第68話 つめたい……

「何かして欲しいこととかありますか?」

「うーん……あ、そうだ。琥珀だけは近づけないで欲しい……」

「琥珀様ですか? 別にいいですけど、どうして? 姉妹なのに」

「え、えっと……」

 そんなの危険だからな決まっている。

 風邪で動けない今、もし襲われたら抵抗できないかもしれない。いや……いくら琥珀でも病人に手を出すような真似はしないと思うけれど……念のためだ……

「風邪を移したらいけないかなって……」

「ええ!? それじゃあ自分や雲雀様には移しても構わないということですか?」

「いや、そういうわけじゃなくて……」

「でも、そうですよね。一番心配なのは妹である琥珀様のお体ですよね。わかります」

 依狛は勝手に納得すると、何度も首を縦に振った。

「う、うん。そうそう、そういうこと……」

 面倒くさいし、そういうことにしておこう。実際に心配しているのは、琥珀の体ではなく、自分の体だけど……。

「では、自分は外で見張りをしておきますので、何かあったら呼んでください」

「わかった……」

 依狛が部屋から出ていくと、俺は再びお粥を食べ始めた。

 ☆★☆

 依狛が外に出てからどれくらい経っただろうか。まだ数分しか経っていない気がするし、数時間は経過した気もする。

 何もせずにいると、時間の流れというものは曖昧になるものだ。小さい頃風邪をひいて、学校を休んだ時もこんな風に時間の感覚がわからなくなったっけ……。「はぁ……」

 誰でもいいから話し相手になってくれないかな……。こんな風に一人だと寂しくて仕方がない。

 そのとき、廊下の方でドタドタッと激しい足音が聞こえてきた。

 なんだ……?

 依狛が転びでもしたのかな……。

「お姉ちゃん!」

 勢いよく扉が開かれて、そこから入ってきたのは……琥珀だった。

「な……」

 誰でもいいとは言ったが、琥珀だけは話が違う。誰でもいいっていうのは、誰でもいい(琥珀を除く)なのであって、決して誰でも良いわけではないのだ。

「ど、どうしたの……?」

 そもそも依狛が見張っているはずじゃなかったのか……。

「お姉ちゃん、汗かいてるだろうなって思って、タオル持ってきたんだよ」

「へ、へえ……ところで廊下に依狛いなかった?」

「ん? ああ、いたよ。でも、なぜか邪魔してきたから、尻尾に火を点けてやったよ。さしたら大慌てで海の方に走って行った」

 なんとバイオレンスなことを……。ごめん依狛。見張りなんてしたところで琥珀を止められるはずなかった……。

「そうなんだ……でも、せっかく来てくれたのに悪いんだけど、汗はかいていないんだ……」

「えぇ〜。嘘はいけないよ。お姉ちゃん。汗ダラダラじゃん」

「う……」

 これは違う。冷や汗なのだ。琥珀という恐怖を前に、全身から嫌な汗が出ているだけなのだ。

「も〜。遠慮なんかしなくていいんだよ? ほらほら、早く背中出して」

「ちょ、ちょっと待って! 本当に大丈夫だから」

「お姉ちゃんがそう言う時はいつも大丈夫じゃないよ」

「い、いや……今回は本当……」

 琥珀は強引に服を脱がそうとしてくる。まずい……。体が重くて、抵抗できない!

「ん……。や、やめ……そんな強引……に……」

「もう、そんなに暴れないでよ。本当は強引なのが好きな癖に」

 いやいやいや……。一体いつ俺がそんな趣味になったと言うのだ。

 琥珀の中で勝手に設定を作るのはやめていただきたい。

「ほら、おとなしくして」

「や、やだ……」

 着物がはだけていく……。もうダメだ……。諦めて脱がされるしかないのか……。

「お姉ちゃんの肌はいつ触ってもすべすべだね」

「うぅ……」

 彼女の指先が俺の脇腹を撫でる。くすぐったくて、思わず身をよじってしまう。

 絶対にわざとだ……。俺の反応を見て楽しんでいるに違いない……。

「ふぅ……はぁ……」

「可愛いよ……お姉ちゃん……」

 彼女は俺の耳元に顔を寄せると、吐息混じりに囁いた。

「あ……」

 冷たく濡れたタオルが背中に触れた。琥珀のいやらしい手つきのせいで、それにさえも変な感覚を覚えてしまう。

「じゃあ、背中拭いていくね……」

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