり口ずさみ始めた。


「〜♪」


 意外にも綺麗な歌声だった。普段のとぼけたような声ではなく、美しく、透き通った、淀みのない、まるで天使のような声……。どこか懐かしさを感じる……それこそ、母親のような声。

 心地よい旋律と優しい音色に包まれて、俺はゆっくりと目を閉じた。

 あれ……なんか眠くなってきたかも……。


「〜♪」


 透き通るような歌声は、何者にも阻まれず、直接脳内に響き渡るようで……とても気持ちが良い……。

 このままずっと聞いていたい。そんな気持ちになる……。


 意識が……遠くなって……現実と夢の境界線が曖昧になってくる……。

 俺は……一体何を……している……んだっけ……?


「すぅ……」

「おやすみ……夢の世界でも、君の幸せを祈っているよ……」

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